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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第七十一話 蠱毒師

 思わぬ幸運で見張りであるカイラルを無事に突破した俺達は当然の事ながら無傷でその部屋まで辿り着くことが出来ていた。


 その洞窟の最奥にあった堅牢そうな扉の先に広がっていたその試験管などが地面に散乱している科学室とか研究室とでも言うべきその部屋に。


「まったくもう、どうして侵入者がこんなに早くこの部屋まで来るのよ。あのバカ忍者は足止めも碌に出来ないかしら」


 紫色の長い髪を苛立ちから乱暴に掻き毟りながらその女性は部屋に入って来たこちらに振り返る。そしてその目線はまずエストに止まった。


「一応自己紹介をしとこうかしら。私の名前はネーメラ。それでクランに捨てられた【死霊姫】がどうしてこんなところに来るのかしら? しかもそこの【医狂い】なんかと一緒に。まさかこんなに早くクランを鞍替えしたわけ? だとしたら【毒婦】と呼ばれたアタシよりもずっと尻軽なようね、あんたって」


「違う。別に私は「未知の世界(アンノウン・ワールド)」には所属していない。あくまでイチヤの仲間になっただけ」

「イチヤ? 誰よそれ? ……ってどうでもいいんだった、そんな事は」


 吐き捨てるようにそう言ったネーメラはシャーラの方を憎々しげに睨み付けてくる。その目には隠そうともしない敵意の色が見て取れた。それこそ憎しみと言っていいくらいの。


「なぜ【医狂い】、あんたがここにいる?」

「なぜってクランの命令よ。それと私の記憶が正しければ初対面よね? 悪いけどそんな目で見られる理由はないんだけど」

「ふん! アタシはお前のような偽善者が嫌いなの。ただそれだけの話よ」


 火花を散らせるように睨み合う二人だったが、それは長くは続かなかった。何故ならそのネーメラの背後からそいつがゆっくりと姿を現してきたからだ。


「まったく、本当はもう少し調整を加える予定だったんだけど、こうなった以上は仕方がないわね」


 瞳孔が縦に裂けた金色の瞳に鋭い牙と堅牢そうな赤色の鱗。その姿は竜と呼ぶべきそれだった。しかもなんと一つの胴体に対して三つの首を持っている。


(こいつは強いな……)


 幸い感じる圧力はディック程ではないが、それでもこれまで会ってきたどの魔物よりも強いと第六感が告げている。


「それが噂の人造の魔物ってわけ?」

「どこでその話を……ちっ、あのクソ忍者、裏切ったのね」


 シャーラの手に握られていた巻物を見て事情を察したのか憎々しげに舌打ちをする。だがすぐに切り替えるとこちらの話に乗って来た。


「残念ながらこれはその前段階の実験をしている状態で人造とは言えないわ。捕えて連れてきたトリプルヘッドドラゴンという魔物を私が改良しただけだし、本当はあと数日掛けて完璧に仕上げる予定だったんだもの」


 そのドラゴンはネーメラのすぐ傍でジッと止まって動かず、下される命令を待っているようだった。どうやら彼女がこいつを支配していると見て間違いないようだ。


「その魔物と二人で俺達と戦うつもりか?」


 そう思って剣を構えた俺だったが、ネーメラはその言葉に首を横に振る。


 そして、


「戦うのはこの子だけよ。ただ、もう一工夫加えるけどね」


 そう言いながらネーメラは片腕を肩の辺りで横に伸ばす。


 その次の瞬間、それまでその隣に来てから微動だにしていなかった魔物が突如としてその金色の目を見開くと、その鋭い牙で伸ばされた片腕を食い千切って丸呑みにしてみせる。


 あまりの突然な出来事に誰も反応できずにいたが、そんな中でも片腕を食われたネーメラだけは楽しそうに笑っていた。狂気を感じさせる笑みをその顔に浮かべて。


「さあやりなさい! そいつらを、そして次はこの周囲一帯にいる全ての人間を殺戮するのよ! あなたはその為に私によって作り変えられたのだから!」


 その声に反応するように三つ首で同時に咆哮するその魔物の全身の色が紫色へと変化していき、それと同時にその全身から瘴気のような変化した体の色と同じ何かが吹き出している。


 そしてその感じはこの洞窟内に充満していた例の毒ガスと完全に一緒だった。


「これはまさか『蠱毒師』!?」


 それを見てシャーラは何か心当たりがあるようだ。


「何だそれは?」

「詳しくは知らないけど、毒を専門的に扱えるようになる忌み職よ。確か他の存在に毒を加えることも出来たはず」

「その通り。でもそれだけではないわよ」


 こちらの会話に割り込んできたネーメラの千切れた腕付近からは当然大量の血が流れ出ているのだが、その赤い筈の血は空気に触れて反応したかのように地面に落ちる頃には紫色の液体へと変化していっていた。


 そしてボコボコと泡立つその様子からいって明らかに何も問題ないとは思えない。


「私の体は『蠱毒師』の天職によって全てが毒へと変質する要素を持っている。見ての通り私の制御下を離れた血がこうなるようにね。そしてこれが結界の外に一度漏れ出たらどうなるか、想像するのは難くないでしょう?」


 海に流れ出しでもしたら生態系に大打撃を与えるのは明白だ。そうじゃなくても環境に与える影響が大き過ぎる。


 それこそ下手をすれば辺り一帯にまともな生物が生息できなくなる可能性だって否定できない。


「本当は取り返しのつかなくなるくらい深刻に、そして広範囲に影響を及ぼせるように改良するつもりだったけどこうなった以上は仕方がないわ。これで我慢してあげるから、あなた達はさっさと死んでくれるかしら?」


 大量出血によって顔面蒼白になりながらもネーメラはその顔から笑みを消す事はない。まるでたとえ死んでもそれさえ果たせれば悔いはないかと言うように。


(くそ! これが例の問題って奴かよ!)


 こんなに重大な事件が起こると分かっているのならもっと詳しい情報を寄越せと思ったが、今更そんなことを言ってもどうしようもない。


 今はどうにかしてこの毒の発生源と化した魔物を結界の外に出さないようにしなければならないのだから。


 こいつが外に出てまず初めに被害を受けるのはこの洞窟の近くに居る存在、つまりロゼとソラだ。異界の人に会えるという報酬云々の前に、それだけは何としてでも阻止しなければならない。


「シャーラ、エスト。どうにかしてこいつをこの場で仕留めるぞ!」

「了解した」

「確かにそうする以外に選択肢はなさそうね」


 恐らく今この辺りに居る中でこいつをどうにか出来るのはこの毒に耐えられる俺達だけだ。

 耐性の無い者は近付く事すら出来ずにこの吹き出す毒によって命を刈り取られることだろう。


 そうなる前にこの場でこいつを殺す。それ以外に選択肢はない。


 そんなこちらの決意を感じ取ったのか、トリプルヘッドドラゴンは三つの首で同時に咆えたと思ったら、


「「「グオオオオ!」」」


 その三つの口から紫色の炎をこちらに向けて吐きだして来た。

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