座敷わらしとツツジの執事2
朝晩冷えてかぜひきそうです。
高校って一言でいったって、どうせ中学校と似たようなものだよね?
中学校時代の先生とか、OB.OGとか年上の人は口を揃えて中学校と高等学校は全く違うものなんて言っていたけど…そんな訳無いじゃないか。
人の事を考えずに五月蠅くするのが取り柄の人と、静かに波風を立てないようにするのが取り柄の人のどっちかでしょ?
急に人は成長しないっていうのは自分が一番よく知っているからね、場所とか環境が少し変わったとしても変わるわけないじゃないか…
僕は新しい環境にはワクワクしているけど新しく触れ合う人たちにはあんまり…
あ、でも二、三日ってこの僅かな時間で知り合いの人が取り敢えず増えたから独りぼっちでこれから三年間を過ごすって事は多分ないかな…?
さて制服姿のまま変に皴が付いてしまっても嫌なので、試着はここまでにして僕はお昼ご飯を適当に用意する。
パンとスクランブルエッグにコーヒーとかそんな手抜きな内容だけど作るだけマシって感じ?
レイピアの分もパン焼いちゃうけどレイピアは飲み物何にするの?
「うーんとね、これ(紙パックのイチゴ牛乳)かな?」
えぇ…なんかパンとかおやつの時には決まって飲んでるけど大丈夫なの? 飽きたりしない?あんまり夜に飲んだりすると虫歯とかになっちゃうからね。
占領された和室の襖からレイピアがひょっこり顔だけ出してにししと笑いながら大丈夫だよーと気の抜ける返事を返してきた。
本ん当にこの子は子供っぽいのか大人びてるのか良く分からないな…
今日は入学式だからねレイピア、分かってる?
「分かってるよークラス分けとか、出さなきゃいけないものがてんこ盛りなんでしょ?」
いや、そうなんだけど結局のところレイピアはどうするの?
絶対に久井楓は入学式に来るよ? どんな形かは分からないけど…そしたら
君はどうするの、向き合うの? 隠れるの?
「もー、急に真面目にならないでよ涼くん、考えたくなかったことなのにーいいじゃん別に…関係ないでしょ?」
そんな事を言われたって誤魔化されないってレイピアは分かってると思ったから僕はあの時の独り言の様に淡々と続ける。
どうするのかとか、どんな風になったとしても僕に影響はないし、何なら占領されてる部屋が空くかもしれないとも思っているよ。
下手をすれば…いや、下手をしなくても多分レイピアは今日中に執事によって屋敷に連れ戻されてしまうではないかと僕は思っている。
そんな事はさせないよとか言ってあげてた方が格好が付くんだろうけど、僕には関係のないレイピアの身の上の話だから僕がしゃしゃり出たって仕方ない。
そうだね、僕は関係ない…それを言われてしまったら僕は何にも言えなくなってしまうけど本当に助けたりとか出来ないし庇えないけど…いいの?
「んー? そっかーそうだねー涼くん…君って助けてって言われたら助けてくれる人?」
明日の天気を聞いてくる様にそんな事を聞いてくるのは反則過ぎるでしょ、レイピア
思わず何も考えずにうん、そうだよーって呑気に答えそうになっちゃったじゃないか…僕が何かを助けるだとかそんな事出来る訳無いよ。
だから答えは助けてあげられないって返事だけど別にいいよね。
これが正義の味方とか物語の主人公とかなら、二つ返事で絶対に守るよとか言って猛然と立ち向かっていくのだろうけどあいにくと僕は「普通の人」だから…
この三日間、思っていたよりも楽しく過ごせたけど、これはレイピア本人の問題だ。
レイピアが抱えている問題に部外者が立ち入ったところで僕はレイピアを擁護する事しか出来ないし、公平な判断も出来ずに場を乱すだけだ。
同情はするけど…それ以上どうもしてやれない。
僕には関係ないとレイピアから目を背ける事に後ろめたい気持ちはあるんだけどさでもさ…他人じゃん?
そんな事を面と向かって伝える訳にはいかず、僕は誤魔化してこの話題を逸らそうとした。
「そっか…涼くんがそう言うんだろなーって分かってたけどそっかぁー」
レイピアは残念がりながら襖を閉めて暫く出てこなかった…
レイピアが占領した和室…襖だから開けるのは簡単なんだよね…
薄い扉を一枚隔てた奥でレイピアがどんな表情をしているかは分からないけど、今日でこんな事態とおさらば出来る。平穏で安心安全な学生生活をやっと僕は始められるんだ。
もしかしたらレイピアとはこれっきりになってしまうかもしれないけど、僕たちにとってはこれで良い…
これは冬休みのこの三日だけの不思議なお話だったんだよ、きっと。
レイピアは入学式までに荷物をまとめてくれると後がドタバタしないで済むと思うんだけど…そこまではしてくれないか。
薄情と思うならそう言ってくれて喧嘩別れみたいな関係の終わらせ方の方が後腐れとかそう言うのなく終わる気がするんだけど、今日のレイピアは素直というか…静かだね。
いつもだったらもっと騒ぎ立てたりするんだけどな…わーい!とか、きゃー!とか言って口数も多かったイメージだった。
けれど遅めの朝ごはんを食べている最中もレイピアは決して騒がず、かえって気を使って僕が空回りしてしまったくらいなので僕たちの間の空気は実に微妙なものとなってしまった。
そのまま学生用の肩掛けバックの中に色々詰め込んで、最寄り駅の時刻表を確認する。
そこまで距離が離れている訳でも無いから丁度いい時間の列車が無ければ歩いてしまおうと思っていたけど、丁度いい時間に列車があった。
よし…一度レイピアにはここは別々に寮室を出ようと声を掛ける。
「うーん? 私と涼くんが別々に出て行かなきゃいけないっていうのはどうしてなのかな?」
一応、僕がここを出て行ったタイミングの前後で久井楓がこの部屋を監視してたり、寮の前で出待ちとかしてたら僕が作った作戦が台無しになちゃうからね。
僕らは襖越しにそんな話をする、もしかしたら僕らにとってはこれが最後の会話になるのかもしれないなんて…
「おー、そう言う事なんだねー涼くんあったま良い!」
いやいや、それ位は予想しようよ万が一の場合だって考えられるんだからさ、多分あの人抜け目ないところあるでしょ? 印象でしかないけど
「あー、確かに私よりも色んな事を考えてくれるよ楓は…うーんそしたら涼くんの言う通り寮を別々にでるとして…どこで集合するの?」
別にここから寮を出たら他人って感じで良いんじゃないかな、ってのが僕の素直な気持ちだけどそんな訳にもいかないか…
分かった、そしたら最寄り駅の改札で待ってるから追いついてきてくれる?
「えーっ、どーしよっかなー?」
あーそう、それなら別にいいよ僕勝手に一人で行くから。
レイピアは頑張って一人で学校行ってね、学校行った事ある?学校の場所知らないんじゃない?
「じ、冗談だよ涼くんえっとなんて名前の駅だったっけ、さちや?」
こうやだよレイピア、幸せな谷と書いて幸谷って読むんだって、ここら辺の古い地名らしいね。
「ふーん…こうやってどう書くの?幸谷って書くんだよ!なんちゃって!」
レイピアは鼻歌を歌いながら襖の奥でガサゴソと何かしている。
「そうだよ涼くん、大事なこと忘れてた!」
大事な事…?お昼ご飯食べて、入学式行くことよりも大事な事?
「ご飯いずごっと、お腹が空いたら万事上手くいかないけど…私も制服に袖通してなかったよ!」
え、制服ってサイズとか測りに学校に来た時に一度着たんじゃない?
「うんうん、私その時も学校行ってなくて注文されたらと思う!学校に行けるなんて多分楓と私のお父さんは考えて無いよ!」
え、本当に? 流石に学校に一日も行かないのはちょっとまずいんじゃない?
だって、出席日数足りないと進級出来ないんじゃたかったっけ?
「うーん、分かんないけど…出席日数ギリギリまで行かないとか、別室授業とかやり方を考えるんじゃないかな?」
そんな工夫する労力があるから素直にレイピアを学校に行かせた方が早いでしょ、どう考えたって…
「知らなーい、そんな事より!じゃーん!制服着てみましたー!!」
そう言いながらレイピアは襖が勢いよく音を立てて開くと和室から飛び出してきた。
丁度僕はお昼の盛り付けをそろそろしないと思ってキッチンに行こうとしてたから振り返った訳だけど、レイピアが開いた襖を素早く閉めたのに気がついた。
まー、プライベートな空間だし? 別に良いんだけど。
「ちょっと、涼くん! ほら、制服着てみたんだけどー、どうかな?」
どうって言われても…ここで僕がレイピアを褒めるのは簡単だけどさ…それってなんか…気持ち悪くない?
「えーー!そこはさぁ、ほら! 正直に似合ってなくても似合ってるって褒めるところでしょー!」
褒めるも何も…そんなに僕、人の褒め方とか分かんない…
「涼くんってばひどい、私には制服なんて似合わないって言いたい訳!?」
ちょっと々レイピア怒っちゃったよ…そこまで機嫌悪くしなくても良いんじゃない…ね?
「りょーくんが褒めてくれるまだやだよー!いー!」
えぇ…なんか…すっごい子供みたいな拗ね方してるんですけど…
レイピアは腕組んでそっぽ向いて頬っぺた膨らませてる。
僕そんなに人を誉めるのとか得意じゃないよ?いいの?
「ふーんだ!」
はぁー僕苦手なんだけど、人に何か言うのとか…
レイピアがどうしても治らないみたいだから僕は渋々少ないボキャブラリーから捻り出す。
えっとー、似合ってる…よ?
控えめに言って可愛らしい…うーん、なんて言ったらいいんだろう… 女の子は線が細いけどレイピアは元がお姫様みたいに華奢で、それに子供っぽい表情をよく見せてくれるんだけど…でも思春期っていうか大人らしい表情をされたら多分ギャップがあり過ぎてよ「す、ストーーーーッブ!!」
何故かレイピアが僕の言葉を制止させる。え? どうしたの?まだぱっと浮かんだ中の半分も話してないよ?
「涼くん…も、もう…なんてゆーか、お腹一杯だから。私が悪かったよ…」
顔を両手で覆って俯きながらレイピアがそう言うので僕はこれ以上話を続けなかった。
でも確かに似合ってると思う。 黒のセーラー服に白のリボンと余計な装飾とか無い女子用の制服はレイピアも少し大きく感じるサイズになってる。
ほら、高校生ってまだまだ成長期だから!その点は大丈夫だよ、きっと
「もぅ…そーゆーよけーな事を言わなかって良いよー涼くん」
僕らはお互いに呑気なフリをして出来ていたブランチを食べ、他愛無い会話を繰り広げていた。
レイピアがどこまで察しが付いているのかは分からないけど、多分君の執事を名乗ってるあの人に脅しとか泣き落としの類のものは効かないと思うよ。
僕がこんな事を思うのも変なんだけどさ…
別れは確実にその足音を近くしている、こんな時に当るのは何時も一番悪い想像だって僕はそう考えていた。
澱んだ思いと不安が僕らの足元に影を落としている。
どっちかが堰を切ったら溢れてしまう、だから何にも触らずに「偶々そういうことになってしまった」とわざとらしい、都合のいい嘘を吐く事で自分を誤魔化そうとしている。
僕はどうしたいのかとかレイピアをどう思っているのかとか…自問自答する気も全くない。
自分の頭の片隅では分かっているけど僕は全く行動らしい行動を起こさないままに寮室を出てゆく…
溜息すら出ない、僕のしている事は逃げの一手だ。
曖昧にして別れの言葉も告げずに後で山の様な後悔と自己嫌悪が待っている…
最悪の事態を考えしまうのは僕の悪い癖だけどさ、流石に寮室を出た瞬間に久井楓が姿を表すとか…
僕とレイピアの事を全部知っていて、ただ泳がせているだけとか…
喉の奥に何かつかえている様な気分だよ、すっごく気持ちが悪い。
それでも…僕のした事は別に間違いじゃない筈だ。
寮から出た途端に久井楓の姿があってもおかしくはないから、僕は心に鍵をしてゆっくりと学校へ向かい始める。
溜息も出ない…こんなにも複雑な気分で迎える季節の始まりなんて中々ないよ…
寮に来た時はあんなに期待に溢れていたのに、このすっかり晴れた空も僕にはなんだか恨めしかった。
次回へ続く




