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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第七十五話 真相は闇の中

 結果から言えば俺達は完全に毒を無効化する事は出来なかったが、それでもその大部分を抑えられたこともあって周囲への被害はほぼ皆無で済んだ。


 なお、その要因として俺達以外にも動いていた人物が居た事が占める割合は少なくないらしい。当の本人がそう言っていた。


 そしてその当の本人とは、


「相変わらず【医狂い】は病気が関係する事となると無茶ばっかりするみたいだね。まったく、新しい代替臓器を作るこちらの身にもなって欲しいよ」


 目の前に居る「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の一員にして眼鏡を掛けた金髪碧眼のエルフの女性。

 【至高の頭脳】もしくは【変態外道研究者】ことマリア・アーネストの事だ。


 ちなみにまさかの僕っ子である。


 あの後、退避した俺達の前にどこからともなく現れたマリアは自分も今回の事件を解決する為に陰ながら動いていた――本人の言葉で言うのなら動かされていたとのことだが――事を簡潔に説明してくれた。


 たとえば万が一俺達が失敗した時の為に毒を抑え込む結界を生み出す装置を周囲に配備したりとかしていたらしい。そのおかげもあって浄化しきれなかった毒も抑え込めているとのこと。


「まあでも【医狂い】の頑張りもおかげで発生した毒もそこまで強力な物ではなかったし、あの感じだと浄化するのはそう難しくないはずだよ。それに懸念したような騒ぎにもならないだろう。もっともその代わりに「未知の世界(アンノウン・ワールド)」は【医狂い】と【腹黒女】という二つの駒をしばらく使えなくなってしまったけどね」


 その【腹黒女】とやらは分からないが、例の解毒薬を作る為に無茶した事もあってシャーラは宿に戻って来てからずっと眠りについている。


 それに失った代替臓器も新たに用意しないといけないようだし、彼女がしばらく安静にするのはほぼ確定だろう。


「まあ被害が出なかったのは良かったが、それで結局今回の事件は何がどうなってたんだ?」


 結局これまで良いように使われていたであろう俺の質問にマリアはニッコリと笑みを浮かべると、


「単純な話だよ。【腹黒女】は『予言者』の天職を最大限活用して複数の脅威から守ったのさ。他でもないヒムロイチヤ、君という存在をね」


 と咄嗟に反応出来ない言葉を発してくる。


「……俺を、だと? このアストラティカの住人じゃなくてか?」


 毒によって真っ先に被害が出るのは彼らのはずだ。

 現にマリアもそれも間違ってはいないと頷く。


「だけど本命はあくまで『行先案内人(ガイド)』の関係があると思われる君という存在だよ。だからこそ普段は籠り切りな僕がこうして投入された訳だし」

「……それはどういう事なんだ?」


 これまで俺は巻き込まれたとばかりに思っていた。だけどマリアの口振りだとそれは違うようだ。


「【腹黒女】が言うには君か君の仲間の誰かが高確率で死ぬ運命に囚われていたみたいだよ。例えば最悪なケースとしてはこの街の住人も君とその仲間、更に【医狂い】や【死霊姫】を含めた全員が助からない場合も有り得たそうだ。『救世主(メシア)』によって粛清される形でね」

「『救世主(メシア)』?」


 聞いたこともない天職だ。


「文字通り世界を救うという宿命づけられた天職を持つ者のことだよ。そして今回の事件は下手をすればそいつを呼び寄せる可能性も有り得たらしい」


 もし仮にそうなっていたならば敵味方問わず、ほとんどの人が助からなかった。それも確実にとマリアは断言してみせた。


 それほどまでにその『救世主(メシア)』という存在は規格外らしい。


「ちなみに君がこちらの要請を拒否して【医狂い】に同行しなかった場合は「力の信奉者(パワー・アドマイヤー)」からの報復の刺客が送られていたらしいよ。それもかの【殺戮の剣王】以上の強者がね」

「つまり何をしようが俺には困難が待っていたと?」


 些か信じ難い内容なのだがマリアはその通りと頷く。


「ならどうしてそれを俺に言わなかったんだ?」

「『予言者』の天職には色々と制限が多いらしい。現に今回も無理して望む未来へと君を誘導した事で【腹黒女】は色々と対価を支払ったみたいだしね。だからこそしばらく活動できなくなってしまったとさっき言っただろう? それにいきなりこんな事を言い出して信じてくれる相手は中々いないのが現状なのさ」


 大抵の相手は騙そうとしていると思って聞き入れない場合が多いし、そうじゃなくても本人がその運命を自覚してしまうと『予言者』でも先を読めなくなる場合が多いらしい。


 だからこそ当事者である俺やシャーラには本当の事は教えずに、陰でマリアを動かしていたのだとか。


 俺達全員が無事に生き残り、なおかつ「未知の世界(アンノウン・ワールド)」にとって利益のある結末を迎える為に。


「要するに君達を襲うはずだった多くの困難の中でも全員が生きて潜り抜けられそうなものを【腹黒女】が選んで誘導していたってわけ。そしてそれこそが今回の【毒婦】の事件だった。【医狂い】もその事は知らされずに利用されていたようだね」


 それでは金儲けという話も嘘かと思ったら、それは建前ではあっても嘘ではないとマリアは言う。もっともそれには俺の協力が必要になるそうだが。


「それは【毒婦】の死体を君に量産して貰うのさ。研究の素体として『蠱毒師』である彼女の体はとても興味深いし、数があれば色々と僕の研究もはかどる。なにより残った毒素の撤去にも役立つ事だろう。だから出来ればそれを君には量産してこちらに提供して貰いたいんだ」 


 既に彼女の死体は回収してあると述べたマリアは平然と要求してくる。そんな死体を弄ぶような真似など、どうということはないといった感じで。


 しかもその条件を呑んでくれるのならば、本物の死体はきちんと誰にも手の出されない場所へ埋葬すると言って。


「僕達は慈善団体ではないからね。少々無理して君を助けたのも『行先案内人(ガイド)』についての情報を得る為の情報源を失わない為だし、利用できるものならば利用する」

「……分かった。その提案を呑もう。ただしちゃんとした供養をしてやってくれ」

「優しいね。研究者の僕からすれば死体なんてただの素材としか思えないんだけど」


 どうせ俺がこの条件を蹴ってもネーメラの死体が利用されるのは変わらない。


 だとしたら俺もそれを自分の利益になるようにするべきだ。なによりこうすれば本物の遺体は然るべき場所へと埋葬することが出来る。


 正直に言えば俺はマリアの言葉を完全に信じてはいなかった。

 確かに色々と筋は通っているように聞こえるが、それも全て後付である可能性は否定できないからである。


 どこまでがその【腹黒女】とやらの思惑通りなのか、その全容は杳として知れない。


「警戒する気持ちは分かるよ。どこまで【腹黒女】は知っているのか、彼女と関わった誰もが抱く疑問だ。そして今の自分が出した答えでさえ、彼女に誘導されたものではないかと疑う事もね。もっと言えば自分は言葉巧みに操られているではないかと思っているんだろう? その気持ちは分かるよ」

「……」


 この話のどこまでが本当の事で、どこまでが嘘なのか分かる者はいない。何故なら起こっていない事をについて知ることは普通なら不可能だからだ。


 そう、『予言者』のように未来が見えるような天職の持ち主でない限り。


(いや、そもそも(・・・・)腹黒女(・・・)とやらは本当に(・・・・・・・)予言者(・・・)なのか(・・・)?)


 これまでの予言めいた采配などからすると、それは一見間違いないように思える。


 だけどシャーラという仲間に対しても必要なら嘘を吐く人物であるのも事実だ。


 だとしたらその天職についても嘘を吐いている可能性は皆無ではないのではないか。


 もっともその場合はどうやって予知めいたことをしているのかということになるのだが、それでも俺はこちらにそれを確かめる術がないから騙そうとしているのではないかと心のどこかでどうしても勘ぐってしまうのだ。


「ああ、そうだ。【腹黒女】から君がこの条件を呑んだら渡すように頼まれていたものがあるんだった」


 そこでマリアは荷物の中からかなり厳重に封が施された手紙を取り出して、こちらに渡してくる。


「これは?」

「さあ? 僕も渡すように言われただけで中身は見てないから知らないよ」


 だとしたら見なければ内容は誰にも分からないので、俺は促されるままにその手紙の封を切って中身に目を通す。


 そして、


「……つくづく底が知れないな。その【腹黒女】って奴は」


 そう言うのがやっとだった。


 何故ならそこには同郷の者と会うに当たっているべき場所と日時に加えて、今回の一件の所為なのか天職のレベルが上がったロゼに対する祝福の言葉が書かれていたからだ。


 実は現在、ロゼの天職のレベルはⅢになっている。洞窟の外で俺達の帰りを待っていたら急にそうなったというのだ。


 その原因については未だ本人さえ判っていないというのに、それを前もって用意していた手紙で言い当ててみせる【腹黒女】はどう考えてもおかしい。


 正直に言って腹芸の類では敵う気が全くしない相手だと言わざるを得ない。これではどんなにこちらが警戒していても良いように利用されてしまいそうだと思う程に。


「あえてアドバイスするなら諦めるといいよ。こう言っては何だけど、【腹黒女】の真意を掴むのは長年の付き合いである僕でさえできないからね」

「そうするよ。と言うかそうするしかないな」


 こうして一先ず【毒婦】が引き起こした事件は幕を下ろすことになった。


 本当に俺が助けられたのか、それともそう言っていいように利用されただけなのかについての答えは出る事なく。

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