第五十一話 大蛇の迷宮
「大蛇の迷宮」はその名の通り蛇や蜥蜴のような魔獣や魔物が大量に存在する場所だった。
ただし蛇のようなといってもリザードマンのような人型の蜥蜴みたいな奴もいれば、上半身は人型で下半身は蛇というナーガという魔獣などその種類は多様だったが。
「二人共、分かってると思うが奴らの毒には気を付けろよ」
飛び掛かってきたビッグスネークというその名の通り巨大な蛇の魔獣の首を一刀両断しながら俺は背後の二人に声をかける。
この迷宮にいる魔獣は毒を持っている奴が多く、その牙で噛みつかれたら全身が痺れて動けなくなる場合もあり得た。
そしてそうなったら奴らの餌食になるのは自明の理というものである。
もっとも俺の場合は多少の毒なら効かないようだが。
現にビッグスネークの死体から抽出した毒の贋作でどれぐらいのものなのかと試してみたが全く効かなかったし。
どうやらそういう面でも強化された肉体は力を発揮するらしい。
そして恐らくはソラやロゼもマナをもっと摂取して体を強化すれば毒だけでなくいろいろなことに対する耐性が強化されると見て間違いないだろう。
そういう訳で俺達はマナを摂取する為に迷宮を散策しながら遭遇した魔獣を一匹も残さずに狩っていく。
残念ながら俺はスカルフェイスの時と違いこの迷宮に居る程度の奴のマナの量では足りないのかほとんど体が強化されたという実感はなかった。
それに比べて他二人は徐々に、だが確実に力が湧き上がってくるのを感じられるとのこと。
やはりと言うべきか、俺の肉体を強化する為にはもっと強い魔獣や魔物を相手にする必要があるらしい。
言い換えればもっと大量のマナが必要ということでもある。
そんな感じで俺達は思っていたよりも順調に探索を続けていき、俺達はいつの間にか最初のボスの間の前までたどり着いていた。
ある一定以上の規模がある迷宮には階層ごとにボスの間と呼ばれるフロアボスや階層の主とでも称すべき魔物が待ち構えている部屋が存在する。
所謂ゲームで言うところのダンジョンで出てくる中ボスみたいな奴らのことだ。そして最下層の最奥にはダンジョンボスとも言うべき奴が待ち構えているらしい。
だたしゲームと違ってそいつらを必ずしも倒す必要はない。
だって多少回り道をすればフロアボスを倒さなくても先に進むことは可能な場合が多いからだ。
だから迂回してその部屋を避けて行けばフロアボスと戦うことなく次の階層へ進むこともできるのである。
(だとしたら何の為の階層の主なのか分からないが、まあそういう仕様だって言われたら納得するしかないわな)
更に奇妙なことにフロアボスやダンジョンボスは一定の期間を置くことで何度でも復活するとのこと。
そして基本的にはボスの間から出てこないで挑戦者が部屋の中に入ってくるのをジッと待っているらしい。
だからこそオルトロスやスカルフェイスのような魔物が突如としてボスの間以外に現れて暴れだすのは異常事態とみなされるのだとか。
それらの明らかな奇妙な点に何らかの人為的な作為を感じる気もしたが、今の俺にはその真相を知る術はないので後回しにするとしよう。
そもそもそんなことを言い出したのならこの迷宮とは一体何なのかという話にもなってくるし。
(元ボンボンの言っていた古代文明の遺産とかシャーラ達の『行先案内人』の件もあるし、色々とこの世界には奇妙な謎が多いみたいだな)
この分だと「未知の世界」というクランがあるのも頷けるというものだ。
気にしなければどうということはないのかもしれないが、この世界にはどう考えても自然にそうなったとは思えない点が多数見受けられる。
その謎の正体を知りたい、調べたいと思うのはある種の人間の性として自然なことだろうから。
(さてと、そんな事よりこれからどうしたものかな?)
まあそれらの世界の謎とかの大きな事など今の俺達にしてみればどうでもいい訳で、今は目の前の小さな事について俺はどうするか決めかねていた。
効率的にマナを摂取することだけを考えるのならフロアボスに挑むべきだ。魔物から得られるマナの量は魔獣の比ではないと聞くし。
だが今のロゼやソラを連れて行っても大丈夫かは微妙なところである。
この「大蛇の迷宮」に挑戦するのに最低限必要と言われているのがD-ランク、つまり冒険者として一人前になってからだ。
もっともそれは最低限の話で余裕を持つ為にはD+以上はあったほうがいいらしいが。
俺の見たところ今の二人は流石にまだD+には届かないだろうがそれに近いD-もしくはDランク並の力を有していると思うし、ここはまだ最初の階層だ。二人だけで挑ませても十分に勝機はあることだろう。
だけど相手は魔獣よりも凶暴で強力とされている魔物なのだ。それにスカルフェイスのように特殊な能力を持っていないとも限らない。
こんなことで頭を悩ませている理由は当初の予定ではボスの間に到着するはずではなかったからだ。
適当に階層内の魔獣と戦ってキリのいいところで脱出するだけのつもりが、順調に行き過ぎた結果まさかの事態になってしまったのである。
「……まあ敵の姿を見てから判断すればいいか」
別にゲームではないから入ったらボスを倒すまで逃げられない訳でもないし、二人だけでやれそうならそうさせて、無理そうなら俺も参戦すればいいだけの話だ。
それに折角ここまで来たのだからボスとやらがどんなものか実際にこの目で見て確認しておかないともったいないと言うものだろう。
そんなこんなで二人にはしっかりと準備をさせた後、俺はそのボスの間の扉を開いてその中へと足を踏み出す。
すると真っ暗だったその部屋の松明が徐々に灯っていき、段々と部屋の中が見えてくる。
そしてその灯りによって照らされ露わになったボスの姿は、
「あーこういうこともあり得るのね」
二つあった。
そう、どうやらこの階層の主は二体もいるようだ。
片方がナーガのような奴でもう一方もリザードマンによく似ているが、その立ち振る舞いや発せられるオーラなどが全然違う。
それに見ただけで別格の力を有しているのが天職のおかげか感じられた。これが魔獣と魔物の違いという奴なのだろうか。
(より強そうなのはリザートマンの方だな)
何となくだがそれが分かるので俺はすぐにロゼ達にはナーガらしき奴を相手にするように指示を出す。これまでに似たような奴と何度も戦ってきているから対処の仕方なども分かっていることだろう。
そうなると当然リザードマンの相手は俺ということになる。
そこで二体のボスは侵入者である俺達に目を向けるとそれぞれが敵意を向けるよう咆哮を上げた。どうやらどちらも戦る気満々らしい。
そこで二体同時にこちらに接近してくる奴らを見て、俺はとりあえず先行してリザードマンの前に飛び出すと、
「そらよ!」
そのままの勢いに乗って飛び蹴りを相手にぶちかます。残念ながらその攻撃は敵の素早い反応で防御されてしまったものの、その体を後ろに吹っ飛ばすことには成功した。
そしてナーガの方はおびき寄せるためのソラの火の魔法を受けていた所為もあり、近くに来た俺の方には目もくれずにそのままこちらの横を通り過ぎていく。
これで分断は完了だ。
「さて、やりますか」
手の中に贋作の剣を出現させながら俺はこちらを睨んで吠えてくるリザードマンと相対するのだった。




