第九十二話 贋作者の盲点
本日二度目の更新になりますのでご注意ください。
迷宮の最奥での用事を済ませた俺達は宿の部屋へと戻っていた。ソラとロゼの他にもう二名ほどの厄介者と共に。
「それにしても残酷な事をするよな。将来有望な若者相手にお前の本気の声を聴かせるなんてよ。勝手なお節介な上にあんな別次元の代物を見せつけて、もはやいじめかそれ以上だな。俺なら格の違いを実感して心が折れるね」
「あらあら、マハエルは私とお話しをしたいようね? いいわよ、お望み通りじっくりと時間を掛けてお話ししてあげるわ」
「それはマジで止めろ! 俺を廃人にでもするつもりか!」
「大丈夫よ。精々私の言いなりの人形になる程度だから」
「はっ! お前みたいなうん百歳のババアの言いなりなんてまっぴら御免だっての。俺は若いピチピチお姉ちゃんが好みだからな」
「うふふ、うふふふふ、誰がババアなのかしら? もう一度言って貰える?」
「そこの二人、人の部屋でじゃれるのはそこまでにしろ」
今回の事件の顛末を説明するというからこの部屋に招いたのである。こんなどうでもいい茶番を見せられる為ではない。
「あらあら、そうだったわね。マハエルのお仕置きは後にすることにして、それで何から聞きたいのかしら?」
「今回の一件は【歌姫】であるジュリアが教え子の将来を考えて起こしたそうだな。それなら俺達を巻き込む必要はなかったと思うんだが。あらかじめ釘を刺しておくが、それを偶然だと言い張りはしないだろうな?」
「まさか。勿論あなた達の事は承知していたし、私が消えたら「未知の世界」とコンタクトを取る為にも十中八九伯爵があなた達に接触するだろうと見越していたわ。それに万が一そうならなかったのなら、こちらからそうなるように働きかけていたでしょうね」
「つまり最初から巻き込むつもりだったと。その理由は?」
ジュリアの目的が教え子の将来を憂いたからだけならどう考えても俺達という役者は不要のはず。
だが彼女は俺達を巻き込むつもりだったと確かに言っていた。これは明らかにおかしい。
「うーん、言っておくけど本当に最初からそうするつもりではなかったのよ。現に本来なら私は正体を明かすことなくもう少しゆっくりあの子の先生としての役割を果たすつもりだったし。でもそれがある事情の所為で出来なくなったの」
「ある事情?」
その事情とやらを尋ねる前にジュリアは俺の事を指差して答えを示してきた。
「何を自分は関係ないみたいに言っているのよ。それはあなたの事なのよ、イチヤ」
「身に覚えが……なくはないか」
出来れば否定したかったのだが自分でも完全には否定し切れなかった。色々と心当たりはらしきものがあったので。
「異世界からの来訪者にして『行先案内人』に繋がる可能性を秘めた人物が姿を現した。それも比較的まともで交渉の余地がある状態で。それだけで私達のクランだけでなく大勢の人間や組織が動くのには十分すぎる理由だわ。それに加えてあなたの場合は天職の所為で更に厄介な存在足り得るのだもの。これで何もせずに放置なんて出来る訳がないじゃない。通常時なら自由行動が許されている私にでさえリーダー直々の緊急招集を掛けられるくらいだし」
これはある意味で俺の所為でジュリアはのんびり行動している事が出来なくなったと文句を言われているのだろうか。
(まさかその腹いせに巻き込んだとかじゃないだろうな?)
口ぶりからそれはないと思うのだが、ムスッとしてむくれているジュリアの態度を見るとその不安が拭えない。
「……確かに土地核なんて物の存在を知った以上は俺の天職の能力が使い方によってはとんでもない事になると思った」
そう、あの説明を聞いた時の俺は『贋作者』の能力で稀少な土地核とやらを簡単に量産出来てしまうのではないかという可能性に気付いていた。
「けど実際にはそうはならなかったじゃないか」
あの後、俺は確かに土地核とやらにこの手で触れた。だがそれでも贋作の名がリストの中に連なる事はなかったのだ。
理由は全く分からないが土地核の量産は不可能。そういう結論が出たはずだった。
「そうね、確かにあなたはあの土地核を複製する事は出来なかった。でもそれはある程度予想されていた事態なのよ」
「何だと?」
そこでジュリアはマハエルから小型の短剣を受け取ってそれを鞘から抜く。そしてそれを俺の手渡してきたのだが、
「これは……どういう事なんだ?」
「やっぱりそうみたいね」
俺の驚きでジュリアが察知したように土地核と同じように贋作が作られる事はなかった。
「その短刀は所謂魔剣や聖剣と呼ばれるもの。この世界でも稀少なオリハルコンとかアダマンタイトみたいな生きた鉱石と呼ばれる物を材料にして作られた意思を持つ特別な道具よ」
確かによくよくその渡された剣を見てみると、普通の剣とは変わった感じが伝わってくる。上手く言えないが、何らかの意思が剣の中に存在しているのが分かる感じがするのだ。
「なるほど、生きた鉱石に意思を持つ道具か。だから俺の能力が効果を発揮しないと?」
「と言うよりは中の意思に拒否されたのでしょうね。こういう意思を持つ特別な道具は持ち主と認めた相手にしか従わないもの。あの土地核も性質的に近いものを持っているから能力が発動しなかったのだと思うわ。まあもしかしたらの可能性もあったから駄目元でも土地核には触って貰ったのだけれどね」
これまでどんな物でも複製できていたので勝手にこの世界の全ての非生物なら能力が効くと思い込んでいたのだが、それは些か以上に甘い考えだったようだ。それにこれは思った以上に厄介でもある。
(魔剣や聖剣みたいな物がゴロゴロ有るとは思わないが、もしかしたら他でも贋作が作れない物は結構あるのかもしれないな)
「って、話が逸れたわね。私が今回の事件を起こした理由の一つはあなたが現れた事でのんびりしている時間がなくなったからよ。だから強引で勝手な方法になってしまったけどあの子の声を盗んだ」
自分が教え子に出来る最後の事だと思って。それと先生として甘い覚悟を叩き直す為もあって。
「本当に勝手だな」
「ええ、そうね。でも私は強制していないし、あの子も望んだのは事実よ」
それにこれからどうするかはあの子次第だとジュリアはあっけらかんとした態度で言い切った。悪い事は確かにしたが、それがどうしたと言わんばかりに。
「それともう一つはさっき言ったようにあなたの正体を周りに察知されることなく人工の土地核に触れさせるようにリーダーの指示があったからよ。その為の配役をするのにこれでも結構気を使ったのよ」
その為にジュリアはマハエルを使ってまで、半ば強引な形で俺を探偵役に仕立て上げたのだと言う。そして自分が黒幕としてあの場に登場すれば注目は伝説の存在である【歌姫】に集まり、俺に向く目は少なくなるだろうと。
「現に伯爵達はあなたの事を自分達と同じく私の気まぐれに振り回された一人くらいにしか思ってないはずよ。後で仲間の知り合いだから悪戯半分でちょっかいを掛けてみたって説明でもすれば余計にね」
「……確かにそうかもしれないな」
依頼には成功したことになっているので、これで当初の予定通り異世界人であることなどはバレずに貴族とのコネを作る事には成功した訳だ。
そう考えれば面倒な事に巻き込まれはしたものの損はしていない。いや、注目をジュリアが引き受けてくれ分を考えれば、むしろ得の方が大きいかもしれない。
「ああそれと、マリアは今回の件については知らされてないと思うわ。だから彼女の事は責めないであげて」
「それじゃあ聞くが誰を責めればいいんだ? あんたか、それともそこの『義賊』か?」
巻き込まれたソラ達にだって不満はあるだろうし、俺だって文句の一つや二つは言ってやりたい気分である。
そもそも最初にシャーラやらヒューリックを利用したのは自分だから人の事は言えた義理ではないかもしれないが、それでもこうも面倒事を運び込まれては敵わないからだ。
「それなら簡単よ。今度うちのリーダーが迷惑を掛けた謝罪も兼ねて挨拶に来るそうだから、その時に好きなだけ文句を言えばいいのよ」
「結構だ! 責めないからそいつには絶対に来ないように伝えてくれ!」
今までの経験上「未知の世界」のメンバーが関わると碌なことにならないと悟っている俺は全力で拒否するのだが、心のどこかでそう言っても無駄なのだろうな、と悟るのだった。