第七十二話 赤と銀の剣閃
その紫色の炎に対して真っ先に反応したのはエストだった。
「守って」
その声と同時に突如として地面から生えるように現れた無数の骸骨の群れが壁となってその炎に立ちはだかる……が、
「やっぱりダメ。足止め程度にしかならない」
「それで十分だよ」
エストの言う通り、ほんの僅かしか炎の勢いを削ぐことは出来ていなかったがその間に俺はエストを抱えてその場から退避する事に成功している。
もちろんシャーラも別方向ではあるが同じように逃げている。
(それにしてもただの炎じゃないみたいだな)
色からしてその感じはしていたが、骸骨の群れがドロドロと溶けるように消失していったところや、炎が通過したラインが明らかに毒々しい感じに変質している事かも間違いない。
さしずめ毒の吐息と言ったところだろうか。
「気を付けなさい! 私はともかくそっち二人は下手に食らうと多分死ぬわよ!」
「うん、これは流石に私でも耐えきれないと思う」
「同じく俺もこれを試す気にはなれないな」
全力で強化した肉体ならばあるいはという思いはなくはないが、そんな命懸けの賭けをそう簡単にする気にはなれない。失敗して身体が跡形もなく溶けるなんて事は御免だし。
だがそんなこちらの思惑など関係なくトリプルヘッドドラゴンはその三つの頭を活かして次々に連発で紫色の炎を吐き出してくる。器用な事に二つの首は俺とエスト側、残る一つは反対方向に逃げたシャーラという役割分担をしながらだ。
炎の速度自体はたいしたことないので躱すだけなら意外とどうにでもなる。
だが問題は躱し続けてもこちらにとっては意味が無いどころか、不利になる要素が満載な点だ。
その紫色の炎が通り抜けた箇所は迂闊に足を踏み入れることが出来なくなるし、その箇所が増えれば触れるほどに周囲の空気の毒されているのが目に見えて分かる。現に視界が若干紫色の靄に包まれてきているほどなのだから。
(早く仕留めないと不味いな)
そう判断した俺が適当な武器を敵に向かって射出してみるが、そのほとんどが紫の炎によって迎撃されて溶け消える運命を辿る事となる。
辛うじて残った数本も敵の表皮に弾かれて終わりだった。
(だったら……)
そこで俺はタイミングを見計らってそれまで抱えていたエストを地面に降ろすと二手に分かれる。そして三つ首がそれぞれの対象に注意を向ける事で俺に対する警戒が甘くなったのをしっかりと確かめて、
「まずは『剣王』直伝のこれだ」
逃げながらミスリルの短刀の贋作を手に出すとそこに魔力を込めていく。そして動きながら出来る限界まで溜まったところで、
「これならどうだ!」
それを紫の炎が迫っている事など無視して敵に向けて投擲する。これは投擲用ではないので投げ易くはなかったが、的がデカい事もあって多少の狙いのズレは問題ないので構わない。
そうして投じられたミスリルの短刀は刀身から赤と銀色の混じった光を放ちながら飛んでいき紫の炎など物ともせず、逆にその炎を風圧などで消し飛ばしながら敵へと飛来していく。
それに対して敵はそれまでその場から動かなかったのが嘘のように、咄嗟に素早い反応を見せてその場から飛びのくと回避してみせた。その足に地面から生えたスケルトンが動きを封じる為にしがみつくのを物ともせずに。
「むう、抑えるのも無理」
援護しようとしたエストだったがこれは失敗に終わったようだ。もっともその心意気は有り難い。
(やっぱり直接斬りつけないとダメか)
先程まで敵の居た地点に着弾してその辺りを吹き飛ばしても敵に当たらないのでは意味がない。
とは言え敵がわざわざ逃げたところから察するにこれは有効打になり得そうだ。それに紫の炎を掻き消せたのも僥倖である。これなら次の奴で倒せそうだ。
ただその為には少々時間が必要なので、
「エスト、シャーラ。十秒だけ時間を稼げるか?」
「それぐらいなら問題ない」
「私は敵の攻撃は効かないから問題ないよ。もっともその分、有効打が私にもないんだけどね」
シャーラはトリプルヘッドドラゴンが俺の投擲攻撃から逃げた隙を逃さずに手持ちのナイフでその身体に何度か斬りつけることには成功していたが、その傷は浅かった。
全く効いていない訳ではなさそうだが、微々たるダメージである事は否めないだろう。
基本的にシャーラは『医者』という天職上、回復能力に秀でている代わりに火力不足に悩まされていると本人が言っていた通りの事態になっているようだ。
勿論毒などのカバーする方法は幾つかあるはずだが、今回の相手はその毒も効かない相手なのは見るだけでも明らかである。
「それじゃあ任せるぞ」
残念ながら今の俺では動きながらこれを準備する事は出来ないので、俺は適当な岩陰に隠れると同時にその為の用意に入る。
ゆっくりと全身を強化していた魔力を途切れないように注意して、それどころか更に強化しながら今度は手に持ったミスリルの短刀にもしっかりと魔力を込めていく。
今度はじっくりと身体や武器の隅々にまで練った魔力を蓄積させるようにしながら。
その間にエストが大量の骸骨を敵に仕向け、シャーラはなんとその中を単身で敵に向かって駆けて行く。そして紫の炎を避けもせずに、
「こう何度も見せられたら解毒方法の一つや二つくらい思い付くっての!」
なんとその言葉通り毒を無効化したのかそのまま直進してみせた。その体から僅かな発光があるところかすると、どうやったかは知らないがあの光で体を守ったらしい。だとしても無茶をするものだ。
だがそのおかげもあってシャーラは敵へと接近を果たすと、狙いを澄ませて首の一体の目に持っていた短刀を突き立てて見せる。
これには流石のトリプルヘッドドラゴンも悲鳴のような鳴き声を上げて悶絶してみせた。
そしてそこで俺の方の準備も整った。
敵も隙を見せているこの完璧なタイミングで。
かつて俺を圧倒した『剣王』が見せた魔力を武器に流す技術。それをものにしようと毎日鍛錬を重ねているが、まだ完璧には程遠い。
ある程度でいいのなら先程のように瞬時に使用できるようになったが、完全に、それも身体強化と平行使用する為にはこうして身動きを止めてしっかりと集中しなければならないのだから。
だがそうするだけの甲斐がこれにはあるのだ。
「離れてろ!」
こちらの短い警告を聞いてシャーラがその場から退いたのを見届けた後、俺は敵へと向かう。
それに危険を感じたのか痛みにのたうちまわっていた首を除く二つの顔が俺の方に顔を向けるが、
「遅い」
既に俺はその眼前まで接近を果たしていた。
そして敵がその事実に気付く前にまずは一つ目の首を手の中で先程よりも強い赤色と銀色の光に包まれたその短刀で容赦なく刈り取る。それに反応して炎を吐こうとしたもう一つの首に対しても返す刀で斬撃を放つ。
それに対してもまた見事な反応を見せた奴の首の一つは刀身による攻撃自体は避けていた。だが今回はその延長線上にも斬撃は続いている。
『剣王』が見せたあの斬撃には至らないとは言え、それでもその首を刈り取るには十分過ぎる威力を持つ斬撃が。
それに気付いていないのかこちらを睨んだまま横にズレテ落ちていく首を尻目に、俺は残る最後の目を潰された痛みに悶えていた首を、
「これで終わりだ」
一刀のもとに断ち切ってみせた。
その軌跡に赤色と銀色の剣閃を残しながら。
お知らせです。
作者が書いている「スライム転生物語」というこれとは別の作品が「第3回エリュシオンノベルコンテスト」の第一次選考を通過しました。
大変光栄なことであり、読者の皆様には感謝の気持ちで一杯です。
これからも応援の程をよろしくお願いします。




