躑躅の執事
いつの間にか五周年なんですがね、もう少し描くスピード上げてやりたいです。
誰か祝ってください、何でもします。
品位と人格を持って礼節を重んじて事を成せ。
久居楓は主人である家と自分の家の共通する家訓を体現した様な人物だった。
これを理性の塊とみるか、一種の狂信者とみるかは意見が分かれる所だろう。
だか、本人は全くこの家訓の元に動いている自覚は無く、むしろこの家訓を悪習だとして嫌っていた。
彼曰く必要な規則は法律のみで十分なのだとか…
「守られていないから律しなければならない事が増えるのです。身に付いていれば一々唱えなくて良いのです」
レイピアには何度かグチ混じりにこう話した様だが、彼女が理解してくれたかは分からない。
久居楓とレイピアの関係はそれこそ覚えている記憶の中で一番古いものにお互いがいる位、関係は深いものだ。
幼馴染でありながらその関係には上下があり、決して交わる事の無い。
久居は無自覚に距離を詰めてくるレイピアに対して、自ら引き続けなければならなかったのは素直な話辛かったようである。
「お嬢様を見付けない限り、屋敷には戻れない…」
仮に戻ったとしても、自分の居場所は残っていないだろう事は彼は分かっていた。
あんな場所に居たら針の筵にされかねない。
「期日は設けない、だがこの場にあの子を連れて来なさい」
主人の父は仕事を言いつける様に彼に言った。
「あの言葉の裏には娘のことは心配だが、ここで動揺をしてはいけないと必死に抑えているんじゃないか…
他人の真意が全て分かるほどお嬢様ともと向き合っていた訳じゃ無いのでたらればの話でしかないか」
人足取りを掴むなんて事はした事がない…それこそ自分の主人は蜃気楼にでもなってしまったのではないかとさえ思ってしまう。
「外界との接点を閉しすぎたおかげで、検討すら出来ないのは何とも皮肉的な展開だな…」
お嬢様の発見と懐柔…そして回収が当主様からの命であり、命令として交付されたものだ。
厄介なのは、お嬢様が家を出る際に恐らくは当主様との交渉の材料として持っていたもの。
「非科学的なものが宿っている太刀と当主を支えている父からは教えてもらったが…一体あの屋敷にはどれだけ曰く付きの物を持っているのだ」
考え事をするには少し騒がしい駅前のカフェで安いコーヒーを片手に久居は悩んでいた…
尋ね人の足取りは辿りきれていない…加えて協力者はいるものの、両名共に非協力的と来たものだから素直にお手上げなのだ。
「お嬢様…一体どちらにいらっしゃるのですか…」
疲労と息は溜まる一方で手掛かりも消息も掴めていない。
神様など居ないだろうと長年思ってきた彼だったが、この状況では空を見上げて超常的な存在に祈りを捧げるのもやむなしか…
「祈ったところで私が救われるのでは無い、お嬢様が救われなくては意味がないのだから…」
籠の鳥が逃げ出して束の間の自由を得たところで、その先にあるのは野生という生き抜くには厳しい世界が広がっている…
まさか、良からぬ事に巻き込まれているのでは…⁈
甘い台詞で人気の無い場所に誘い込んでお嬢様を取り押さえ、猿轡を噛ませて監禁した上で身代金を要求するなど…流石に考えすぎだ。
自分の主人にもしものことがあったら…考えるだけでゾッとする話だけれども、もう主人が家を出て一週間を迎えようとしているのだ。
自分の中の焦りと葛藤もそろそろ限界を迎えつつあるのは良く分かっている。
「屋敷に帰る時間が煩わしい」と安宿を探して経費で落ちる落ちないの話をした時に自分の父と揉めたのも普段なら少ないやり取りで済むはずだったのに…
「かえで、確かにこれは公務ではあるが…お前には荷が重い事態になっているだろう。
あまりに手に余るのであれば無理をするなよ、一人で無理なら誰かの手を借りるのも一つの方策だぞ?」
久井の父は子を宥めるように促したが、楓には逆効果になってしまう。
「貴方方大人が!貴方方大人が…散々にわが主人を追い詰める様な真似をしておいて、私がこの程度で追い詰められたからといって大人に助けを求めることなどはありません!」
久井楓は父に強い口調で言い返していた、
自分の主が抱えていた悩みと苦しみを肩代わりできるわけでは無くとも、側に居る者として主の思いを知らないわけでは無いからだ。
久居の父は自分の子供の挙げた声を遮ろうとはせず、楓が落ち着くのを待っていた。
それからぽつ…ぽつと話をしたが、その全てを久居楓は肯定はしないまま、勢いそのままで出てきてしまったのは失敗だ。
「これではお嬢様を連れ戻せたとしても、とっても気まずい…」
自分の選択は間違っている…だとしても私はこのままで進むしかないのだ。
捜索は公共の手を借りてはならないというのが、主の父である御当主様の命である、つまりは大事にするなと言う事だろう。
いや、何かに巻き込まれたらもっと一大事だからと思ったのだが、御当主様は事態をどうにも甘く見ている気がしてならない。
これでお嬢様の身に何か有ってみろ…私は御当主様であっても恨みますからね…
心の中での優先順位はとっくに御当主よりお嬢様の方が上なのですから。
仕えている主人の前での久居は公平と理性を煮込んで固めた様性格をしている、真面目さと厳しさを兼ね備えた執事だ。
主人にも変わらず公平に厳しく接した結果が今の事態を産んだのだとしたら…
ありもしない事を考えてしまう程に久居は疲れている様だ。
お嬢様さえ見つかれば、お嬢様と一緒なら自分は屋敷に戻れる。
段々と自分の視界から色がなくなってゆく様な感覚で、疲れが目に見えて久居に現れていた。
お嬢様が失踪してから数日、まともに寝れていないので立ち上がるだけでも、ふらついてしまう。
自分の気力がどこまで持つのか…久居は後数日で見つけられなければ捜索にあたる時間を減らすしか無いと考えている…
しかしな…何かを探すのに充てられた人員が一人というのは…御当主様はお嬢様の事をどうお考えなのだろうか…心配をしていない…? それとも…?
「駄目だな、どうにも思考が余計になっている」
一度でも冷静さを欠いてしまえば、戻すのは難しい…
どんな事をする時にでもそれはついて回る。
アイスのコーヒーで空回りを続ける頭が少しでも冷えやしないかとカップの半分を一回に飲んでみた。
見慣れない場所にいるのは自分にとっては負荷になる。
あと、カフェの外向きのガラス張りで知り合いでも探しているのかやたらにキョロキョロとしている学生などはもっと目障りだ、何故目の前で…
電話を掛ける様なので待ち合わせでもしているのか、全く…
久居がため息を吐こうとした時だった。
このタイミングで自分の携帯電話に着信が鳴り始める。
私の携帯電話の連絡先を知っている者などあまり居ないのだが…しかも連絡先の表示が無いと来た。一体誰だ?
「はい、お待たせいたしました。 久居で御座います」
聞いたことのある声だが…先ずは自分の名を言え、名前を。
「あ、どーもどーも私ですー、はいはい久居様のお電話番号ですかー? 少しだけお時間よろしいです?」
この軽薄な声は…まさかと久居は疑ったが、
あろう事か、店外で電話している男が電話の相手だとはまるで思っていなかった。
一人目の協力者は缶コーヒー一本で引き受けてくれたのだが、こいつは本当にその対価に応じた働きしかしない。
お嬢様がこの街に居るのだと、四日前に丁寧に写真まで寄越した。
お嬢様らしき姿恰好の後ろ姿が映っていたものの、訳の分からない事を言って勝手に電話切られた。
そこから今まで音沙汰無しだったものを今更なんだって言うんだ。
「いやー、あのですね? 恐らく久居さんの最重要事項を手に入れてしまったのでー、
これはお伝えしなくてはと思いましてぇーお電話差し上げたんですがー?」
疲れは人の視野を狭め、感情が理性を飛び越えるもの
だと実感しながら、久居は電話越しの男に苛立ちをぶつける。
寝不足と午前中を使って無駄な時間を過ごしたと文句を言いながら電話越しに男の用件を聞いたのだが…
その後、久居は直後に思わず声を上げてしまい、周りの人達が驚いて一斉に視線を向けられる。
しかし、久居はそんな些細な事は気にも止めず、コーヒーの残りを飲み込んで急いでカフェを後にした。
この程度の疲労がなんだと言うのだ、寝不足? 体が鉛の様に重い?そんな感情に浸るのは後に回せばいい、もっと大事な事が舞い込んできたのだから。
「あれだな、あの男には缶コーヒーをもう一本位やっても良いかもしれんな」
久居が男から聞いて確認したのは彼の尋ね人の姿と背格好、そして今の居場所だった。
「そりゃー学生って身分なんですから、学校に行きたいって思うんじゃ無いかなー?」
電話の内容を今は信じるしか無い、私では辿り着かなかった答えを男が提示していた。
お嬢様が家を出た理由は…もしや学校へ行きたかったのか…ふっ、なるほど私には辿り着けない答えだな。
結局は私はあれだけお嬢様と共にありながら何も理解していなかった訳だ。
自分の中でお嬢様の輪郭がぼやけて消えそうになるのを久居は抑える。
お嬢様の事を最も考え、あの方の為に行動してきたのは私だ。
だから消えるな、私の行動はお嬢様の為にしてきた事だろうが、自らを疑っては何処にも居られなくなるぞ。
久居はそのまま来た道を戻っていく…急げ、急げ!
今ならまだ間に合うかもしれない、お嬢様が居るぞ!!
久居がここに来た理由は予防線として、屋敷の周辺以外にお嬢様が知っている場所を潰していった結果だ。情報が得られたこの街に来たがまさか大当たりとは思ってもみなかった。
自分の携帯電話にはお嬢様が駅で切符を手探りで買う姿が動画で記録されていた。男が送ってきたものだが、後ろ姿だけではなくカメラの目線に向けた姿を確認する。
この動画によってお嬢様は今、制服姿に身を包んで学校へ向かおうとしていた事が確定した。
元々在籍する予定の学校の場所なら久居は知っている…男からの情報は今日が高等部の入学式だと言う事だと言う事が追加で共有され、久居の行動の指針は固まった。
赤い髪を静かに跳ねさせて久居は近くの駅まで駆けてゆく…
お嬢様の無事を確認できた事で感じていた疲労は消え去り、今の久居には怖いもの知らずになっていた。
「嬉しいと感じたのももしかしたら大分久しぶりなのかもしれないな」
電話口の男に軽い礼を伝えて電話を切り、久居はお嬢様がさっきまでいた場所で切符を購入してお嬢様を追いかけるのだった…
次回は続く!!
次回予告
いよいよ始まる入学式!!
長い校長先生の話、ワックスの塗られた体育館の床、ぶら下がる水銀燈…
そして彼女達の物語はゆっくりと走り続ける!!




