淡色ホープその1
あけましておめでとうございます。
人は自分が考えているよりも状況が悪化したり、突拍子も無いことが起きると、人は自分に関係のない事なんだと誤認識する思考の偏りがあるらしい。
思考をそもそも放棄したり、成り行きに任せたりしたくなる事だって起こりうる訳で…
僕はこの時その正常性バイアスってのを働かせたくなったよね。
自分には関係ないとか、最悪の事態は起きないとかそんなこと
まぁ、なぜかと言えば駅の入り口にひょっこりと噂のあの子が姿を現したのである…呆れてものも言えないのだけれど。
いやいや、乗ろうとした電車の時間までまだ少しあるんだけど…正確に言うと10分くらい早いんだけど。
レイピアってもしかしてせっかちさんなの?
誰だよ最寄駅に早めに集合すれば多分追手の人も来ないから大丈夫だからなんて言った奴…僕だわ、てか僕しかいない。
3日前から今までの自分に一発づつ蹴りつけてやりたくなったよ。
あーあ、どうするんだろうレイピアは、こっちに気付いてくれれば良いんだけど…
幸いにも久居さんは僕が座る駅の改札口の方を向いて話をしている。だから駅の入り口にやって来たレイピアには気が付いていない。
ああ、久居さん…あなたの探しているお嬢様が真後ろを振り返れば見つけられるんだよね…なんて僕は全く言うつもりがないけどね。
「どうかされましたか、北村様?」
そう…ですね、久居さんはお嬢様がもし仮に見つかったとして、最初にどんな言葉を掛けてあげたいですか?
僕は久居さんに頼むから振り返らないでくれと神頼みしながらこんな質問をしてみた。
それはと言うのも、レイピアは話し合って事を治める気があるにしても、お屋敷側の人がレイピアに意思表示をどれだけ認めているかが気になったからだ。
少しだけ間があって久居さんは僕の質問に答えてくれた。
「心配を致しましたと一言述べた後でお屋敷までお連れいたします。」
なるほど…なら立場とかそーゆーの全部取っ払う事が出来たとしたらどんな事を言いたいですか?
人の本心を聞こうなんて浅ましいとは思いつつ、僕は久居さんに尋ねてみた。
因みにだけど、レイピアは僕に気が付き駆け寄ろうとしたところで久居さんに気付いて引っ込んだよ。
「本心からすれば…ですか、それは…」
久居さんが考え込んでる隙にレイピアに目線とかで何か伝えられないかと思ったけどダメだった。
ちらちらと僕らの事をを覗き込んでいるのがちょっと怖い。もう、素直に回れ右してくれるのが一番良い。
久居さんは僕の目を見てさっきの質問に答えてくれた。
「…素直に申し上げても、心配を致しておりましたとしか申し上げられないかもしれません」
レイピアが行方不明になった責任は多分執事している久居さんに降りかかってたり…しないよね?
「い、いえ処罰や減給などは明示されておりません。戯れとしてお前はクビだと言われました」
え、それってやっぱり責任取らされてるよね?
いま久居さんって誰の執事でもないのなら別にそんなにお嬢様を見つけるようとしなくたって…
「いえ、旦那様からすると早くお嬢様の事を見つけてこい。見つかるまで屋敷の事は考えなくていいと言う意味が込められていますね。親の心子知らずですよ」
久居さんはそう言うけど、言葉が圧倒的に足りてないですよね?
…それに旦那様って事はその人がお嬢様のお父さんって事?
「左様でございます。お名前などは守秘義務がございますので申し上げられません。この身をどうかお許し下さい」
久居さんは僕の目を見てはっきりとこう言った。
それは別にいいけどさ…顔がいいな久居さん、睫毛長っ…
こほん.それはそれとして…お嬢様と旦那様は頑固って性格は似ているって事ですね。
「えぇら頑固なのに悪戯とかするのはどちらもお好きという…」
うわぁ、たちが悪い…
「いいえ!旦那様はともかく、お嬢様を侮辱するのは何者も許しません」
久居さんが目つきを鋭くしながら僕に言ってきた。
自分の仕えている雇主へのこれ以上の詮索はして欲しくないと言いたげな目をしている。
「素直に話せば私にも旦那様がお嬢様に対して行動を制約するのか、私には理解ができないところはあります…」
うーん、そしたら久居さんはお嬢様が家出を考えて実行した理由として考えているのかな?
久居さんは僕の問いに黙って思い詰めた後でうなづいた。
「どうかされましたか北村様?」
なんでもないと久居さんには答えたけど彼のおかげでやっぱり、お嬢様=レイピアって構図がこれではっきりしたよ。
レイピアはこの問題を解決しようとしている。
だけど久居さんはともかく、そんなに頑固な旦那様ことレイピアのは父親が話を聞き入れてくれるのかと僕は疑問に思うわけだ。
眼科で言葉足らずな親を納得させるなんて…失敗を前提にした分の悪い賭けなんじゃないのか…
「ともかく…北村様、お嬢様の人相や人柄などは先日お話しした通りです。 見つけて説得をするのは私共の問題ですのでもし仮にお嬢様を見つけることが出来たのならご報告を頂ければ幸いです」
やっぱり、ご期待に添えるかは分かりませんよー
僕は貼り付けた様な愛想笑いを浮かべてそれに答える。
あぁ嫌だ、ここで全部久居さんとレイピアがいる前で全部ぶちまけてしまいたいと思っている自分がいるよ。
「いえ、それでも良いのです。お嬢様が学校に行っているのなら私としては少し安心出来ます、何か事件や事故に巻き込まれていない事が分かるだけでも…我々にとっては有益な情報ですから」
彼は一度静かに溜息を吐いて僕の目をじっと覗き込んでくる。
男とは思えない程に目鼻が整えられてるし、睫毛長いし、意図が分からない。
何か僕の中から見透かそうとしている? それとも伝えようとしていることがあるけど言えない…?
それは十秒程の時間だったけど、僕にはどきどきのハラハラで気が気じゃなかった。
そのあと彼は納得何かした様子で腰掛けていたベンチから立ち上がる。
「それでは北村様、私はこれにてそろそろお暇したいお思います」
そうですか、久居さんどんな結果であれ報告はきちんとしたいたと思いますのでよろしくお願いします。
「いえ、見ず知らずの私にご協力いただきまして北村様、感謝致します、頼みますね」
頼まれたとは言っても、素直に話すわけにもいかないしなー、この駅周辺を探せばいまなら絶対見つかりますとも…僕の口からは言えないよなー
「それでは北村様、くれぐれもお嬢様によろしくお伝えくださいませ」
え…あ、会えないかもしれないからそれは保証出来ないんですよ?
「そうですね、お嬢様が学校に来ていなければ会えませんから…ね?」
そう言って久居さんは駅の入り口へと歩いてゆく。
大丈夫かな?あれからレイピアは上手いこと何処かに隠れたり出来たのだろうか、正直不安なんですけどね。
「それでは北村様、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。わたくしはこれにて失礼させていただきます」
久居さんは僕に向けて静かに一度お辞儀をした後、堂々とどこかへ向かって歩いて行った…
姿が見えなくなって、暫くして僕はやっと緊張の糸が切れて力無くベンチに再び腰掛ける。
はぁ、緊張した…なにが嫌かって嘘つきながら作り笑いと両方しなきゃいけないって事だよね、やっぱりこーゆーのは向いてないよ。
それにしてもなんで久居さんはこの時間にこんな場所に居たんだろう…お嬢様を探してる途中にしてはタイミングが出来過ぎな気がするけど…それは流石に勘繰り過ぎかな?
久居さんが本当にどこかへ行ってしまったのなら良いけど、レイピアはどこかに隠れてるみたいだし、ここでもう少し電車を待つことにしようかな?
駅に入ってくる人の通りが増えてきて時刻表を見てみたら、僕らが乗る予定の一本前の電車が来る時間の様で、少し駆け足で切符を買って行く人の中には僕と同じ制服を着た人も数人居た。
もしかしたらあの人達の中から僕のクラスメイトになる人もいるかもしれない。
春になるとどうにもふわふわしちゃうのはダメだね、僕の悪い癖だ。
「どうしたの涼くん、なんか感情に浸ってる?」
そーだねー、僕には悩み事が多くて困っているところなんだよ、特に君のことがね。
というかいつの間に隣に座ってるし…気配消して近づかないでよ、怖いよ。
「にししー、ドッキリ大成功ー!」
どうだろう、成功はしてないんじゃないかな? 僕あんまり驚いて無いよ?
「いいのー、気付かずに近づけたらOKなんだよ!」
そう?まぁ、レイピアがそういうなら良いんだけど…
「そんな事より!なになに、涼くんは私のことで悩んで夜も寝れてないって今本人から聞いたんだけど!
も・し・か・し・て?キャー!」
キャーって、分かってるでしょ。僕の置かれてる立場
というか、うん…君ってそんなテンションだったっけ?
「良いじゃん、こんな感じでもーそんな事よりどうどうわたしの制服姿!!」
え、うん。 似合ってるんじゃない?学生っぽいよ。
「ちょっとー涼くん、私達まだ学生だってー」
それは良いんだけどさ…次の電車は乗るからね、準備しないとだよ。
レイピアはそのまま素直に返事をして一駅分の切符を買おうとして…首を傾げた。
「涼くん…これ…タッチしても何にも反応が無いよ!?それに画面とかも変わらないよ!」
それはそうだよ、ボタンを押さないと出てこない仕組みだよ、それになにも考えなくてもこの駅から一番近い駅だから一番安い切符を買えば大丈夫だよ。
「ふーん、そうなんだ…変なの」
レイピアはそう言って券売機から出てきた紙の分厚い切符を珍しそうに眺めている。
さっきの事はレイピアに伝えておいた方が良いよね…
それよりもレイピアが予定の時間よりだいぶ早く来たから僕は気が気じゃなかった事も言っておかなきゃ。
そう思って僕が口を開くより先ににレイピアが静かに割り込んだ。
「あのね、早く来ちゃってごめんなさい。本当はもうちょっとゆっくりするつもりだったの」
そうなの、ならどうして?
「寮の部屋で制服の準備も出来ていざ一人になった時にね、突然きゅーって苦しくなったんだ」
それって何か病気とかなんじゃないの、保険証とかちゃんと持ってる?
ううん、そういうのじゃないよ、レイピアは否定して話を続ける。
「一人になって…なんか考え事してたら突然涼くんがこのまま帰って来なかったらとか、またあそこに戻る事になったらなんて考えちゃって」
そんな…とここまでは僕は口に出したけど、すぐさま否定することが出来なかった。
「…ほら、涼くん持ってきた荷物もそう多くないからこのまま駅に行ってもだーれもいなくって…
ごめんね。ありもしない話なのに、涼くんはちゃんと待っててくれたのに」
…さっきまでこの子があんなに明るかったのはもしかして強がりなのかもしれない。
僕はそのまま黙って、レイピアの話を聞く。
「それでね…この二、三日全部夢だったんじゃないかってそう思ったらなんか頭の中と胸の中がざわざわぞわってなんかどーしょーもなくなって気が付いたら寮を飛び出してきちゃった」
レイピアが感じた事をなんて言えば良いのか僕には分からないけど、それならしょーがないって言える位には心が広くありたいよね。
僕は困ったけど、レイピアは問題を起こした訳じゃない、だから大丈夫だよ。
「ありがと、うーん?ここに入れれば良いの?」
切符も買ったしホームに向かうことした僕らだったけど…改札は…うん、流石に切符を機械で読み取る形みたいだ。
「なんかへんな電車だね、どっちから来るの?」
レイピアが間違えて乗り込まない様にしなきゃななんて考えつつ、そっと胸を撫で下ろして一呼吸いれた。
「でもさー涼くんは誰にでも優しいよね」
誰にでも? そんな事はないよ僕が優しくできるのは…
僕に余裕がある時だけだよ。人もちゃんと選んでるつもりだけど…
レイピアはふーんと軽く返事をしただけで特になにも言わなかった。
久居さんと話した事とかって言ったほうがいいのかな…特に何かあったわけでもないんだけど。
レイピアから「楓は何か言ってた?」と聞いてきたからかいつまんで僕は話をした。
「ふむふむ、じゃあ今度はささっと隠れちゃダメだだって事だね」
レイピアさっき久居さんの後ろ姿見た時にぎょっとしてたもんね。
「し、してないよー!」
両手を振ってジェスチャーで否定してきてるけどさ、その焦り様で図星じゃなくて演技だとしたら、相当な演技派だよレイピアは。
「そうそう女の子はみんな女優さんだからね、演技派なんだ!」
う、うんそうだね…
次こそはちゃんと話すよと言っていたのは、寮室でも言ってたけどそれは言わない方が良いな。
言葉にしづらい声を押し殺して、嘘を浮かべて遊んでいる僕達の始まりであり、終わりがゆっくりとやって来ていた。
踏切の短い警笛音と規則的な電車の走る音が聞こえいる。
僕らが行く方向とは逆の電車がゆっくりとホームに入ってくる。
「涼くん、涼くん!これに乗るの!!」
これには…乗らないかな、僕の話聞いてた?
「えー、でも綺麗だよ。乗ろうよ」
間に合わなくなるかもしれないからダメ。
こんなやりとりをしながら僕達は入学式に向かうのだった…
次回へ続く!!
そろそろ駆け足かな…




