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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第七十四話 医に狂っていると言われる者

 眠るように息絶えたネーメラの亡骸に触れると無情にもリストが増えた。これはもう生物ではなくただの死体、タンパク質の塊だと言うかのように。


 エストも何か思うところがあるのか無言でジッとネーメラの亡骸を見つめている。


 だがそんな感傷に浸っている暇は残念ながら今の状況では欠片も存在しなかった。外で待っているロゼ達に一刻も早く逃げるように伝えなければならない。

だと言うのに、


「……さてと、ようやく私の出番ね」


 シャーラは気持ちを切り替えるように自分の頬を叩いてそんな呑気な事を言い出す。その態度には余裕すら感じられた。


 まるでこの状況をどうにか出来る方法を知っているかのように。


「出番って何か手があるのか?」

「ええ、あるわよ。と言うか実はこの洞窟に来てから薄々こうなるだろうなとは思ってたしね。勿論そうならないのならそれが最善だったんだけど」


 そんなこれまたよく分からない発言をしたシャーラだったが、そんな事は次に起こした行動でどうでもよくなった。


 何故ならいきなりネーメラの亡骸の方に手を伸ばすと、


「悪いけど貰うわよ」


 流れて既に猛毒と化したその血液を手に取ったと思ったら、なんとそれを嚥下したからだ。それも結構な量を。


「おま!? 何を考えてんだ!」

「いいのよ。それに今になって分かったけど、こうする為に私はここに派遣されたんだから。んーまだ足りないわね」


 そう言いながらシャーラはまだ猛毒に変化していない血液の方も手に掬って呑み込んでいく。その様子に一切の迷いはない。


「……一体どういう事なんだ?」


 いくら耐性があるからと言って体内に毒を取り込んで良い事などあるはずがない。だと言うのにシャーラは迷いなくそれらを飲み込んだ。そこには必ず意味がある。


 そう思ったからこそ俺は咄嗟に止めるのを躊躇ってしまったのだった。


「時間が無いから手短に説明するけど、私は代替臓器の機能と自らの『医者』という天職を最大活用することによって体内に取り込んだありとあらゆる物質の成分を解析する事ができる……と同時にそれに対する抗体などもやろうと思えば作り出せるのよ。そしてそれを用いてその取り込んだ対象に効果抜群の特効薬を作れるってわけ。まあかなり体に負担を掛ける事になるけどね」


 つまり原理上はどんな毒に対してでも解毒剤を作れるということである。そしてそれは特定の物質を中和する中和剤などもその気になれば作ることも可能らしい。


 そしてこれまでにも幾度となく流行病などに対する特効薬を作って来たとシャーラは言う。


 原理としては血清を作る要領を応用していると思えばいいのだろうか。もっともこちらの方が何十倍もぶっ飛んだ方法だが。狂っているとさえ言えるかもしれない。


 とそこで、


「ごふ!?」


 シャーラが急に咳き込むと同時に吐血した。


「……流石は『蠱毒師』が死を覚悟して作った毒ね。思った以上に厄介だわ、これ」

「おい、本当に大丈夫なのか?」

「正直結構ヤバいわ。下手したら死ぬかも。でもこうするしかないのよ。そうしないとこの周囲一帯が壊滅することになるんだから」


 一般人へ被害が出るのは何としてでも避けなければならない。そう言い切ったシャーラは額に脂汗を滲ませながら集中して体内の毒素と戦いを続ける。


 普通に考えればシャーラがこんな死ぬかもしれない無茶をする必要はないと言っていい。俺達はやれるだけの事はやったし、最低限の警告だけして後は逃げても誰にも責められる謂れなどないだろう。


 むしろこうして傑作とやらの完成を阻止して被害を小さくしたのだから褒められてもいいくらいだ。


 だというのにシャーラは決してここで退こうとはしない。自分の命などどうでもいいと言わんばかりに体内に摂取した毒から薬を作り出そうともがいている。


 幾度となく吐血しても関係なく。握った掌に爪が食い込んでいる事に気付く様子さえなく歯を食いしばって苦しみに耐えている。


 この程度の対価は自分の夢を叶える為に覚悟していたと。むしろ代償としては軽いくらいだと嘯いてさえみせて。


「ここでこの毒を食い止めないと新たな疫病や流行病が生まれかねない。それだけは絶対に阻止するわ。この命に代えても」


 これが【医狂い】。

 己の命など歯牙にも掛けず『医者』としての使命を果たす者。


 そして医に狂っていると言われる者。


 俺はここに来てようやくその言葉に真の意味を理解させられた。


 そうして数分間、苦しみ抜いた末にシャーラは洞窟内の毒素を薄める中和剤をどうにか作り出すと、なんとそれが詰まった代替臓器を取り出して見せる。


 時間が無いからと言って素手で自分の体を貫いてみせて。いくら回復魔法で傷を付けずに取り出せるとは言えなんとも無茶な方法である。


(これじゃあヒューリックが心配するわけだよ)


 だがその無茶な行いのおかげで時間は十分にある。


 俺はすぐさま受け取った中和剤の贋作を増やしていき、外へ脱出しながら逐次それを洞窟内へと散布していく。少しでも毒素が薄まるように。


 そして可能な限りの中和剤を散布した後は外で待機していたロゼやソラを連れてその場から全力で退避したその瞬間、次に結界が壊れる音が辺りに響き渡るのだった。

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