第六十四話 それぞれが望む世界
その話は初めの内からかなりぶっ飛んでいた。
「実は私、普通ならこんな風に動ける体じゃないの。というより本来なら寝たきりで居なければならなかったと言う方が正しいわね。そういう意味ではあなたと似た者同士だったと言えなくもないのかしら」
「……それはどういう意味だ?」
見たところシャーラの体は健康体そのものだ。現に俺に付いて来られる速度で走ったり、大食い大会であんなバカな事をやってみせたりするだけの元気はあるのだから。
そこで順を追って説明していくと言ったシャーラはそれとはあまり関係なさそうな話題に突如として移る。
「私達のクランは結成当初僅か四人しかいなかった。更にリーダーであり創設者でもある人物がある理由で結成と同時に抜けたこともあって実質的には三人だったらしいわね。そしてその中の一人がデュークの知り合いでもあり、例の義手を作った稀少職『探究者』という天職を持つ【至高の頭脳】ことマリア・アーネストよ。まあ別名で【変態外道研究者】とも呼ばれている事からも分かる通り生粋の変人及び変態よ」
随分と落差のある呼ばれ方だが、それでも相当知識がある人物なのはそこから読み取れた。
まあこれまでの聞いた話などからも推察するに色々と問題がある奴なのは間違いなさそうではあるが。
「マリアは変人であり変態でもあるけど、同時に優れた研究者であり発明家でもあるわ。現にデュークという人物の義手を含めて数え切れない発明をしているもの。そして実は私もその生粋の変人によって救われた一人なの。現にこの体の中には幾つもの彼女が作り出した人工臓器が埋め込まれているし、それ以外にも色々と作られた物が使われているわ」
そこでそれを証明するから右目を触ってみろとシャーラは告げてくる。
いきなりそんな事をするのは戸惑っていた俺だが、そんなこちらを無視してシャーラは手を取ると自らの目に俺の手を押し付けた。
そして触れてみた目の感触は明らかに自然なそれではなかった。そもそも固さが全然違うのだ。
傍目から見た感じや動きなどを含めて自然の物としか思えないのに。
「八歳でこの『医者』という天職が現れて、それから転機が訪れる十五歳になるまでの私はこんな冒険者とかクランとかとは全く関わりのない生活を送っていたわ。幸い天職には恵まれていたからその為の施設で医術関連のことについて学んでいたし。そしていずれはそこを出て医療関係の仕事をしながら生きて行くはずだった」
だけどそれは叶うことなく十五歳でシャーラは病に伏してしまうことになる。
それも原因不明の身体が徐々に結晶化していき、最後は体全体が結晶となって死に至るという不治の病で。
最初の頃はシャーラも持ち前の医療の知識を駆使してどうにかその病を治そうと努力したらしい。
だが結局それらの努力は全て無駄に終わったとのこと。
「そうして十六になるくらいには私の体は徐々に広がっていった結晶によって起き上がる事も満足に出来ない状態だったわ。そんな時にそのマリアが私の前に現れて、こう言ったの」
どうせ死ぬのなら一か八かの賭けをするつもりはないかと。
「マリアが提案した案はある意味で単純明快だったわ。その病を治す方法は知らないから、だったら直さずにどうにかすればいいって風にね」
マリアが提案した方法とは、まず病に侵されたと思われる部分を全てその身体から取り除き、それと同時に代替として作られた臓器などを体に埋め込むというものだった。
そして代替の臓器が結晶化を始めたら残された生身のところに広がる前に取り換えればいい。幸い結晶化は始まったところから徐々に広がっていくから、次にそうなる場所は簡単に分かるはずだからと言ったらしい。
「それでその奇想天外で絶対に不可能だと提案を半ば投げやりになって受け入れた結果、私はこうして全体の半分近く生身の肉体を失う代わりに自由に動ける半分新しい身体を手に入れたってわけ。まああのデュークって人とは違って義手とかではなくて内臓がほとんどだけどね」
聞けば胃や肝臓は当然の事として肺、そして心臓さえ代替物になっているとのこと。
(それって現代医学でさえ不可能な事だよな……)
代替の臓器を人工的に作るとか、それを移植するとかどう考えても元の世界でさえやれることではない。
それをそのマリアという人物は実行に移したというのだ。魔法とか魔力とか色々と違う物はあるものの、明らかに文明レベルは現代に劣るこの世界で。
だとしたら間違いなくその人物は天才であると同時に化物だ。
あるいは生まれてくる時代や世界を間違えているのではないかと思う程の。
「まあそんな感じで被験体になったおかげもあり、私はこうして二十五になった今でも生きてられるってわけ。どう? こうして考えてみると結構あなたと境遇が似ていると思わない?」
「そう、だな。近い面は確かにあると思うよ」
理不尽に人生を奪われ掛け、そして奇蹟が起きて新たな人生を歩めるようになる辺りは特に。
「……だとしたら今のクランに居るのは助けられた恩があるからなのか?」
命の恩人に対する恩返しの為に尽くすというのはおかしな話ではないし、むしろ自然な事のように思えたのだが、その言葉にシャーラは首を横に振った。
「確かにそういう面もなくもないわ。でも私がそれまでの人生を全て捨てて「未知の世界」に入ったのはある目的の為よ。まあそれもある意味ではマリアに影響されて出来た物なんだけどね」
そもそもの話、「未知の世界」というクランに所属しているほとんどのメンバーが共通した目的があるとシャーラは言う。
それは大まかに言えば未知の世界を見ること。即ち今の世界では不可能な何かを望んでいるということだ。
「例えば私がこの世界から病を、特に命に関わる難病とされる全てを消し去りたいと考えているわ。そして同じように他のメンバーもそんな荒唐無稽で奇想天外な夢というか野望というか、まあそんな感じのどうしようもない願いを持っているの。そしてそれを不可能だと分かった上で、それでもその願いを本気で叶えようとしている。それが私達「未知の世界」というクランなのよ」
そんな夢物語を本気で叶えようと努力を重ねているからこそ変人奇人の集団と呼ばれている。
病の無い世界みたいな新しい世界なんて絵空事を思い描いているからこそ「未知の世界」と名乗っている。
シャーラはそう言っていた。
「ちなみに私がさっきみたいに体内に摂取した成分を解析できるのはその代替臓器のおかげが大きいわ。まあそれ以外にも色々とメリットがある代わりに、定期的に取り変えなきゃいけないとかのデメリットもあるんだけどね」
ここに来て俺は【医狂い】という言葉の意味とヒューリックがあれだけ心配していた意味が少しだけ理解できた気がした。
(これは色んな意味で心配になる訳だ)
そして狂という単語が使われているのも分かる。
確かに彼女は境遇の所為か医というものに偏執しているというか、まさに狂っていると言っていいだろう。
もちろんその理想は大変立派だと俺だって思うし、仮に叶ったのならそれは素晴らしい偉業だろうが、行き過ぎていると言わざるを得ない。
「とまあ、私について話せることはこんなところかしらね。それで感想は? やっぱり引いたかしら?」
「……何と言うか流石は変人奇人の寄合所と呼ばれるだけあるよ」
「あはは、でしょう。それを自覚していても変わらないから、なおさら性質が悪いのよね。私達って」
これが同情心を狙ってのことだったのなら、悔しいがそれは成功していた。
境遇が似ていることもあって、俺は前と違ってシャーラという人間を嫌いになれなくなってしまっている気がする。
(ったく、これはしてやられたか?)
嘘の可能性もあると頭では分かっているのに心で影響を受けている辺り、俺もまだまだ甘いと言わざるを得ない。
「それじゃあお喋りはこの辺りで終わりにして、そろそろ戻りましょうか。そろそろご飯の時間だし」
その宿に向かう後姿を見ながら、俺はこれまで以上に真剣に頑張ってみようと思うのだった。




