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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第八十一話 伯爵の依頼

 そうして伯爵の屋敷へと招かれた俺は一人でその豪華な客間に案内されていた。


(……なんだ、この部屋は)


 なまじ『贋作者(フェイカー)』の能力で審美眼が強化されている所為で飾られた絵画や壺などの価値が分かってしまうのもそれに拍車をかけている。


 それだけでなく椅子や机、紅茶の入ったコップなども値段を知れば下手に触れようなんて気が起こらないレベルのものばかりなのだ。


(場違い過ぎて落ち着かないな)


 まあそう言いながらも幾つかの品々についてはしっかりと贋作を作らせて貰っているが。と言うかそういう意図がなくてもどれも高級品だから自然とそうなってしまうのである。


 主を呼びに行ったチットが用意してくれた紅茶を飲みながら着実に高級品の贋作が増えていく中、ようやくその人物は現れた。若干息を切らしながら。


「君がイチヤ ヒムロか。私がヴォルグスタイト家現当主、ユーグスタス・フーデリオ・ヴォルグスタイトだ。急な招待に応じてくれて感謝するよ」


 茶髪の五十代くらいの痩せ形の男、それが俺の前に現れた伯爵の容姿だ。平凡な容姿で貴族というよりは気弱で優しそうな外見の他に取り立てて挙げるべき特徴などはないと言える。


「こちらこそ本日はお招きいただき感謝します、ヴォルグスタイト伯爵」


 俺はその事を面に出さずに普段とは打って変わった態度で相手に接する。


 俺だって冒険者としての自分の立場くらいは理解しているので下手に生意気な口を聞いて相手の機嫌を損ねるような真似をする気はないのだ。今はエストの件もあることだし、少しでも印象を良くしておいた方が得なのだから。


 もっとも伯爵は困った笑顔で「そう畏まらないでくれていいよ」と言ってくれたが。この様子だと多少の失礼は目を瞑って貰えそうだった。


 ただそれよりも伯爵の後ろにいる他の人物達の方が気になった。伯爵家に仕える執事だというチットは分かるとして、それ以外に一人の三十代後半くらいの青い髪の女性がこの場に居る理由が分からない。


(奥さんか? それともこの人が呼び出した事に何か関係があるのか?)


 そのこちらの視線に気付いたのか彼女は軽く一礼すると名乗り出す。


(わたくし)の名前はジュリアと申します。どうぞお見知りおきを」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「彼女の立場を一言で説明すると、私の娘の先生と言ったところかな」


 伯爵の補足で何となく彼女の立場は分かったが、でもどうしてそんな人物がここに居るのかという疑問の解消にはならない。


 それが分かっているのか伯爵はそのまま言葉を止めることなく話し続ける。


「彼女がここに居るのは君を呼び出した件に深く関わっているからなんだ」


 どうやらエストの事は関係なさそうだと悟った俺は改めて椅子に腰を落ち着けてからその詳しい内容について教えて貰う。


「えっと……声を盗まれた、ですか?」

「ああ、そうなんだ。正直信じ難いが犯行声明も送られてきたし、念入りに調査もしたから間違いない」


 伯爵にはメスカという娘、つまりは伯爵令嬢がおり、その彼女の声が盗まれてしまったと彼は俺に説明してきた。


 なんでもそのメスカという令嬢の『歌姫』という天職は稀少職(レアジョブ)の中でも非常に珍しく、その価値は固有職(ユニークジョブ)にも匹敵するほどのものらしい。


 そしてその天職を極めた者の声は奇跡の歌声と称されるほどなのだとか。


「つまりその奇跡の歌声とやらを狙った何者かが令嬢の声ごと奪ってたってことか?」


 一瞬そんなことが出来るのかと思ったが、天職という現象で説明が付くとすぐに納得した。もっともただの『盗賊』程度じゃそんな事は出来ないだろうから、盗んだ奴の天職もかなりのものと推察できる。


「『歌姫』はただ単に綺麗な声であるだけではなく、その声に癒しの力など様々な特殊効果を込める事が出来ます。伝説の『歌姫』とされる【歌姫(ディーヴァ)】であればたった一言で死の淵に居る者を蘇らせたと伝えられるほどに」

「なるほど、それだけの力が有るのなら狙われて当然な訳ですね」


 ただ声だけを狙われる事例は相当珍しいとのことだがそりゃそうだ。それだけ特殊な事例は天職があってもそう起こる頃ではないだろう。


「つまりその声を盗んだ犯人を俺に捕まえて欲しいって事ですか?」

「ああ、その通りだ。ベジタリアントの件やアストラティカでの出来事は私の耳にも入っているし、勝手な話だが君ならばもしかしたらと思ったんだ」


 伯爵も他にも手は打ってはいるらしいが、今のところそれらは手掛かりさえも掴めていないとのこと。そんな中で俺がフーデリオに帰って来た事を耳に挟んで一か八かに掛けてみることにしたらしい。


「それと実は君が「未知の世界(アンノウン・ワールド)」と関わりを持っている事も関係しているんだ」

「と言うと?」

「「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の中には先程話した伝説の『歌姫』である【歌姫(ディーヴァ)】が所属しているという情報があるんだ。そして伝説となるほどの力を持つ彼女ならあるいは娘をどうにか出来るのではないかと考えてね」


 例え俺が直接【歌姫(ディーヴァ)】とやらと知り合いでなくとも、他のメンバーという伝手を使って接触出る可能性はある。恐らくはこっちの方が本命の目的なのだろうことがその期待する表情から窺えた。


「勝手な話だが、君からも「未知の世界(アンノウン・ワールド)」へと働きかけて貰えないか? 私の方でもギルドなどに仲介を頼んではいるが、残念な事に間に合いそうになくてね」

「実はメスカ様は二週間後に控えたメスカ様の兄、ブラドー様の結婚式で祝福の歌を歌うご予定だったのです。そしてその場こそメスカ様が『歌姫』として初めて立つ晴れ舞台となるはずでした」


 だが今は歌声を奪われてしまっているので不可能な訳だ。


 既に他の貴族なども招待してしまっており、メスカが歌うことも知らせてあるとのこと。


 だからそれまでにどうにかして娘の声を取り戻して欲しいというのが伯爵からの依頼という訳である。手段については先程の二つでもそれ以外でも良いから。


(桜の話だと、ここでこの依頼を断っても別の面倒事に巻き込まれるだけだろうな)


 俺が異世界人という特別な存在である以上はそういった事から逃げ続ける事は出来ないはず。だったら下手に逃げても無駄だろうし、そうするよりもこの機会を活かした方が建設的というものだろう。


「ちなみに成功報酬は弾んで貰えますよね?」

「それは勿論だよ。もし娘の声を取り戻してくれたなら私に出来る限りの事はすると約束しよう。それと無茶を言っているのは分かっているから期日までに間に合わなくとも特に罰などを与える気もないからその点に関しては安心して欲しい」


 俺以外にも色々と手は打っているだろうし、あくまでこの依頼は手段の一つ。まあ失敗しても問題ないはこちらとしても有り難いので全く持ってそれで問題なし。


「でしたらその依頼はお受けします」


 これから先どんな事態に巻き込まれるか分からない以上は色々と頼れる相手は作っておいた方が良い。それは伯爵の事だけでなく、名も明らかになっていない【歌姫(ディーヴァ)】のことでもある。


 その人物は「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の一員ってことだし、もしそうなら実力は疑いようもない。知り合っておいて損はないはず。


(コネは幾らあっても困ることはないからな)

「有難う。それじゃあ詳しい話はジュリアに聞いて貰えるかい。申し訳ないが時間が来てしまったようでね」


 そこで伯爵は立ち上がると慌ただしく去って行ってしまう。些か一方的だったが、伯爵本人が直接頼んできた事がせめてもの誠意だったと思う事にしよう。


 普通なら今の俺が伯爵に謁見することなんて不可能だし。


「さてと、それじゃあもっと詳しく話を聞かせて貰えますか?」

「分かりました」


 それから俺はメスカの歌の先生であるというジュリアから様々な話を聞いていった。

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