微睡みの爆弾その三
期待された結果なんてものを出せるほど僕は器量を備えていなかったし、自己矛盾とそれに対する嫌悪に苛まれながらも僕はこの部屋の座敷童子の味方をすることにした。
というのもまた言い訳を並べることになるのだがこの家出少女が見ず知らずの人間ではなくなってしまったし、親に対する反抗が家出の理由だとするなら僕としては賛成せざるを得ない。
まぁ、この寮の一ヶ月分の代金を払われてしまっているので結局の所当然の結果なんだけど。
彼女には今、安心できる居場所がこの寮の一室しか無くなってしまったのだ。
「涼くん涼くん!! 私、紅茶入れてきたから!! こーゆー時ってポップコーンが定番だけど別にお菓子がマフィンでも良いよね!!」
小さな机はお皿に載った五つの洋菓子が置かれ、紅茶の香りとともにお茶会となっていたが今日の目的は午後のティーパーティではなく映画鑑賞会である。
「映画だからさ、暗いところで離れてみようね!!」
レイピアの提案によりカーテンを閉め、部屋の照明を消してしまうと彼女と出会ったときのようなカーテンの隙間から漏れる薄明かりのみでこの寮室はすっかり暗闇に変わってしまった。
そこまですることある? 半分開きかけた口は「雰囲気重視だから!!」という彼女の台詞にちょうど揉み消され、僕らはクッションにもたれかかりながら映画を見る体制に入る、
「どんなお話かよく聞かずに借りてきちゃったけど変なお話じゃないと思うよ、マリアがおすすめしてきた映画だからね!!」
マリアさんの趣味がどんなものかは分からないが、あの人柄からしてこの寮の人間の中でも常識人だろうと僕は勝手に印象で位置づけているのがこれで変な人だったらどうしよう…逃げ場がない。
いやいや、この際マリアさんの話より僕はレイピアに話さなくちゃいけないことがあるんだ、映画を見るなんてそれどころじゃないかもしれない。
「ね、ねぇレイピア…僕ちょっとした報告があるんだけど聞いてもらえる?」
画面ではオープニングの前のちょっとした予告が流れているが本編に突入する前に話してしまおうと僕はhしたくもない話をすることにした。
「さっき、レイピアが出掛けてる間にこの部屋にお客さんが来たんだ」
話の初めは静かにそして問いただすかのように僕はレイピアに報告をする。
「それでさその人の名前がね…「「久井楓」」って言ってた。どこかの家で生活指導…人の予定とか身の回りの世話をしている人が仕えている主人探しに協力してほしいと言ってさ」
レイピアは「ふーん」と言って特に変わった様子は無く、映画の序盤を眺めていたが絶対レイピアと「久井楓」は関係があると僕個人的には思うんだ、だってレイピアと彼の話の辻褄が合わないなら良かったんだけど合ってしまったからね。
「レイピア…この人のこと何か知らない? いや…なにか知っているよね?」
問い詰めるつもりは無いんだけどこの際だからハッキリさせてしまおう、この子がどんな子なのかを…
「はぁ~涼くん…今は映画見よう? ね?」
しかしレイピアは映画の画面を見つめたまま興味なさそうに僕の言葉をあしらってきたのに僕は少々驚いたが僕は身のほど知らずに話を続ける。
「いや…」「ねぇねぇ涼くん、映画館では私語厳禁ですよお客様?」
口元に人差し指を立てレイピアは沈黙を求めてきた、どうやら彼女はこの場では少なくとも話す気はないようだ…思っていた。
それは映画の中盤でやっと僕が気がついた事なのだけど別にまだ感情が溢れるというような場面では無いのに薄暗がりにレイピアの小さな影の輪郭が震えている…決して部屋が寒いとか話の真ん中で主人公とヒロインのラブラブなシーンが写っているだけなので「怖い」とかそんなことでもない。
なにか声をかけようかとも思ったが 僕は何も言葉が出せない.
もしかしたら、「久井楓」が探している人物が僕の寮室に転がり込んだ座敷童子、「レイピア」だとしたら…まさか僕の予想が、点と点同士が繋がったのか…本当に?
レイピアは久井楓君の主人で、久井君はD51の情報を当てにして僕の寮室まで来た…なるほどなー、じゃぁ久井楓は僕に対して単にとぼけていただけなのか…なにそれ嫌だな。
「なんでよ…もう少し位…」
膝を半分抱えたレイピアからそんな声がにじみ出てきた時点で僕は濁した言葉も飲み込んで、レイピアの淹れた砂糖の多めに入った紅茶を飲みきって僕にしか言えない落ち着いた声を演じて僕は彼女に話をすることにした。
先ずは泣いていないけどすぐさま崩れそうな少女の肩を僕は静かに抱き寄せる、彼女は声にならないほどの小さな音を出した以外は何も言わずにクッションに倒れ込むように座り込んだ。…いつかみたくびっくりして叫んだりとかしないでよね?
「…レイピア、僕は今すっごいキャラじゃないことをしているのは承知しているし、全然嫌なら振りほどいてくれて一向に構わないのだけれど…いいよ、君は此処に居て…いや出来ることなら居て欲しいんだ。」
勘違いの嘘っぱち、優しさを越した場を繕うだけの言葉の羅列だとしてもだからどうしたと言うんだ。
「君はここで三年間僕と一緒…とはいかないだろうけど誰かのために生きて行くんじゃなくて君自身の興味を押し出して好きにしていこう? 逃げちゃお、もういっそのこと高校も行くの辞めちゃって、普段はどっか遠くでアルバイトとかして暮らしちゃおっか…」
未熟者達の出来っこない、無計画な夢計画にしか過ぎないのだとしてもさ…僕だって「幸福な未来行き」のトロッコ列車に乗っていれば幸せになれるんだったらそうしていたいよ、大人たちが礼賛するその列車のチケットは早くに売り切れていた。
僕は部屋の隅で震える女の子の甘えを許さない程偏屈でひねくれた覚えはないから、愛こそ歌えないけどせめて涙くらいは拭ける様になりたいよね。
レイピアはなんにも言わずにただ雨音と映画の画面を見ていて、軽く崩れ落ちてしまいそうな体重が僕に寄りかかっている…忘れられなくなってしまった暗がりの中の午後に、歪んだ二人ぼっちの王国で優しさを気取る少年と溺れる蒼いムスカリの花が小さく咲いていた…
次回に続く!!




