レイピアその二
不意には人は弱いもの
事前の心構えは大切です
手間が掛かることはあんまり得意じゃ無いから、ある程度、形があるもので簡単な構造のものの方が好きなんだけど…人とかもう複雑過ぎて面倒な事この上無いよね。
家具が数種類置いてあるだけのフローリングの部屋が僕の部屋で、荷物も広げていない筈なんだ。
ならなんで、布団が部屋の端に畳んであるのかな?
元々の備え付きのものだったとしても押し入れもある筈だし、そこは閉まってあるはずなんじゃない…?
信じたくはないけど、この部屋には先住民がいるのかもしれない。
そう思いながら閉じられたカーテンも開けて、窓も開けてしまおう、 空気の入れ替えがしたい。
これでベランダとかに誰かが居たら大分怖いんだけどま、そんなのはサスペンスドラマとかでやってくれれば良いんだ。
これはただのしがない学生の生活模様を描く物語でしかないのだから、僕は何事も無く平らで和やかな日々を綴つづるんだよ。
僕の願うことなんてのはちっぽけでこれっぽっちも高望みでは無いはずなのだが…
カーテンを開いて、春の木漏れ日をー届かせてー
ふりむいてみたーらー目に映るーさーっきのお化けーエマンジェンシー
どこかに聞いた歌に乗せて見たけど簡単に言えば振り返ったらヤツがいる。
白いシーツの様な布を被っている様に見える
何を訴えたいかとか全く分からないけれど、一先ず今度は驚かな…
僕は後退りをせずに、今度はその様子を観察してみる。
何かこちらに向けてのアクションがあるかもしれない。金縛りとか、呻き声を上げたりだとか。
幽霊が出てくる学生寮なんて聞いたことがないけどさ、この際だから怖がってばっかりじゃ面白くない。
こんなにはっきり姿形があって、まるでそこにいるかの様にしてるんだから…そこにいるかの様に…んん…?
何かが引っかかる…暗がりだだからよく見えていなかったけど、あのシーツの塊みたいなのって…
もしかして人がシーツを被っているだけなのでは…?
いやいや待ってくれ北村涼、君はそんなに積極的な人間では無いだろう? だからこのままでいい。
じっと僕はその場を動かず、ゆうれいなのか座敷わらしなのか分かんないモノと対峙した。
お互いに何も行動を起こさずにじっと見つめあったまま…
それには何か意思があるとかそんな風には感じられず、単純にそこにいるだけな気がする。
危害を加えようだとか、追い払おうとは僕は少なくとも思わなかった。
僕は積極的な人間じゃない事もあって、こんな奇妙な状況へ陥っている。
ま、僕に危害を加える訳でもないし…僕は取り敢えず荷物を広げて色々とチェックしたいんだけど…
その為にはあれの奥の廊下に出なきゃいけないんだよね。うーん…何もしてこないなら良いんだけど…
近づいたら襲ってくる! なんてホラー映画みたいな事は起こらないで欲しい。
僕は恐る恐る廊下にいる幽霊に近づいてゆく…何もしてこない人?もの?であってくれ…!
出来るだけ気づかれない様に、刺激しない様に抜き足差し足で動かなきゃいけないのは物凄く面倒くさい。
はぁ、本当なんなんだアレ…何もしてこない、ただそこにいるだけの布を被ったハロウィンの子供のコスプレみたいなヤツ….僕より大分身長が低かったよな…あの幽霊まさか…いやいやそれは僕の考えすぎだって。
高校生じゃなくて、子供のただの悪戯だったなんてそんな筈ないでしょう?
ここまで声を上げて驚いたり、怖がって逃げ帰ったりしてしまった。
けどもしかして、もしかして、その必要は全く無かったのでは?あれ….僕の考え方が最初から間違ってた?
僕の前提は「あれは本物の幽霊である」こと。
やっぱり幽霊でもなんでもなくて、ただのシーツを被った誰かさんである…?
待ってくれ、知らない人があのシーツの中にいるの? へ?本当に?
ちょっと…それ、幽霊がいるってより怖いんだけど、あれは少なくとも全く知らない人なわけでしょ?
これ…無視したいけど、どうにかしてシーツの塊さんと話し合いに持ち込みたい。
話が通じるかどうか…マリアさんは何でこの状態で僕に部屋の鍵を渡したんだろ…
なんか心配とかして損をした気分になって溜息と同時に疲れがやってきた。
あの…どうしてこんな事態になっているんですかね…だってさ、これシーツの塊さんってもしかしなくてもさっき玄関で寝込んでいた睫毛の長い女の子ってことかな?
あの…もしもし?
僕は恐る恐る、思い切って白く波打つシーツの塊へ声を掛けた。
反応してくれたらいいけど…僕の言葉の後でシーツの塊は何も返して来ない。
え、僕はこれから無言で佇み続けるこの白い塊と生活をしなきゃいけないの…どうすればいいんだろうね?
マリアさんの所に行ってクーリングオフとか出来ないかな? すみませーん、座敷童を入れてこのお値段なのはちょっと戴けないのでもう少し色を付けてくれませんかー?
なんて…高校生の言うセリフじゃないナーこれは…
さてと、いい加減にしてくださいね、触れてはいけないモノであることは承知の上だ。
これが中身がさっき見た女の子だったとしても僕は悪くないと言い張るぞー?
はー、ふぅ…せーn「あれー、マリアー?もうお仕事終わったのー?」
えっ…?襖の奥から女の子の声がするんだけど、ちょっと待った。
小さな畳の部屋の奥から寝ぼけまなこがのっそりと姿を現した。
さっき見た睫毛の長い女の子、まだ意識が覚醒していないのか一度大きなのびと欠伸をする。
あの…どなたサマで御座いますかね?
「んん~? ん、わたし?」
あなたの以外の誰がこの部屋に居ないと思うんですがそれは…というか本当になんでこの部屋に僕以外の人間が居るのか全く理解出来ないんですけど??
「ふっ、ふっ、ふっ、常識にばかり囚われてはいけないよワトソン君、事実とは時に周知とは異なる様相を辿ることだって往々にしてあるんだよね~」
欠伸とのびを繰り返して女の子は何ロック・ホームズみたいな口調でもぞもぞと立ち上がった。
「えっと~? それで人の部屋に勝手に入ってきて、一体貴方はどういうつもりなのかな?」
腹の底からそれはお前だー!? って叫びたくなったのを抑えて僕は女の子に素直に事実関係を伝えようとする。
「いいえ。何の理由が有ったとして、寝込みの人のいる部屋への不法な侵入等言語道断です。
私は抵抗する権利が有ります。 その結果として如何なる力が働いたとして…貴方はそれを許容するしか無いのです…お覚悟を。」
と女の子言いました。 どこから取り出したのかサッパリ分かりませんが、殺陣に使われる模造の刀を手にしています…えっと? 冗談抜きで構えていらっしゃる?
「はい、勿論ですとも。未熟では御座いますが些か腕はありますので…宜しいでしょうか」
いいえ、宜しい訳ないでしょ。
「あくまでも非をお求めにならないのですね」
溜息を吐いてから少女は模造刀らしき物を鞘から取り出そうとして手を止めた。
さっきの無防備な寝顔はどこへ行ってしまったのか、人が変わった様に僕のことを睨む少女。
「貴方が何者かは存じませんが、そこの白い塊は貴方が何かしようとしたものなのですか。」
あ…そう言われれば…このシーツを被った何かが彼女ではないとすると…? これの…中身はなんだ?
「貴方の仕業では無いのですか、それならこれは?」
僕と少女は誤解をさておき、お互いに気になったので
僕は恐る恐る白い塊へ手を伸ばす。
手に触れた感触は布団のシーツのそれだ…僕は嫌な予感がしたけど、ままよとそのままシーツを持ち上げた。
なんの抵抗もなくシーツが剥がされ、その中身があればまだ良かったのだけど…
中身は空っぽでただ何も無かった。
少女も少し経ってから状況を理解した様で、気味が悪いと小さく呟き、僕には毛虫が服の中を這い回る様な気持ちの悪い感覚が僕に襲いかかって来た。
本当に僕達とは違う何かがこの部屋にはいるのかもしれない…