第五話 贋金
「また来たのか。懲りない奴だな」
場所は酒場で目の前には例の貴族のボンボンとやらがいる。金髪碧眼で元は悪くないだろうにポッチャリとした体形で折角の素材も台無しだった。
「いくら頼まれても金貨50枚を変えるつもりはない。こんなことをしているのなら仕事でもして金を稼ぐんだな」
その言葉に周りの取り巻きらしき奴らがデュークを馬鹿にするように笑い出す。そのにやついた笑みからも分かる通り、どうやら好きにはなれないタイプであることは間違いなさそうだ。
(これなら問題ないな)
周囲の村人に聞いてみた評判もはっきり言って悪いものばかりだったし、ろくでもない奴らであることは疑いようがないだろう。これで実は善人でしたというのは無理があるし。
だからデュークの視線が集まっている中で俺は一歩前に進み出ると、懐から金貨の入った袋を取り出してテーブルにやや乱暴に置いて言ってやった。
「これで文句はないだろう?」
まさかといった表情でその袋を開けた貴族のボンボンは驚愕の表情で固まる。
そしてそれを見た周囲の取り巻きも同じように袋の中を覗き込んでは口々にあり得ないなどと言って騒ぎ出した。
「金は払ったんだ。何か問題でも?」
デュークの話ではこの貴族のボンボンは家の金を勝手に使い込んだ罰としてしばらくの間小遣いが減らされているらしい。
家の金って貴族の主な収入は税金だろうにその程度の罰で済ませるのかよ、という思いもあったがこの場でそれは関係ないので無視。
問題は遊ぶ金に困ったこいつがは色々と汚い手段で金を稼いでいるという点だ。
今回の薬の一件も本来なら街の薬屋に取り寄せてもらうように頼めばいいのだが、それをこいつらは貴族の権力を振りかざしてこっそりと邪魔しているらしい。
要するに必要なものを自分達で独占した上で高値を吹っ掛けるとは何ともあくどいやり方だ。しかもこんな風な姑息な手段を他にも用いてどうにかして遊ぶ金を手に入れようとしているというのだから始末に負えない。
(短絡的に暴力に出ないところを見るとある程度は賢いようだけど、それならその賢さを別のことに使えっての)
そこで金貨が五十枚あることを数え終えた奴らは俺の方を見てくる。
一体何者なのかという目で。そんな中でボンボンだけはニヤリと笑うとその口を開く。
「……まあ待て。実はあの薬の材料が最近取れにくくなったらしくてな。希少価値が上がってきているんだよ」
「だから金貨五十枚では足りないと?」
「こちらとしても吹っ掛けたくはないが、貴重な物だからそう簡単に売るわけにはいかなくてな」
ボンボンは頷きながら嘘くさい言葉を並べる。相場の二十五倍を吹っ掛けておいてまだ足りないとは強欲にも程があるというものだろう。
もっとも金蔓だと思われるのは予想済みだったので、
「貴重な物なら仕方がないな」
そう言って更に金貨五十枚が入った袋をテーブルの上に乗せてやった。それもそんな物には何の価値もないというように無造作に。
「これで合わせて白金貨一枚となった訳だが、まだ足りないとでも?」
さしものボンボンもこれには二の句を継げずに黙ってしまっている。周りの取り巻きに至ってはもはや空気だ。
「改めて言っておくと流石に俺もこれ以上は出せない。これでも足りないと言うのなら残念だがこの話はなかったことにしよう」
この言葉に空気だった奴らはボンボンを一斉に見つめる。どうやらこいつらに決定権はなくボンボンが全てを牛耳っているようだ。
そうして注目されたボンボンは馬鹿ではなかったらしく、
「……わかった、これで呑もう。ただこれだけの大金だ。本物かどうか確認させてもらってもいいだろうか?」
と言い出す。あまりに旨い話で警戒心が出てきたらしい。
もちろん俺は許可を出すと、取り巻きの一人の天職が稀少職の『鑑定人 レベルⅢ』だというので好きにさせる。
「……ま、間違いないです。全部本物ですよ、これ」
そいつが念入りに金貨を見て出した結論はそれだった。
その瞬間の取り巻きとボンボンの表情は端的に言って醜かった。まさに金に溺れた者と言う以外にないどうしようもない表情だったのだ。
そうして疑いも晴れたところで俺はデュークに用意してもらった一枚の契約書を取り出した。この世界でも重要な取引ではこうして証拠を残しておくらしいので。
その内容は簡単なもので、この取引終了後に文句などを絶対に言わないというものだ。
「後で行き違いが起こっても困るからこれでしっかりとここでけじめをつけておこう。そちらにしても後で金を返せと言われても困るだろう?」
金が本物だと思ったからかこの提案にボンボンはあっさりと頷き、その契約書に署名する。そしてその薬とやらを取り巻きの一人が取ってきてデュークの手に渡ったところで取引は完了となった。
ちなみにその薬が本物であることはしっかりと確認してあるので心配無用である。
「それじゃあ行こうか、デューク」
そうして背後で歓喜の声を上げている奴らが次々に酒や料理を注文しているのを無視して俺はデュークを連れて酒場の外に出る。
手に入った金を即行で使うとは奴ららしいというべきか。
そして俺は煙草を取り出してそれに火を点けた。
「ほ、本当にいいのか? あんな大金を払ってもらって?」
「構いやしないさ」
それに俺は煙を吐きながら答える。
「まあ疑問に思うのはわかるが、今は薬を娘と奥さんに届けようぜ」
(それにどうせすぐに分かる事だろうしな)
あれは全て俺が作った贋作品、つまりは贋金だ。
『鑑定人』とやらに調べられた時は肝を冷やしたが、例えそうなってもレベルマックスで作った物だからきっと見抜けないはず、という俺の賭けは見事に勝利した訳である
そして残る作業は一つだけ。俺は背後を振り返って建物の外まで響いてくる下品な笑い声などを聞きながら、
「消去っと」
しっかりとあいつらの元にある金貨百枚を消し去っておく。
これであいつらはただ単に金を無くして高価な薬をこちらに差し出してくれた間抜けになったという訳だ。そして文句があっても契約書がある限りそれらは全て無意味となる。
(それに加えてあの感じだと金足りなくなるかもな)
手に入った金貨を当てにして頼んでいたようだし、手持ちの金で足りなくなる可能性も十分にあり得た。
まだ悲鳴や怒号が上がっていないところからして金貨が消えたことには気づいていないようだが、果たしてそうなった時はどんな騒ぎになるだろう。
少なくとも早めに気付かないと手遅れになりかねないのはまず間違いない。
「精々苦しむといいさ」
因果応報という言葉を思い浮かべながら俺はその場を後にした。
そうしてデュークの妻と娘が薬を飲んで容体が安定した翌日、あのボンボンとその取り巻きが無銭飲食で逃げて捕まったという噂が街を駆け巡ることになるのは至極当然の流れだったとだけ言っておこう。