第六十五話 リベンジマッチ
翌日、俺達は昨日の内に決めておいた行動に早速取り掛かることにした。それ即ちアストラティカの街での食い倒れツアーである。
別にこれはふざけている訳ではない。あくまでもしかしたらこの街の『医者』などが気付けていない毒素や疫病の原因となる食材が出回っているのではないかという調査の為だ。
「つまり趣味と実益を兼ねた素晴らしく効率的な調査ってことね」
漁業が盛んなこともあって街の至る所で取れたての新鮮な海産物がその場で食べられる出店のように売られている。
それらを一つも余さずシャーラは買っては食べ、を繰り返していた。
ちなみにそれによって安全が保障されたらソラ達にも買い与えているが、まあそれはどうでもいい話だろう。
「そんなに食って大丈夫なのか? と言うか回復魔法とかの応用で消化を活性化させているって話だけど、それで体に問題はないのか?」
要は無理矢理体に詰め込んでいるに等しいわけだろうし。
「まあ体に良くはないわよ。まあでも必要なことだし、少しくらいの無理なら後で休めばどうとでもなるわ。それにこうした訓練は日頃からやっておくと、いざという時に役に立つものなのよ」
現にそれを続けて鍛錬を積んだ今では満腹感なども回復魔法で感覚的に誤魔化せるようになっているというのだから驚きだ。
更にそれ以外でも体の痛みなどを一時的に無視することなどもできるようになったらしい。
だがそれは脳を無理矢理弄っているに等しいし、決して推奨されることではない。
だというのにそれを全て承知の上でシャーラはその行動を止めようとはしなかった。
「私だって普段はそんな無茶はしないわよ。死にたくはないもの。けどそれが目的のために必要だと判断したのなら迷うつもりは更々ないわ」
つまりそれは大食い大会に出たのも調査の為だったという面があるということだ。
勿論本気で楽しんでいたのは間違いないし趣味という面もあるだろうが、それでも調査がなければやらないと今の発言は言っているに等しい。
そんなことを言いながら非常に美味しそうに調査兼食い倒れツアーを進めながら街の中を歩いていると、昼頃にある人物が俺たちの前に立ち塞がった。
と言ってもチンピラとかではなく、
「見つけたぞ、新大食いチャンピオンのソラ! 俺ともう一度勝負してくれ!」
前チャンピオンことシャーラと死闘を繰り広げていて見事に二位となったオーグだった。どうもこの様子だとソラにリベンジを申し込んでいるらしい。
それを聞いた周りの奴らは面白そうだと囃し立ててくる。中には
「それだったら家の店の料理を半額で提供してやるぞ!」
なんて気前の良過ぎる発言をする店主まで現れる始末だ。
(いくらなんでも気前良過ぎだろ)
海の男は豪快とかいうレベルではない。
これでちゃんと商売が成り立つのか不安になるほどだったが、その代わりに賭けの胴元をやらせる条件を付けている辺りからすると、その心配は杞憂だったようだ。
「どうしますか? イチヤ様」
「正直面倒だが、この盛り上がりようだとやらない訳にはいかないだろ」
もっともやるならやるで、こちらにもメリットがあるようにする気満々なのだが。
俺はソラがリベンジを受ける代わりに、こちらが勝ったら何でもこちらの言うことを一つくことを条件に出す。勿論何でもと言っても常識の範囲内でだが。
あちらはリベンジが目的なので勝っても要求することはないというので、そうして負けても特に問題ないという気楽なリベンジマッチがその場で開催される。
そしてその結果は、
「御馳走様でした」
「ま、また負けただと……」
予想通り最近俺の真似をして食前食後の挨拶をするようになったソラの勝利だった。
そして大穴狙いの奴らか、大食い大会のことを知らない連中は賭けに負けたことでガックリと項垂れている。
まあそれでもキレて暴れだす奴がいないところを見ると、そういう最低限の常識とかは持ち合わせている人がこの街には多いようだ。
あるいは暴れても屈強な周りの男たちに組み伏せられるのが目に見えているからかもしれないが、まあそれでも平穏なのは良いことだろう。
「さてと、こちらの勝ちだし要求を一つ聞いてもらうぞ」
勝った俺達がオーグに要求したのは即ち情報提供である。この街のことは勿論の事、各地で開催される大食い大会に参加する為に諸国を歩き回っているというオーグなら色々な事情に詳しいと思ったのだ。
現にこの街については特に役に立ちそうな情報はなかったが、
「そう言えば確かに最近この地方一帯で妙なことが多発しているみたいだな」
という気になる話がその口から出てきたからだ。
「具体的には?」
「そうだな、例えば最近だとフーデリオでベジタリアントが大量発生したりとか、地方のどっかで強力な魔物が現れたりとかだな。それ以外にもこの季節には珍しい連日の雨が続くなんてことも色んな場所で起きてるらしいぞ。しかもそれまで雲一つなかったのに急に天気が崩れるとかで」
「……そ、そうなのか」
「め、珍しいこともあるものね」
どれもこれも心当たりがあり過ぎて俺もシャーラも実にぎこちない返答になったのだが、幸いなことにオーグは気にせずそのまま話を続けてくれる。
「後はそれ以外にも各地でこの辺りでは珍しい病気が発症する人がちらほら出てきてるって話だな。確かこの街でも何人かそういう人が居たと思うぞ」
「その話、詳しく聞かせて」
その珍しい病気という単語を聞いた途端に目の色を変えてシャーラがオーグに詰め寄る。
その急な態度の変化にタジタジになりながらもオーグは約束通りそれらのことをこちらに教えてくれた。
「お、俺も詳しくは知らねえよ。ただそういう噂があるってだけだ。まあ仮にそれが本当だとしてもこの程度の噂で済んでる時点で、そこまで被害が出てないってことだろうけどな。大勢がそんなことになってれば絶対にもっと大きな話題になっているはずだしよ」
その言葉で俺はあることを思い出しだ。
(そう言えばデュークも似たようなことを言ってたな)
デュークの奥さんと娘が罹ったマスズ病はこの当たりでは珍しいという話だった。そして誰かが持ち込んだのではないかということも確かに聞いている。
それが一件だけならともかく、この辺り一帯の各地で起こっているとすれば果たしてそれは偶然なのだろうか。
そんな手掛かりになるかもしれないことを俺が考えている内にシャーラは次々に質問を投げかけて、いつの間にか情報提供は終わっていた。
そしてそれが終わった時にソラが何か言いたそうにこちらを見ている事に気付いた。そう言えば勝った事に対してまだ何も言っていなかったっけ。
なので俺は前回と同じようにソラの頭を撫でながらその労を労った。
「良くやってくれたな、ソラ。おかげで助かったよ」
「は、はい! イチヤ様のお役に立てたのなら光栄です!」
大食い大会の時もロゼの「自力で勝てばきっとイチヤが褒めくれるわよ」という言葉を聞いて途中から本気になったというのだから可愛い奴だ。
今も嬉し過ぎるのか服の下に隠れているはずの尻尾が揺れているのが丸分かりだし。
「なあ、そちらの二人は一体どういう関係なんだ?」
そんな光景を見て疑問に思ったのか、オーグがとある質問を投げかけてきた。それにソラが胸を張ってこう答える。
「イチヤ様は私達の恩人であり、主人でもある偉大なお方です」
「なんだと……それではまさかと思うが、お前よりその男の方が強いと言うのか?」
その強いという言葉の意味は大食いでということだったのだが、それをソラは理解出来ずに戦闘の事だと思ったらしく、
「当然です。イチヤ様は私達など及びもつかない高みにおられる方なのですから」
という幾分ずれた解答をしてしまった。
「そうか、俺に足りなかったのは自分の至らぬ点を教えてくれる師匠という存在だったんだな……」
「いやいや、全然違うぞ」
反射的にした突っ込みは残念な事に自分の世界に入り込んでいるオーグには届いていなかった。
その結果、
「頼む! 俺を弟子にしてくれ!」
「だから違うって言ってんだろうが! 俺はお前達ほど食えないし、そもそも人の話を聞け!」
という無駄な押し問答が始まり、話を聞かないオーグを納得させるのに多少の時間要することになるのだった。




