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Episode10 ココロの持ち方


 と、真後ろでいきなりおばあちゃんが声を出した。

「……やれやれ、やっと行ったかね」

 わわ、びっくりした! そういうドッキリみたいな登場の仕方、やめてよ!

「と言うか、起きてたんですか?」

 恐る恐る尋ねた私に、おばあちゃんは不機嫌そうに鼻息を荒くした。

「当たり前じゃないか。私が一緒に起きていたら、私まで子犬発見者の栄誉を受けちまうだろ」

 あ、そうか……。

「私ゃ、お金持ちと関わるのは真っ平ごめんなんでね。自分の稼業の胡散臭さは、私が一番知っとる」

 ほら、いつまで突っ立っとるんだい。そう言わんとするみたいに、おばあちゃんは私の自転車のそばにそっと、腰かける。

 それじゃ、おばあちゃんは私の後ろにワンちゃんを探す人影を見つけて、これから起きることを察して“その場にいない”ことにしたっていうの? しかもその時点でもう、お金持ちだってことに気付いていた……?

 おばあちゃん、本当にすごい占い師さんなのかもしれない……。感動というか驚きというか、よく分からない気分になりながら、私もおばあちゃんの隣に座り込んだ。それから手に持っていた名刺を、太陽にかざしてみた。


 お菓子に、そんなに興味はないけれど。この名刺にはきっと、あの飼い主さんたちの感謝の気持ちがぎゅうっと圧縮されて詰まってる。

 それにこの一枚の名刺(きっぷ)があれば、私、またあのワンちゃんに会えるんだ。

 そう考えてみたら、急に嬉しくなった。さっきまでの寂しさが、今はもうウソみたいだ。

 夕陽に透かした名刺はオレンジ色の小さなスクリーンみたいになって、今にもそこにワンちゃんの()が浮かんで来そうで。そんな嬉しさを大事に取っておきたくて、私は名刺を財布に仕舞い込んだ。




「私ゃね、別に特別な能力を持っているわけでも、何でもないのさ」


 眼下の河川敷で、どこかの野球チームが試合をやってる。甲高い音を跳ね上げた打球が、夕陽色の空高く舞い上がった。

 そんな景色を眺めていたら、おばあちゃんがぽつり、そう言った。


「で、でも、あんなに私の色んなこと言い当てたのに」

「本当だよ。占い師は何も毎回毎回、水晶玉を覗き込むわけじゃない」

 本物の占い師さんに今日初めて会った私には、それはちょっとよく分かんないけど……。

 おばあちゃんは目を細めていた。眺めている先がどこなのか、横から見ている私には判然としなかった。でもたぶん、夕陽だったんじゃないかと思う。その細い瞳の中に、きらりと輝く光が見えたから。

「あんたを最初に目にした時、あんたが子犬の家族でないと分かったのはどうしてだったか、私ゃ話しただろう」

「えっと……確か、私が制服姿でカバンも持ってたから、通学中だって気付いたんですよね」

「その通りだよ。外見から分かることって、意外にたくさんあるもんさ」

 おばあちゃんはからからって笑った。高い空を航っていくゴマ粒みたいな小鳥さんたちが、可愛らしい鳴き声で答えてた。

「あの子犬、ずいぶんと毛並みがよかったからねぇ。血統書付きの由緒正しい犬のはずだろうと思った。触れてみた首輪は本革だったし、飼い主が相当に裕福だってことは簡単に見当がついたさ。──それに、あの首輪にはリードを付ける設備がなかった。あの子犬は普段から放し飼いにされているんだろう。だとすれば、リードを付けていない子犬とはぐれるのを怖れて、飼い主は河原の広い部分で子犬を遊ばせてるだろうと考えたわけだよ。あんたの向かう先は河原が狭まっていたし、人も多かったしねぇ。──付け加えるなら、あのくらい小さな子犬であれば、いくら元気があったって行動範囲は広くない。発見した場所の近くで飼い主を待つのが、最善だと思ったのさ」

 それだけのセリフを一気に言ってのけたおばあちゃんの横顔は、なんだかすごく楽しそうだ。思った通りの結果になったのが、嬉しかったのかもしれない。

 おばあちゃん、すごい……。そりゃ、確かにそんな風に推理すれば私にだって分かったかもしれないけど、現に私はちっとも思い付かなかった……。ワンちゃん可愛いなって思うばっかりで。つくづく私って単純だ。

 そんな私を見てか見ずにか、おばあちゃんはまた、寝転がった。

「人生経験を積めば、あんただって分かるようになるよ」

「人生……経験?」

「そうさ、人生経験。私だって若い頃から、それなりに苦労を重ねてきたもんだ。つらいことも、楽しいことも、数えきれないくらいたくさんあった」

 つらいことは経験しなくていいんだけどなぁ。そんなこと言ったら怒られそうで、黙っておく。

 黙っておいたのに、おばあちゃんに先読みされていた。もうイヤだ……。

「人間、誰だってつらいことは嫌なもんさ。あんただって今日、そのつらいことに音を上げかけたんだろう。それが普通さ。それでいいんだよ」

 ふんって鼻を鳴らしながら、おばあちゃんはそう言う。


「でも、時にはつらいことばかりが続いて、心が折れちまいそうになることだってあるだろう。その時に大切なのは、心の持ちようさ。どんな風に見方を変えれば、つらいことを少しでも楽しく思えるか。それをどれだけ知っているかが、その人間の人生の豊かさの指標になるんだよ」








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