第八十話 フーデリオへの帰還
同郷の者と再会するというイベントなどのアストラティカでやるべき事を終えた俺達はそれからすぐにフーデリオの街に戻ったのだが、そこでエストの事が問題になってしまった。
エストがこれまでに犯罪スレスレの行いをしてきても罰が与えられることなく許されていたのは「力の信奉者」というクランの一員だったからであり、また何の制限も無く放置するには危険な天職を有していても問題にならなかったのも同じ理由である。
だからクランを抜けて俺の元に居るというのはギルドとしてもそう簡単に「はいそうですか」と認められるものではないらしい。
もっともそこら辺はシャーラやマリアからも聞いており、彼女達からギルドに話をしてもらう事で手は打ってある。要するに今度も俺が色々と協力することを条件に「力の信奉者」と同格のクランである「未知の世界」に限定的ながらもエストの新たな後ろ盾になって貰った訳だ。
そしてこの先に困った事が有ったら色々と力を貸して貰うつもりである。
またエスト本人の許可も得てソラ達と同じように俺の奴隷となる契約を結ぶ事もした。俺としてはそこまでしなくてもと思ったのだが、エスト本人がソラ達と同じ立場になる事を望んだ事と、そうした方が面倒事は少なく済むという事で納得することとなったのである。
(ここまで来たら俺達も「未知の世界」に所属する方が早かったかもしれないな)
もっとも今の俺にはシャーラ達のようにまだ見ぬ世界を実現させるという具体的に成し遂げたい目的などは特にないので、それを考えれば下手に所属するのも考えものだろう。
少数精鋭のあそこである程度の目的意識を共有していないメンバーが居ても困ることになるだろうし、俺としても任務などを強制されるのは御免である。
そう、今のように互いに利益があるから協力する程度ならまだしもだ。
「で、これからどうする……って言ってもエストが戻って来るまで待つ以外で特にやれることはないか」
「そうね。竜也って人を探すにも今の私達じゃ何もできないでしょうし」
「マリアさん達の話からすると他の異世界人の方もそう簡単に見つかりそうにないですね」
これだけの事をしてもエストにはギルドとしても色々と聞きたい事があるとかで、俺達の元に戻って来るのは数日後の予定となっている。
人嫌いのエストがそれに耐えられるのかと思ったが、本人もそれは避けては通れない道だと分かっているのか頑張るそうだ。なのでそれを待っている暇な間にギルドで竜也さんことは駄目元で何か情報が無いと探してみたのだが結果は予想通り手掛かりは欠片も無かった。
一応依頼を出すという形でそれらしき人物を見かけたら情報をくれるように頼んでおいたが、まあ恐らくは無駄に終わる事だろう。
竜也さんの天職からしてそう簡単に捉えられると思えないし。それこそ【腹黒女】のような特殊な人物の手を借りない限りは。
(そもそもそんな簡単に異世界人を見つけられるのなら俺もとっくの昔に「力の信奉者」に見つかっているはずだしな)
つまり情報収集はするにこした事はないとは言え、それ以外ではこれまでと特に変わらないということになる。
何故なら俺は人類種の発展とかいう与えられた使命とやらを積極的に為すつもりはなく、基本的にはこれまで通り自分の人生を謳歌するだけのつもりだからだ。
ちなみに酒場から戻った後で三人には使命とやらについても説明し、この先も俺と行動すればそういった事に巻き込まれる可能性が有る事は既に説明してあるのだが、それでも俺と一緒に行動すると言ってくれている。
これだけでも本当に俺にはもったいないくらいの仲間と言えるだろう。
「まあしばらくはこれまで通り冒険者として依頼をこなす日々を過ごすとしよう。それでランクが上がれば書庫でも閲覧できるものが増えるはずだしな」
そうすればロゼの天職のレベルが上がった事についても何か分かるかもしれない。未だにどうすればレベルが上がるのかどころか、どんな効果を持っているのかすら不明な天職『奴隷』とやらについて。
そうやって今後の方針が決まったまでは良かったのだが、そこで思わぬ来客を知らせる扉をノックする音が響く。
「突然の訪問申し訳ありません。念の為に確認させていただきたいのですが、あなたはイチヤ ヒムロ様で間違いないでしょうか?」
「そうだけど、どちら様ですかね?」
扉を開けるなり礼儀正しく一礼してそう尋ねてきた初老の人物は見たこともない。ただそれなりに綺麗な身なりをしている事から察するに冒険者でもなさそうだ。
どちらかと言えばスーツ的なその衣装からして執事とかの方が正しい気がする感じである。
「これは失礼しました。私はチットという者です。今日はとある御方の使いとして招待状をお届けに参りました」
「招待状?」
手渡されたその招待状とやらを見るとその差出人の名前には考えもしていなかった人物の名前が書かれていた。
ユーグスタス・フーデリオ・ヴォルグスタイト、このフーデリオとその周辺という広大な範囲の領地を治めるヴォルグスタイト伯爵家現当主の名前だ。
(あんまり貴族には良い印象がないんだけど、さりとて今は行かない訳にはいかないか)
エストの件が国や貴族などに流れる事はギルドからも教えられていたし、それは避けられないだろうと半ば覚悟していたからそれは問題ない。だけどまさかこうして直々に呼び出される事態になるとまでは思ってもいなかった。
なお、桜の助言に従って自分が異世界人であることはギルドにも伝えていないのでその事で呼び出された可能性は低いはずだ。エストにも黙っているように言い付けてあるし。
(面倒事にならないといいんだけどなあ)
恐らくは無理であろう願望を抱きながら俺は了解の返事をチットという執事にするのだった。




