第八十九話 土地核と貴族
よくよく考えてみればそもそもマハエルが俺達と行動していることについて伯爵が何も言って来ない時点でおかしかったのだ。
伯爵という貴族でもそれなりの地位にいる彼が犯人探しにやっきになっているのなら俺達が幾ら隠そうとしても無駄だろうし、その情報を掴めていないとは考え難い。
(で、その理由はこいつもグルだったからって事か)
だがその理由が分からない。娘の声を奪って伯爵に何の得が、そしてどうしてそんな事をしておいて犯人探しに俺達を雇うようなことをしたのだろうか。下手に他人を関わらせれば面倒事が増えるのは目に見えているはずなのに。
「どうしてこんな事を? あんたの目的は一体何なんだ?」
だから俺は本人に直接聞くことにした。敬語も止めて単刀直入に。
「マハエル、これはどういう事かな? 彼と行動を共にするぐらいならともかくここに連れて来るのは明らかに雇い主である私の意思に反している。明らかに契約違反だと思うのだが?」
だがそれに伯爵は答えずにマハエルの方を向いて逆に問い掛けて来た。
「さて、どういう事だと思います?」
「それは答える気はないということでいいね。まったく、どうしてあの方はこんな奴を遣わせたのか。正直に言うと理解に苦しむよ」
「おい、こっちの問いに」
答えるように言おうとした俺だったが、
「悪いが君達には少しジッとしていて貰おう。「跪け」」
その最後の一声が発せられたと同時に俺の体は地面に叩き付けられる。まるで突如として重力が増したかのように圧力が身体に襲い掛かり身動きが取れない。
「何、これ?」
「う、動けません」
振り返るとロゼとソラの二人も膝を地面に付いて動けずにいた。こちら側ではマハエルだけがただ一人、平然とした様子で立っている。
「ああ、俺は伯爵から貰ったこの鍵が有るからな。それでも完璧って訳じゃないが、ある程度は土地核の影響を受けないで済むんだよ」
「土地核、だと?」
聞いたことも無い単語だったがそれが指す物は恐らく一つしかない。目の前の台座の上に存在しているそれ以外に。
「貴族が貴族足り得る為に必要不可欠な物のことさ。その効果は実感している通り、支配している土地内に限って契約者に圧倒的とも言える支配力を与えてくれる代物って訳だ」
それがこの動きを封じる力という事なのか。
(まさかこれがマリアが言ってた厄介って言葉の意味なのか?)
てっきり権力とかコネクション的な事が主だと思い込んでいたのは完全に失策だったらしい。まさかこんな直接的、物理的な脅威になり得ようとは。
「土地核を見られてしまった以上は仕方がない。君を逃がさない為にもしっかりと一から説明するとしよう。この土地核という物は大きさによってその効果や範囲の差はあれど、主に地脈と呼ばれる地中のマナの通り道から周囲のマナを半ば強制的に集め蓄える事が出来る機能を持っているんだ。これにより効果範囲の魔獣や魔物の凶暴化を抑えながら弱体化を促せるし、なによりその蓄えたマナを利用する事で様々な事が可能となる。そして領地持ちの貴族は一人の例外も無くこの土地核との契約を交わしており、代々の当主がその管理などを任されている。君もコースター男爵のところの三男からこれの触りくらいは聞いてるはずだったね?」
コースター男爵の三男と言えばあのボンボンの事か。確かにあいつの言っていた事とも符合する点があった。
つまりはあいつが言っていた古代の遺産とやらがまさに目の前にある土地核だという事になる。
「領地持ちの貴族はその蓄えたマナを使って領地を豊かにしたりもしているらしいぞ。それ以外にも限定的になら気温や天候、果ては重力でさえ操れたりするんだとさ」
「他にも例を挙げれば効果が及ぶ範囲に結界を張って魔物などが外から寄り付かないようにもしているよ。大量のマナを集めるのもそれを使用する為なのが大きいしね。要するにこれは大勢の人類種が安全に暮らす為になくてはならない物なんだ」
土地核が無ければ広範囲での結界を維持することも難しく、少人数ならともかく大勢の人が暮らす街やその周辺の街道などといったところまでカバーするのは今の人類では絶対に不可能と伯爵は言い切った。
だからこそそれを為し得る土地核と契約を交わした王家や貴族が人の世で特権階級として君臨し続けているのだとも。
「とは言えこれらの土地核は古代の遺産であり、量産する事など今の我々にはとてもじゃないが出来はしない。それに大抵の土地核とされる物は人工物であり天然物と比較すると、そのマナ収集率は数段劣らざるを得ないのが現状だ。そしてそれこそが迷宮と言われる施設が各地に存在している理由でもある」
「……それはどういう意味だ?」
呑気に話を聞いている場合ではないと思ったが、素の状態では動けそうもない事もあって俺はその話に乗る。ただしこっそりと対抗策となるそれを行いながら。
「天然であれ人工であれ、その量に差は有れど土地核は集めたマナを完全に蓄える事が出来ない。集めた内のほんの僅かだがマナを外に漏らしてしまうんだよ。しかも漏れ出たマナは次に取り込むまでに時間が掛かる状態になってしまう事が多い。そしてほんの僅かとは言え大量に集めればそれもバカに出来ず、その溢れたマナを放置していては折角の土地核の効果も半減してしまう。つまり土地核の機能を十全に活かす為にはマナを集めると同時に漏れたマナの処理をする必要があるんだ。そして土地核にはその処理をする為の施設を作る機能を備わっている」
溢れ出たマナを処理する為の施設、これまでの話からしてそんなものは一つしか考えられない。
「それがこの迷宮なのか」
「理解が早いな、その通りだよ。そう、現存する迷宮のほとんどは溢れ出た、あるいは集め過ぎて出た余剰のマナを処理する為に土地核によって作り出された施設って訳さ」
破壊されても自動的に修繕するのも死体が時間経過で消え去るのも、そして魔物などが迷宮内で定期的に湧き出るのも全て土地核の機能が働いている所為だと奴らは言う。
前者二つは土地核のマナを収束する機能で後者が余剰のマナによるものだという風に。
「小難しい話を抜きにしてシンプルに言うと、要するに土地核は周囲のマナを一点に収束させることで魔物や魔獣の脅威を抑えているのさ。周囲の人類種が安全で豊かな生活を送れるようにな。迷宮やらそこに生み出される魔物やらはその副作用みたいなもんってことさ」
(これは本気で不味いかもしれないな)
どうしてマハエルがそんな事を知っているのかと言う疑問はあるが、それよりも今は重要な点がある。
それは貴族の息子であるボンボンですら知らされていなかった、貴族達が秘匿していたという秘密をこうも簡単に教える俺達に教えているという点だ。
それはつまりあちら側は俺達を絶対に逃す気が無いということである。
(今すぐに二人を抱えて逃げるか? いや、領地内でこれだけの力を発揮できる相手だ。どう考えても迷宮から脱出する前に捕まる)
領地内でしかこの力が使えないのならその範囲から逃げるのが最善なのだろうが、迷宮の最奥からそこまで逃げるのをこいつらが見逃してくれるとは思えない。
だとしたら、
(……やられる前にやるしかないか)
あちら側にどんな都合があるのか知らないが、こんな勝手な形で屈服させられるなど許容できる訳がない。まだまだ俺は自由にこの世界で生きるつもりであり、貴族に飼い殺しにされるなどまっぴら御免である。
(最悪意識さえ奪えばどうにかなるはず。と言うかそう信じるしかない)
そうして俺は溜め込んでいた魔力を解き放とうとする。身体と武器を同時に魔力で強化した今の俺が出来る最強の力を持ってこの事態を力尽くで打破しようとしたのだ。
だがその前に、
「待て待て、イチヤ。そう慌てるな。まだ今回の件の出演者が出揃ってないんだからな」
「なんだって?」
マハエルが妙な事を言い出す。単に止めるだけならともかく、その出揃っていないという単語は引っ掛かった。その発言を聞いた伯爵が怪訝そうな表情をしているのもそれに拍車を掛けている。
「何を勘違いしているのか知らないが、誰も伯爵が真犯人だなんて言った覚えはないぜ? 勿論雇い主であることまでは否定しないがな」
その言葉と同時に背後でコツンという足音が響く。
振り返ってみると
「これは……一体どういう事だ?」
予想もしない人物達がそこに居たのだった。




