躑躅の執事その2
よそよそしく僕らを迎えているこの学校に本来なら来ることが許されなかった少女が一人、僕の隣でうきうきしていた。
物怖じしないのは元からの少女の性格なのか、それとも自由が与えた飛躍か無謀か…やれやれ、昨日の夜、彼女はあんなに緊張していたっていうのに今日はどこ吹く風だよ。
随分積極的に知っている人に話しかけていったよねー。
これ以上言うのはめんどくさい人っぽいのでやめておくとして…
さて、僕らは入学式の為に列に並んで体育館にいる訳だけど、一つの学年で400人もいるからその全員が集まるとなると…
まぁ、体育館はごった返すよね。
正に芋洗いの団子状態、お芋なんだか、お団子なんだか分からない位には人で溢れかえっていた。
初日だし、友達もいない状況…在校生はざわついていたとしても、新入生である僕達は借りて来た猫になるしか無いのだ、にゃーん。
板張りの体育館は汗と湿布混ざった様な匂いがなんとなく漂っている。
バスケットゴールが両脇に6コート分ある大きめな体育館のはずなんだけど、ここに入学生徒と保護者を入れ込むのは流石に難しいのか、体育館はお腹一体の様だった。
体育館といいつつ、その奥には屋内プールもあるらしい。
屋内プールがあるなんていかにもお金持ちっぽい学校だけども、今の時代は子供が少なくなっている。
だから学校数の削減と統合、予算とか色々諸々あって地域の公立の大学の中で保証する様になってるってこの学校のパンフレットにはそうありました。
式が始まると僕達は身じろぎ一つできなくなって色んな思いを持ったまま椅子に座って貼りついた。
ここからはどうせ面白くもない暇を持て余した大人の長話が始まるだろうな…
大人同士はともかく僕達には関係のない人間に頭ごなしにひたすら教訓みたいなものを話されて立ったり座ったり礼したりと…僕は行事はあんまり好きじゃ無い理由の一つでもあるんだけどね。
「来賓の挨拶」
「校長先生のお話」
「理事長のお話」
うわっ、三つもあるの? そんなに話を聞いたって家に帰る頃には忘れてるって、覚え切れる訳ないじゃん。
別に英語のリスニングテストじゃ無いんだし、別に聞き流しておけばいいね。
え? 「生徒会長の言葉」もあるの? 大丈夫かな、レイピア、あの子の集中力がそんなに持つとは思えないんだよなぁ、あっちやこっちに興味が行くから…
寝ている時以外は殆ど何か行動していいたあの子だから、飽きて変な事をしなきゃいいんだけど。
季節の事と時事問題と適当な僕らへのメッセージ。
要らないもの三つを詰め込んだ話をされたところで、僕らにはなんとも響かないのだった。
上部をさらうだけの言葉を投げかけられたところで、そんな取り繕った軽い言葉は要らないんだよね。
まあ、相手もそんなに誰かの為に言葉を選んでなんて使ってないだろうからま、いいか。
話を聞いているふりをして、離れていない位置にいる左側のレイピアの方を向いてみた。
顎を引いて背中を伸ばし、真っ直ぐに壇上を見つめている顔を見てあれは外行きの顔なんだろうなと僕は思う。借りてきた猫というよりお人形さんみたいな顔だ。
これを言うとレイピアはぷんぷんと頬を膨らませて機嫌を損ねるんだけど
僕の視線に気づいたのか、済ました顔のままこっちを向いてひらひらとこっそり手を振って来る。
途端にびっくりしたのか、心臓が鼓動の仕方を忘れたのかは知らないけど、心臓が体の中で軽く跳ねた様な気がした。
ひとまず一回うなづいて、僕も小さく膝の上に置いた手をレイピアに向けて振り返した。
今のは一体…? 僕は何に驚いたんだろうね…
「続きまして、理事長代理 三年二組 黒川由利より、新入生に挨拶致します。」
さらっと今肩書きに疑問符しか浮かばない紹介があったんだけど、僕は何かを疑った方が良いんですかね?
体育館の舞台の上手から姿を表したのは、確かにレイピアと同じ制服を着た女子生徒だった。
え、この人がこの学校で一番偉い人? 今日は四月一日では無いんだけどな…おっかしいなぁ…
「皆さまはじめまして、私は理事長代理で三年生の黒川由利です。
生徒会長の言葉もあるので、私からは手短に済ませるとしましょう。」
名前が体を成すような真っ直ぐ伸びた黒髪にはっきりと見開かれた目には鋭さを揃えている。
「進歩なくして成長なし、知は力である…言葉の解釈は後輩の諸君にに譲る事にして、物足りない方に一つだけ言葉を送ります。
人生は楽しんだ者勝ちなのです、折角この場に集まった約400人の若人の皆さんにはその権利があります。進んでゆきましょう、楽しい学生生活の為に…!」
最後にイタズラっぽく口角を上げて締めくくった後で深々と一礼し、理事長代理さんは壇上から降りていった。
「理事長代理、ありがとうございました。 次に生徒会長、鷹司白音さんお願いします」
生徒会長と理事長代理と三年生は色んな役目があって大変だなぁ、一年生の事を気にしてばっかりいられないもん。
先の理事長代理は線の細い女な人だったが、生徒会長さんは女性らしいプロポーションをしている人だった。
明るい茶髪…いや、暗い金髪を腰の上まで伸ばして
ゆったりと時間を使って生徒会長は壇上へと登った。
「はじめまして、こんにちは。
ご紹介頂きました、生徒会長の鷹司白音です。
本日はお日柄も良く、この様な機会に恵まれました事を嬉しく思います」
生徒会長は低い声に抑揚を付けて話す。
来賓とか先生方はともかく、生徒会長や理事長代理はよくこんな大勢の前で堂々として話が出来るよね。
僕なら絶対に無理、頭真っ白になって何も言えなくなるよ。
「最終学年となりました我々三年生と、新しく入学した新入生が一堂に会するのも機会としてはとても貴重な時間でございます。
しかし機会とは決して待っていれば必ずしも訪れるものではありません。
望んでこそ舞い降りる幸運であっても、日頃の行いが招く事なのです」
努力は報われるまで出来れば絶対に報われるって?
僕はちょっと違うと思うな…
「ですから、我々は手をこまねくこと無く常に意志を持って行動して下さい。大丈夫です、きっと貴方達がこの学校に新しい風を運んでくれると信じております」
生徒会長は退場する時も時間を使って壇上を後にした。
まーでも、誰にでも分かるって話をする上で大切な事だからね。僕みたいなのは普通じゃないんだろうなぁ…はぁ、普通になりたい。
努力は人を裏切らない、裏切るのはいつだって人のエゴだ。
楽したいとか近道したいとか、効率と楽しむとは違う濁ったものが混ざり始めると人はろくなことをしない。
イワシが泳いで羊が出掛けるあの季節みたいに高いところから色々と俯瞰して見られたらなって思うことはよくある。簡単なことじゃないけどね。
後は特にここで取り上げるようなこともなくね、終わっていれば僕もわざわざ時間を割いて取り上げなくてもよかったんだ。
災難とかって忘れた頃にやって来るとは言うけれど、僕はすっかりレイピアに関わる問題点を忘れていたのだった。
入学式も終わって先生が先に退出し、生徒が順番に退場する時には僕らの緊張の糸は緩んでいる。
レイピアも例外ではなく、教室に戻ろうと体育館を出ようとした時だった…
「北村様…北村様でお間違いありませんでしょうか」
出口から急に赤髮の執事服の少年が見計らったかの様に飛び出してきた。驚いて上げそうになった声を飲み込んで、僕は何も無い様に取り繕う。
幸いことにまだレイピアは体育館内に居る、この人が保護者に紛れて来たのは想定外だったけど生徒を全て確認出来ている訳が無い。
どうにかしてやり過ごさなくちゃいけない…!
「あ、どうもご無沙汰してますね。 えっと久井さんですよね?」
「はい、久井です。 先日は傘を貸していただきましてありがとうございました、お陰で風邪など引かずに助かりました」
久井くんが手渡してきたのは紫色の高そうな風呂敷に包まれた傘だった。
中身は僕が持っていた安い折りたたみ傘だったから何ともアンバランスに見えてしまう…
「いえ、わざわざここまで来られなくても良かったのに…」
本当に僕の予想通りになるとは…
ここで時間を稼ぐか、それとも追い返す様に誘導を試してみるか、僕の中でとっとと決めてしまわなくてあいけなかった。
最悪の場合、本当にレイピアと久井が鉢合わせして強制連行になりかねない!!
僕は一体どうすればいいんだ…!?
次回へ続く!!




