淡色ホープその3
入学式までの三日を描くのに5年近くかかってます。
よくもまあこんなに晴れたもんだよね。入学式には相応しい崩れ様が無い堂々とした青い空だ。
乗り込んだ電車がブブブと心配になりそうな音と揺れ方をしながらゆっくりと滑り出していく…
近くに座れる席は沢山有るっていうのに一番後ろの車両の運転席の窓に張り付くように外の様子を眺めている。
小さい子供の様に目を輝かせている訳でもなく黙ったまんまもたれ掛かって急に大人しくなった僕の部屋の自称座敷童ちゃん。
僕は彼女にに言ってはいけない事を言ってしまったのかもしれないと気付くのには少しだけ時間がかかった。
電車はある程度速度を上げて淡々と淡々淡々と輪っかの吊革を揺らして走っている。
僕の前ではいっつも煩いと思えるほどに話しかけてきてくれる筈の少女が、車内の隅でもたれかかり目を閉じていいて…
まるでこの箱の中の隅っこで、自分を背景みたいに扱って欲しいみたいに顔を上げて目を閉じて静かに立つだけで…
瞼から延びる睫毛と逆立って取れなくなった寝癖がぴょんぴょんと立っている。
静かなら別にいいか、学校までは十分位だしその間位は静かで良いんじゃないかな。
この三日間で寝ている時以外でレイピアがこんなにもじっとしてているのを僕は初めて見たよ。
じっとして落ち着いていれば綺麗でお人形みたいねなんて言われるんだ。
レイピアは言っていたけどこれは確かにその評判はあながち正しいのかもしれない…
でもその評判を嫌だと言ったのは紛れもない本人なんだけどね。
「だって、お人形だよ? 精巧に作られた本物みたいって、まるで私が作りもので、ちょこんと棚に飾られるだけのお利口さんみたいじゃない?私は誰かの人形じゃないもん、そんな褒められ方はは嫌だもん!」
とお昼まで寝ていた日の夕食の時に言ってました。
なんか機嫌が悪い日だったみたいでその日は家のことを少し気の進まない様子で話してくれた。
…何か声をかけてあげた方がいいのかな。 レイピアが静かになる事は基本的には無いので、何か原因があるとすれば…僕か。
あー、冗談のつもりで僕言いましたね…
自分の軽口が、まるで軽くない言葉でましては一番言ってはいけない類のものだったと…は?な、何してんだ僕は。
誰かに頭から冷水を被らされたみたいに急に血の気が引いて体の軸がくるくるも回り始めていた。
どの口でこのまま帰ったらなんて抜かしているだよ。
一番この場で言っちゃいけない事をなんで平然と言ってるんだ僕…
と、とにかくこのままなのは駄目だ。レイピアとはこれで最後になるかもしれない。
なのに気まずくなったのをそのままにして、後を放っておけばいい。
どうせ最後だからとかそんなのは僕が自分を許せなくなるし、何よりレイピアが可哀想じゃ無いか。
あ、あのさレイピア…さっき言った事は無しにしてくれないかな?
自首でもするかの様な気分で僕はレイピアに誤りを認めて謝った。
電車は次の駅にたどり着く為にその速度を下げを始めている。
これで喧嘩別れみたいな終わり方で終わってはいけないと僕はそう思っただけだ。
「ふーん?」
レイピアは品定めをするかの様に僕のことを一度見て目を逸らしたままで聴こえる様なため息を吐いた。
「そうだねー、そしたら涼くんには一つ答えて欲しい事があるんだけど、その答え次第かなー?」
こ、答えて欲しい事?
「そーだよ、答えて欲しい事。駆け引きとかそーゆーの関係無しで涼くんの気持ちが聞きたい、答えてくれる?」
プシューとタイヤから空気が押し出される様な音がして電車のドアが開いた。
降りるのは次の次の駅、時間は残されていない。僕はレイピアの話を聞くことにする。
「うん、涼くんは優しいからそう言ってくれると思ったよ。
なら私のする質問は二つ、涼くんはわたしがあの部屋に居続けるのは賛成ですか、反対ですか!!
あともう一つ、わ…私と涼くんってどーゆー関係だと思いますか!!?」
思い切ってレイピアはその口火を切った。
それをこのタイミングで聞くんだね、
電車は駅に着いたのに一向に発車する気配がしないし、レイピアにはなんか答えるのが難しい課題を投げかけられているし、自分の失言のせいだから自分で解決しないといけないもんね。
問題はレイピアの好感を得つつ、過剰にならない様な答えを提示しなければならない事だ。
って算段を立てないで僕のストレートな答えを、レイピアは欲しいんだってさ。
何も考えずにシンプルなそのままの気持ち…
そうしたらね…先ず、僕は今のところはレイピアが帰って欲しいとかそう言う事は考えてはいないんだ。
だからさっきの話は軽口のつもりだったんだ、素直に謝らせて欲しい。
それに僕がされたら嫌な事をレイピアがして来ないのもあるけど、仕送りのお金を浮かせる事ができるからレイピアの提案には乗りたいくらいなんだよね。
ここまでは事実と僕の利益の話、後は気持ちの話しか…ここまではさっと出てきたけど自分の話になると途端に喉をつかえて出て来なくなるんだよね。
そう…だね、僕は取り柄のない面白くない人間だって自分で思っているし、これからもそんな感じでやっていくんだろうなって思っていたところに来てきたところにレイピアは現れた。
退気を使ったり使われたりして忙しい日々だったよね。
うーん、なんだかんだって言ってたけど、僕の話だけで言わせてもらえるなら
退屈はしなかった、楽しい時間だったよ。
ううん、のんびりしてなんにもしてない時間であっても一人より二人が良いんだ。
なんでだろーなー、僕と気が合う人なんてあんまりいないはずなんだけどなー。
僕はほら、ネガティブだし?
僕はご覧の通りなので、君がいた方が良いのかもしれないよね。
後は僕とレイピアの関係って話だけど…本当なら僕達は君を然るべき場所に預けないといけないんだよね。
まぁ、僕はその場所を知らないんだけど。
世間的には誘拐犯になるのかなぁ…でも僕自身は泊めてあげて欲しいって言われているだけだから…どうなんだろうね、僕らの関係性って。
同居人?誘拐犯と被害者?同級生?それとも共犯者?
なんかかっこいいから共犯者にしちゃおうか?
別に僕らの中でそう思ってるだけで、実際に何か悪い事をしている訳じゃないし、いいんじゃないかな?
ちょこっと現実味が深い座敷童という事で、僕に幸せの一つや二つ持ってきてくれたらいいな。
乗っている列車はどうやら対向列車を待っていた様で、電車が隣のホームに止まったのを見計らって発車のベルが鳴った。
僕の今の話は取り繕っていないなんとも半端なものだったかもしれないけど、僕なんてそんなものだよ。
はぁーーー、答えるのすっごい胸がむずむずして恥ずかしくて仕方なかったんだけど、レイピアは僕の話を聞いてどう思ったのだろうか…
レイピアは僕から目を背けて外を見ている。
もしもし、お嬢様…聞こえますか?あなたに話しかけているのですよー?
目を合わせようとするとレイピアは僕から目を明らかに逸らす、何か気に触る事をさらに言ってしまったのだろうか…?
あ、あれれ?もしかしてレイピアさん…照れてる?
「えー、別にぃー?なんとも思ってないけどナー?」
取り乱したりはしないけどさ、棒読みだよレイピアさん?
「そ、そんなことないもん」
否定はしているけど、レイピア少し口調が変なままだ。
「ほ、ほら涼くん駅に着いたよ、降りるんだよね!?」
アナウンスでは学校の名前は駅の名前に入っていないけど僕らは遂に学校の最寄りの駅に到着した。
学校の最寄りの駅としてはかなりの人数が違うはずなのに駅はこじんまりとした駅だった。因みにこの駅もホームが二つある。
うん。式が始まる三十分前、流石にここから学校まで迷ったとしたって小一時間かかって遅刻するなんてヘマはしないだろう。
そう言えばレイピア、最初の時に持っていたあの模造刀みたいのは持ち歩かなくて良いの?
「うん、持ってかない、それにあれは模造刀じゃなくって本物の刀だよ涼くん…あんなのぶら下げて学校になんて流石の私でも行かないよ、それもう威圧感すっごいし完全に江戸時代だよ。切り捨てごめん!」
電車を降りながらレイピアは僕の肩から腰までを切るフリをする。
さっきまでの照れは何処へやら、本当に表情がころころと変わるよね、レイピアは。
確かに目立つし一回で覚えられそうだよね、印象的だし
「それよりも普通に先生に怒られるよ」
そう言われればそうだよ、忘れてた。
切符を入れる改札には駅員さんが立っていて、切符をカチカチとはさみの様な物で買って回収している。
「あの人にこれ渡せばいいの?」
僕がそうだよと教えるとレイピアは言われた通りに切符を出口の前で立っている駅員さんに手渡す。
カチッ、駅員さんは軽く会釈をレイピアにして切符を切って回収した。
「涼くーん、渡してきたよ〜」
レイピアは何故かそのまま回れ右をしてこっちに戻ってきた。
ちょと待ってよレイピア、なんで戻って来るの。駄目だって。
切符の仕組みとか分かってないのか、改札からホームまで戻ってきてしまった。
疑問も持っていない様子で僕のところまで戻ってきたレイピアに僕は一先ず付き添って駅を出ることした。
すみませんと駅員さんに謝りながら切符を渡すと駅員さんは気にしていない様子でまた切符を回収してくれた。
レイピアが目に入れても痛くない、可愛い可愛い金庫に入れられた箱入り娘だって自分で言ってたけど、知識はあるけど経験が無いんだろうなと僕は思った。
ここから学校まではなだらかな上り坂を登って行けば着く。
さてレイピア、僕らの学校に行こうか。
「そうだね涼くん、よーし頑張るぞー!」
レイピアにはそう言ったけど、ここに久井楓が登場したら逃げ場と言い訳が立たないと内心ビクビクしながら僕はレイピアを連れて坂を登って行く…
もうすぐだから何も起こらないでくれ…この子の為に僕が出来るのは今はこうして祈ることくらいだった…
次回は続く!




