第七話 据え膳食わぬは男の恥
俺がデュークに提示した報酬は二つ。一つは家に滞在させてもらいその間にこの世界の事についてなど色々と教えて貰うこと。
そしてもう一つはデュークの家にある物や家自体などを贋作として作らせてもらうことだ。この事からも判る通り薬を手に入れた後にデュークには俺の天職と贋作が作れるという大まかな能力は説明してある。
ちなみに薬に関しても本物は俺が貰い、その贋作を使って二人の病気を治してある。念の為に贋作は村の医師などにしっかりと鑑定してもらい問題がない事を確認済みの上で。
(それにしても生物以外なら本当に何でも作れるんだな)
水入りペットボトルの件からも生物が触れていないという条件さえ満たしているのなら中身ごと贋作できるのではないかと思ったのだが、それは見事に的中。
こうして俺は幾許かの苦労の代わりにリスト内にデュークの家を手に入れたのだった。しかも生活必需品などが大よそ完備された状態の。
もっともデメリットとしてはそうやって作った贋作は中身だけ消去するといったことが出来ない事だろうか。消す時はそれら全てを消さなければいけないのであろう。
だから細かくやりたい時は一つ一つを作っておかなければいけないという訳だ。
と、そんな事を考えている俺が今いる場所だが、そこはデュークの家ではない。
その理由についてだが詳しくは語るまい。
ただ言えることは「久しぶりに妻と子の三人で過ごしたいんだ。もっと言えば妻と二人だけの時間とも言える。さて、ここまで言えばお前も大人の男なんだし分かるよな? でも安心しろ。お前の事も考えてあるから」というデュークの俺に向けられた言葉だけだろう。
こうして俺は朝から半ば強引にデュークによって用意されていた宿に追いやられたという訳だ。そしてあちらの事は察して欲しい。
まあ野宿を強いられた訳でもないし、こうして宿まで取ってくれているので文句などない。むしろこの一週間世話になりっぱなしで申し訳ないくらいだ。
そうして特にやる事も無いので持ってきたリュックサックの中身などを複製しながら俺はボーとしていた。
(持って来た物に関しては大量に複製出来たし、そろそろ別の事を始めるべきか)
ずっとこうしてデュークの世話になっている訳にもいかないだろう。最低限自分で稼げるようにはなっておきたいし。
ちなみに能力を使えば食料も金も複製し放題だと言うのは無しの方向で。それに頼り切りになると何となく人として終わる気がしてならないので。
そうして俺が複製を続けながら贋作の酒をリストから一本取り出して飲んでいる時だった。部屋がノックされたのは。
「はい?」
宿屋の店員か誰かと思って特に警戒せずに扉を開いて確認する。するとそこには見慣れぬ同い年ぐらいの一人の女性が立っていた。
「あなたがイチヤって人でいいんだよね?」
「……そうだけど、そう言うあんたは誰だ?」
「聞いてないの? デュークって人からここに来るように言われたんだけど。まあ説明するからとりあえず部屋に入れてよ。こんなところで立ち話もなんだし」
そう言ってその女は俺を押しのけるようにして部屋の中に入ってくる。デュークの紹介なら俺の名前を知っていてもおかしくはないが、一体何の用なのかという疑問点は解消されない。
と思ったが、俺はすぐに気付いた。
そう、先程のデュークの言葉の中にその答えはあったのだ。
「もし間違ってたら本当に申し訳ないが、もしかしてあんたは娼婦みたいなもんか?」
「ええ、そうよ。なんだ、やっぱり聞いてるんじゃない」
違ったら激怒されてもおかしくない問いだったが、幸いと言うべきかその答えは是だった。
「正確には聞いてはいない。状況から察しただけだよ」
そう言いながら俺はその女性の容姿を改めて観察する。
明るめな橙色の髪が肩口くらいで切り揃えられており、緑色の瞳とよく合っている。容姿についてもかなりのものだし、美少女あるいは美女と言っても十人中八人は異を唱えることはないだろう。ちなみに残りの二人は好みの問題だ。
それに身長が小さい割には胸もそれなりにはあるし、そういう目で見ても非常に魅力的と言えるだろう。生憎と俺も非常に健全な男子なのでそれを見て考えることは大抵の奴と一緒だ。
(それにしてもこっちから娼館に行くとかじゃなくてデリバリーの方かよ)
まあ、この方がコスト的に掛からないとかあるのかもしれない。異世界事情をまだ詳しく理解できていない俺には分からない事ではあるが。
「ああ、お金はデュークって人に前払いして貰ってあるから気にしないでいいよ」
俺がジッと黙って観察しているのをお金の心配をしていると思ったのか彼女はそう言ってくる。
「別にその心配をしていた訳じゃないんだが、まあそれはそれでよかった」
「それじゃあ何? もしかして私じゃ不満とか?」
勝手に勘違いして若干不服そうな表情をする彼女だが、
「いや、それはない」
個人的に見ても彼女の容姿は嫌いではない。というか結構好みの方だ。だから相手として不満などある訳がない。
だがだからと言って本当にこのまま流されていいのかという思いも無い訳ではない。だから俺はその場でゆっくりと深呼吸して考えて、
(うん、据え膳食わぬは男の恥だな)
あっさりと勝敗は決した。理性よりも性欲が勝るという結末で。
なにせこちとら異世界に来るまでの間はずっと入院生活をしていたのだ。
その時は人生に絶望していたこともあってそういう気分にはならなかったが、今は全く健康な体を取り戻している。となれば若さに応じた欲求が湧き上がるのも自然というわけだ。
「ようやくその気になった?」
「まあな。ただその前にあんたの名前を教えて貰えるか?」
これは何となく聞いておきたいと思ったのだ。特に理由なんてなく。
「名前? 別にいいけど変なこと聞くのね。私の名前はローゼンシアよ」
「そうか。俺は氷室一夜だ」
自分でもよく分からない自己紹介を終えた後、俺は景気づけに持っていた酒を一気に煽る。
そうして昼間から退廃的な世界へと俺は浸って行くのだった。