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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第五十七話 雨神

 いつの頃からか雨が降り始めていた。その雨の中、俺達はビショビショに濡れながらも逃げ続ける。


 だが格上相手にそれがいつまでも続くはずもなく、遂に俺達はディックに追い付かれてしまった。


「だからいい加減諦めたらって何度言えば分かってくれるのかな?」


 目の前に居るディックの体もこちらと同じく雨でびしょ濡れではあるものの傷らしい傷は見当たらず、あの爆発によってその服が多少焦げている程度の変化しか見られない。


 俺も肉体の頑強さについては他人のことを言えた立場ではないと思っていたが、こいつを前にしてはそんなのはただの自惚れだったと言わざるを得ないだろう。


「……そうだな。もうそろそろ追いかけっこは終わりにしよう」


 結果がどうなるにせよ、ここで終わらせるのは間違いないのだから。


「お、意外だな。でもそう言うって事はようやく覚悟を決めたか、あるいは何か最後の手でも使うつもりかな?」


 それを楽しそうに待ち望んでいるかのようなディック。


 もしこいつがこういう戦いを楽しむような奴でなく、すぐに対象を始末する仕事に忠実なタイプだったなら俺達は何も出来ずに殺されていただろう。そういう意味においても俺は運が良かった。


(あるいはこれも『福男(ラッキーマン)』の効果だったりしてな)


 そう思えるほどに俺は今回の事に限って言えば運に恵まれていたと言っていい。少なくともこんな綱渡りをここまで成功させることが出来たのだから。


 担いでいたマックスをその場に降ろして俺はミスリルの短刀を手の中に出現させる。


「ここで一つ教えておきたいんだが、俺はどちらかと言えば性格の悪い方なんだ。勝つ為、生き残る為なら卑怯な手に躊躇いも無く頼るくらいには」

「へえ、でもそれがどうしたって言うんだい? ああ、もしかしてこの場に罠でも仕掛けてあるのかな?」


 そんなものがこんな街道にある訳がないし用意もしていない。


 ただしここにはある人物達が居たのだ。

 そう、


「まさかこんなところで悪名高い【殺戮の剣王】ディックに遭遇することになるなんてね。それとイチヤはこんな事に巻き込んだんだし、後で色々とじっくり話を聞かせて貰うから覚悟してなさいよ」

「分かってるよ、シャーラ」


 その斜め後ろから聞こえてきた声にディックは素早く振り返って剣を構える。そしてその声の人物をその目で確認するとそれまでの表情を一変させていた。


「何年振りかしら。とにかく久しぶりね、クラン「力の信奉者(パワー・アドマイヤー)」のディック・ロルセイン。そろそろ『剣帝』や『剣聖』には成れたのかしら?」

「どうしてお前が……「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の連中がここにいる?」


 敵対しているクラン同士という話ではあったが、この二人は顔見知りのようだ。もっともその雰囲気は明らかに友好的とは言い難い。


 それまで緩かったディックが驚愕と緊張に表情を染めて口調も信じられないくらい厳しくなっている事からもそれが分かる。


「それはお互い様でしょ? それにこうして私達が表だって動く事態になる理由なんて『行先案内人(ガイド)』関連以外にあり得ないのは分かってるくせに」


 あくまでフレンドリーな様子を見せているシャーラに関してもその目は全く笑っていない。そして目の前の相手を非常に警戒しているのが見るだけで分かるというものだ。


「……どうやら遊んでいる場合ではなくなってしまったようだ。今すぐに全員始末させて貰う」


 俺が考えた作戦とはこの状況そのものの事だ。


 自分だけではどうしようもないのならディックが所属しているクランと敵対しているとされた「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の構成員である二人に助けを求めるという、なんとも他人任せな上に運任せと言う他ない杜撰な作戦である。


 ソラ達の居場所を贋作で確かめた時にシャーラ達の反応が近くにあることに気付いたからこそ思い付いた作戦ではあるが、これは一つ間違えればシャーラ達まで巻き添いにしかねない何とも危険な賭けだ。


 二人の協力を得てもディックに敵わないのなら無駄に犠牲者を出すだけなのだから。


 だがそれでも、あの絶望的な状況で助かるにはこれしかないと思ったのだ。他に良い作戦なんて思いつかなかったし。


「悪いけどそれは無理だよ」


 だが彼のその様子を見る限りではその心配は要らなそうだった。それをその声を聴いて顔を青くしたディックの表情で俺は改めて確信する。


「そ、その声はまさか……」

「出来れば会いたくなかったけれど、こうして出会ってしまった以上は役目を果たすとするよ。だから出来れば君には無駄な抵抗はしないで貰いたい。苦しめたくはないからね」


 そんなことを言いながら降り注ぐ雨の影から姿を現したヒューリックの存在をその目で確認したディックは、しばらく雨に濡れた自分の体を見て呆然としていたが、やがて諦めるかのように乾いた笑いを浮かべていく。


「……ふ、ふふふ、あははははは! まさかそこの【医狂(いぐる)い】だけならともかく、かの【雨神(あまがみ)】まで居るとは。それにこの状況を考えればこれは完全に詰みのようだ。ああまさか彼がこんな作戦を考えて逃げていようとは予想だにしなかったよ。これは完敗だ。言い訳のしようもない」


 だがそう言いながらもディックは剣を構えて戦う意志を示してくる。だが不思議とその姿からは先程まで確かにあったはずの威圧感がなくなっていた。


「そうだな、やはり最後は『剣王』として刀剣を扱う者と仕合うことにしようか」


 そして俺の方を見てそんなことを言ってきた。


 シャーラ達とディックがどんな関係だったのかは分からないし、ヒューリック達の存在がここまでの効果をデュークに齎すとは思ってもみなかった。

 そしてこの場で何が起こっているのかも正確には判っていないと言っていいだろう。


 だがそんな俺でも一つだけ確実に言えることがある。


 それは目の前の敵はここで倒しておくべきだという事だ。

 何故か今なら勝てると本能が囁いて来ているこの好機を逃さずに。


「そう言えば名前を聞いていなかったな。冥土の土産に教えて貰ってもいいかい?」

「……氷室一夜だ」

「ヒムロイチヤ……聞いたことのない名だ。この感じだと「未知の世界(アンノウン・ワールド)」の新しいメンバーと言ったところかな。どうやらそちらは優秀な新入りを見つけたようだ」


 まあ死に逝く僕にはどうでもいい事か。


 その言葉を最後にディックは話すことを止めて、その手に持つ剣に魔力を流し込んで行く。


 だがその量も感じる力も先程までの物とは比べ物にならないくらい弱々しい。別人なのではないかと思う程にだ。


 それについてディックに理由を問い質す事は出来なかった。

 何故ならその前にディックは最後の勝負に出ていたからだ。


 少し前までこちらを圧倒していたとは思えない速度で俺へと接近すると、あの目にも留まらぬ高速の斬撃など見る影もない斬撃をこちらの首目掛けて放ってきた。


 それに対して俺は観察することで大まかなやり方を覚えた武器に魔力を流すという技術と平行して肉体も魔力で強化した状態でそのこれまで見えなかった刃を躱し、


「悪いな、ディック・ロルセイン。姑息でも卑怯でも勝ちは勝ちだ」


 ディックの身体を袈裟切りに斬り裂く。


 その刃は想像以上に簡単に相手の体に食い込んでいき、そして容赦なく剣の王と言われたその体を両断してみせるのだった。

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