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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第八十五話 第一関門突破

 マハエルの天職についてだが想像以上にあっさりと分かってしまった。


「声を盗める能力を持っていて、なおかつマハエルという名前だと一応心当たりはあるね。彼が僕の知っている人物ならその天職は稀少職(レアジョブ)の『義賊』だったはずだよ」

「知っている奴なのか?」

「数年前に少しね。まあその少しというのが例の如く厄介事の類なのはご想像の通りさ」


 色々と厄介事を起こしたり、あるいは首を突っ込んでいたりするだけあって「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の情報網はかなりのもののようだ。

 他には漏らさない事を約束に再度マリアに連絡をとったことでこうして簡単に奴の天職は判明したのだから。


 なおこれは奴を捕まえる訳ではないし、そもそも誰にも言ってはいけないとは条件を指定されていないので問題はないと勝手に判断した。


 稀少職(レアジョブ)『義賊』。それは忌み職である『盗賊』や『盗人』が発展した天職だとされているが、それらとは扱いが微妙に異なる。


 何故なら『義賊』の名の通り、この天職を持つ人物達は義理とか人情を重んじるからだ。即ち私利私欲の為に盗みを働くことは滅多にないのである。


 勿論例外はある。まず全ての『義賊』が同じ考えを持っているなんて事がある訳がない為、各々によってその義理やら人情の内容は異なる。それこそ千差万別と言っていいだろう。


 だから『義賊』だからといって一概に全員が善人だとは言えないのだ。


 それ以外でも義理や人情を優先するという性質上、その為なら手段を選ばない場合もままあるとか。そもそもどんな理由があろうと盗みという手段を用いる傾向が有る以上は決して清廉潔白とは言えないだろう。


 だがそれも悪い事ばかりではないのもまた事実。現に悪人によって盗まれた品や金を盗み返して持ち主や貧しい人々に分け与えたりもする活動をしていることも何度か確認されているからだ。


 だから『義賊』は忌み職ではないが、さりとて無条件で歓迎される天職ではないという、あえて分類するなら『死霊魔術師(ネクロマンサー)』に近い天職と言えなくもないとマリアは教えてくれた。


「それで『義賊』の能力だけど前提条件としてその天職の能力を使うのに己に義があると認識している必要がある。つまり己自身に義が無いと他ならぬ自分自身が思っていると天職の能力が発動されないんだ」


 能力の発動に条件付きの天職。少々使い勝手は難しいだろうが、逆に言えば嵌ればかなり強いとも言えるだろう。それをその後のマリアの言葉が証明していた。


「だけどそれとレベルによる能力の効果範囲に対象が入っているという条件さえクリアできれば対策を施されていない限り大抵のものを盗むことが出来る。金庫の中の金だろうが、誰かの声なんて形のない不確かなものだろうが関係なくね」


 もっとも人が対象だとその人物の天職のレベルや力量、そして盗もうとしたものにどれだけ思い入れなどがあるかによって干渉できる限界はあるらしく、更に強者に対しては盗めるものも限定されるばかりか、その成功率も著しく低くなる事が判明しているらしい。


 物でも特殊な結界や魔法などが施されていると同じようになるとのこと。


「そちらの話から察するに恐らく先程ソラの声を盗めたのはあくまで能力を証明する為だけと自分で決めていたからだろうね。すぐに返す事と決めていたのと、あの場でソラに取って声にそこまで価値がなかったことからこそ比較的簡単に盗めた。それが筋力とか魔力とかならまた話は変わっていたと思うよ」


 あの場でソラにとって最も価値があったのはマハエルが何かした時に鎮圧できる力だった。だからこそそれに類するものを盗むのは至難の業だが、逆に言えばそれ以外は盗み易くなっていたということだろうか。


(だがそれだと『歌姫』であるメスカから声を奪えた事はおかしくないか? ……いや矛盾はしないのか。今に限って言えば)


 今のメスカは己の天職に疑問と疑念を抱いていた。それはつまり己の歌声にも価値があるのか分からなくなっている状態と見ることが出来る。


 そうでなければいくらメスカの戦闘的な力量が低いとは言え、そう簡単に声を盗めるとは思えない。この考えはマリアも同意してくれた。


「つまりマハエルは自分の行いについて何らかの義が有ると思ってるわけか?」

「少なくともそうするだけの大義名分か理由があると見ていいだろうね。そして伯爵令嬢の気持ちが揺らいでいる瞬間を狙い澄ましたかのように犯行に及んだことからしても、その情報を流した内通者がいるのは間違いないだろう」


 単に『歌姫』の声が欲しいのではなく、そればかりか己に義があると思うに足る理由が奴にはある。一体それは何なのか?


 ソラとロゼにマハエルについての聞き取り調査を頼んだところ、その人間性は中々の屑という事が分かっている。


 なにせ宵越しの金は持たないと言わんばかりに手に入れた金はその日の内にほとんど使い切り、酒場で酔いつぶれている姿を何度も目撃されているからだ。


 更には裏路地で金を巻き上げているチンピラなどから逆に金を巻き上げている姿も何回も目撃されているというのだからある意味で筋金入りの屑である。


 だがそれと同時に余った金はこの街の孤児院や家を持たない貧しい人達に分け与えているというのもまた事実。何と言うか極端な二面性を持つ人物だと思って間違いないようだ。


(色々と問題だらけではあるがただの屑ではなさそうだし、今回の件も事情があると見るべきか?)

「まあマハエルについてはこっちも気になるからもう少し調べてみるよ。そういう訳でまた何か分かったら連絡して貰えるかな。こっちでも何か分かったら連絡するよ」

「了解」


 そこで通信を終えた俺に、


「お、その様子だと何か分かったか?」


 こちらが頑として金を貸さないと示した事でチンピラから宿代をせしめてくると言ったマハエルがいつの間にか戻って来ており話しかけてきた。


 よく見ると服の端に血痕のような点々とした染みがあるし、資金調達の手段はやはり宣言していた通りだったようだ。


「まあな。それよりお前、そういう事をやって問題にはならないのか?」

「やり過ぎたら問題だがこの程度ならどこも動きやしねえさ。やられる側も悪人なんだからよ。それに俺はスラムを見回る衛兵とかと仲良くさせて貰ってるからな。向こうにも旨みがある内はそう簡単に売られやしねえのさ」

(でもここで暴力という天職の能力を使っていないところから察するに恐喝のような行いに義が有ると考える奴ではないようだな)


 それにしても裏工作も万全とは恐れ入る。まあその努力をもっと他の事に使うべきだとは思うが、それは当人の意識の問題なのでどうしようもない。


「なるほどな。それでさっき質問の答えだがお前の天職は『義賊』ってことが分かったよ」


 そんな事を考えているのは表に出さず俺はサラッと答えを口にする。どこから情報を仕入れたとかは一切伏せて。


「へえ、流石だな。流石にこんなに早いとは思わなかったぜ」


 それでもマハエルは至極簡単にこちらの話を信じた。当てずっぽうの可能性だって僅かに有り得ただろうに、それを気に掛ける素振りすら見せない。


(飄々としているというか、本当に掴みどころのない奴だな)


 それでいて本気で隠し事をする気が無いような自然体だから扱いに困る。


 その場の気分で物事を決める相手にどう対処すればいいのか考えても無駄なような感じだろうか。マリアや【腹黒女】といったこちらの考えの上を行くような奴とはまた違ったやり辛さである。


「それじゃあ次の課題だな。と言っても流れとしては至極真っ当な通り、『義賊』である俺がどうして伯爵令嬢の声を盗んだのか。その動機についてだ」

「当然それも教える気はないから調べろって事か?」

「いや、金さえ貰えるならある程度まではヒントをやるよ。でないとここに何泊も出来ないからな。仕方がないさ」


 ほらこれだ。少し前に言ったことと違っている事を平気で言ってくる。それも宿に泊まる為の金に困ったからというだけの理由でだ。


(本当に何なんだ、こいつは?)


 こんな奴の言う事を信じて良いものかと思う気持ちはあるにはあるが、やはり他に手掛かりがない以上はどうしようもない。こうなればこいつのいい加減なところは目を瞑るしかないだろう。


 そして交渉の結果、三日分の宿代を出してやる事で俺は奴からヒントを得ることに成功した。そのヒントとは、


「まず俺は天職に従う生き方なんて御免だと思ってる。少なくとも天職がどうであろうと俺は俺が信じた道を歩むだけだ。勿論利用できるのなら天職でも利用するがな」

「……それだけか?」

「これでも十分なヒントだよ。後は良く考えれば分かるさ」


 という些か以上に不十分と思われる内容だけだった。


「それじゃあまた頑張りな。俺は今から酒場に行ってくるからよ」


 ついさっき渡した三日分の宿代を持ってそんなことを言っている奴を見て、俺はまたすぐにでもヒントを貰う事は可能であると自然な流れで予測を付けるのだった。

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