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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第五十話 引き抜き

 それは依頼の報告の為にギルドに戻った時の事だった。


 フライングアントはともかくチョーギュウは生け捕りだったこともあり、気絶させたそいつの受け渡しに多少手間取っている内に受付近くで待たせていたソラとロゼが数名の男に囲まれていたのだ。


 もっともロゼ達は完全に相手にしていないこともあり、すぐにその男達は去って行ったが。


 最初はまた俺達を騙そうと良からぬ輩が声を掛けてきていたのかと思っていたのだが、


「引き抜きだって?」


 戻ってロゼ達に詳しく話を聞いてみると違ったらしい。


「はい、イチヤ様の下から離れてあちらの仲間にならないかと誘われました」

「今の私達の見た目なら奴隷に見えないだろうからそれで勘違いした上での勧誘でしょうけど。現に奴隷であること言ったら諦めた訳だし」


 奴隷は基本的に主人の所有物をして扱われる。だから仮に二人を引き抜こうとしても俺が許可を出さない限り不可能な訳だ。


「まあその目的もたかが知れてるけどね。本当に優秀な人材が欲しいのなら私達じゃなくてイチヤに声を掛けるべきなのに、そうしなかった時点で魂胆は見え見えよ」


 要するに実力ではなく二人の外見だけを見て仲間にしたいと思ったということだ。そうなると今の勧誘は引き抜きよりもナンパに近いと言えるかもしれない。


(まあ気持ちは分からないでもないけどな。俺も男だし)


 元々容姿の整っていたロゼとソラだったが。最近になってまた一段と綺麗になったと思う。その理由は単純な話で清潔さを保っているからだ。


 通常の奴隷としては正しい姿のだろうが、俺の下に来るまでの二人は草臥れた服を着ていたこともあり残念ながら清潔だと言えない状態だった。


 だけど今では俺の影響もあり、ほぼ毎日体を洗うようになった上に入浴セットや化粧水などを使うようになったこともあって明らかに前とは違っているのだ。


 まあ実際には初めの内は俺が半ば強引に使わせていたのだけれど、今ではその効果を実感した所為か二人の方から欲しがるので問題はないとしよう、うん。


 ソラの風呂嫌いも初期だけで今では遠慮がちはであるものの、向こうから髪を洗ってくれるように頼んでくる始末だし。


(うん、やっぱりどう考えても奴隷と主人の関係じゃないな、俺達は)


 もっとも俺もなんだかんだ言って洗ってやってしまうので文句を言える立場ではないのだが。


 とまあその甲斐もあってか前と比べれば二人の髪には艶が出ているし、肌などもどこか柔らかくきめ細やかになったような印象を受ける。


(改めて考えてみると俺も凄い状態だな。こんな美人二人を侍らしているんだから)


 ソラの衝動もあるからなるべく一緒の行動している所為もあって今のように他人から声を掛けられる機会はそう多くはない。だけど街を歩いていると時折二人に集まる視線を感じることが有るのもまた事実だった。


 ちなみにその場合は俺に対する嫉妬の視線もセットになることも多いのだが、それは余談というものだろう。


「あのー」

「ん?」


 そこで背後から掛けられた声に振り替えるとそこには冒険者にしては身だしなみが綺麗な金髪の少年が立っていた。

 外見からすると俺より若そうだし、恐らくは十代半ばくらいだろうか。


「何か用か?」

「えっと、急にこんなことを聞いて失礼なのは百も承知なんですけど、そちらの女性二人はあなたの奴隷で間違いないんですよね?」


 今の話を盗み聞きしていたのかその男はそう言ってくる。


 別に聞かれて困る内容ではなかったから問題はないが、それでも多少嫌な気分になったのは事実なのでそれに対する返答は若干ぶっきらぼうになった。


「そうだけど、それが何か問題でも?」

「も、問題はないですけどそれにしては随分と綺麗なので気になってしまって。実は私の実家は貴族向けの化粧品など扱っていまして、今後の為にそちらの美人なお二人が何を使っているのか是非とも聞かせて貰えたらなと思いまして」


 こちらのそんな気持ちを察したのかその男はペコペコと頭を下げながらそう言ってくる。


 それで悪気はなかったと分かった事もありロゼ達も若干警戒していた表情を緩めていた。それに美人と言われて悪い気はしないだろうし。


「別に教えても構わないが、よく二人がそういうものを使ってるって分かったな?」


 こちら世界では貴族などの一部の特権階級以外はお洒落などに気を使う事はほとんどないと言っていい。そして化粧品のような高級品を買うのも貴族の令嬢くらいのものだと聞いている。


 理由は単純にそんな事を気に掛ける余裕がないからと、生きる為にはそれ以外にやるべきことが大量にあるからだ。


 だから奴隷でありながら――俺の持ってきた物の贋作とは言え――そういう物を使っているロゼとソラは非常に珍しい存在と言える。


 だからこそわざわざこいつが話しかけてきた面も有るのかもしれない。


「一応それが家業ですからね。そういう物を使っているのかを見分けられる程度の目は持ってますよ」


 そこで改めて互いに自己紹介などを済ませる。そこで相手はリックと名乗り、天職は『商人 レベルⅢ』であることもこちらに教えてくれた。


 なんでもリックはここで知り合いの商人のところで働かせて貰っているとのことで、そこで冒険者相手に商売をすることで天職のレベルを上げる傍ら商売の勉強をしているらしい。


 いずれ実家の稼業を継ぐ時の為に。


「天職のレベルが高い方が良いのは当たり前の話ですけど、それだけで商売をやって行けるほど世の中は甘くはないですからね。こうして現場で経験を積ませて貰ってるって訳です。まあ後は出来ればここでお得意様とかを作れればいいかなあ、なんて下心もありますけどね」

「なるほどな。えっと、それで何を使ってるかだったか」


 元の世界から持ってきたこともあり話しても分かるものではないので俺は実物を見てもらうことにした。勿論それは贋作だが。


 リックはまず渡したシャンプーや化粧水などの入った容器を念入りに観察した後にその中身を手に出して匂いや質感などを確かめていく。


 更にそれぞれをどう使うのか、どういった効果があるのかなどをかなり詳しくこちらに尋ねてきた。


 その目は真剣そのものでまさに商人といった感じである。そして一通りの説明を終えた後のリックは興奮した様子でこちらに詰め寄って来た。


「こ、これは何処に行けば手に入るんですか? それと是非ともその作り方なども知っているのなら教えて頂けませんか? 勿論情報料はお支払いしますので!」

「わ、悪いが俺も作り方に関しては知らないんだ。それにこれは俺の遠い故郷の品でこの辺りで手に入れるのはまず無理だな。俺も手持ちの数には限りがあるし」

「そ、そうなんですか……残念です。これならきっと貴族にもウケると思ったんですが」


 その勢いに押されながらの俺の返答を聞いた途端にリックは落ち込んでしょんぼりと肩を落とす。


 その姿に釣られた訳ではないが俺は次の言葉を発してみた。


「まあでも、俺なら伝手を使って少しぐらいは手に入れることが出来るかもしれないがな」

「本当ですか!?」


 その言葉を聞いた途端にテンションが再度跳ね上がるリック。何とも反応の激しい奴である。


 その興奮したリックにとりあえず努力してみるとだけ告げた俺はそれらが手に入ったら改めて連絡する事を約束して、効果を自分でも確かめてみろと何本かの化粧水や入浴セットを渡して彼と別れた。


 その去り際のリックはスキップしていたと言えばそのテンションの高さも分かって貰えるだろうか。


「それでどういうつもりなの?」


 リックが居なくなるまで待っていたそのロゼの質問に俺は笑いながら答える。


「簡単に言えば金儲けをするつもりなのさ。まあこれはすぐにどうこうするつもりはないし、ゆっくりと状況と見ながら進めていくつもりだけどな」


 俺は先程の会話でリックは商売の才能があるのではないかと睨んでいた。それはなにも天職が『商人』だからというだけではない。


「実家の家業の影響はあるとは言え、少なくともあいつはロゼやソラを見て何かを使っていると見抜くだけの目を持っている。それに実物を見てこれが売れるかもしれないと思うだけの頭もな」


 そちら方面を鍛えれば案外優秀な商売人になるのではないか、そう考えただけの話だ。


「まあ確かにあなたの天職があればそっち方面でも充分やっていけるでしょうけど油断は禁物よ。何が起こるか分からないんだし」

「それは百も承知だよ。少なくとも誰かに目を付けられるようなことをするつもりはないさ。今回は小遣い稼ぎ程度で済ませるつもりだし」


 それでも金は幾らあっても困る物ではないし、冒険者として以外でも収入を得る方法を考えておいて悪い点などどこにもないだろう。


 もしくはいずれは冒険者を止めてそっちの商売の道で生きて行くことも絶対ないとは言い切れないのだから。


(それに商売を通じて独自の情報網を形成できるかもしれないしな)


 一朝一夕でどうにかなるものではないが、だからと言って何もしなければ始まらない。


 今後の事を考えて少しずつ周りに怪しまれないように注意しながらそういうものを作れていけたらいいと俺は考えていた。

 そしてそれで同じ異世界人の足取りを掴めれば、とも。


 そういう意味では今回のこれも実験と呼べる行為なのかもしれない。


「正直私にはよく分かりませんが、イチヤ様がなされることに私は従います」


 そこでこんなことを言い出したソラを見て、その後に俺とロゼは顔を見合わせると思わず吹き出してしまう。


 何と言うかソラは相変わらず素直というか純粋だなと思って。


「な、何か変なことを言いましたか?」

「いやー別に」

「ええ、ソラらしいなって思っただけよ」

「それにしては何だか二人共妙な目で見てきているような気がするんですが……」

「気のせいだよ、気のせい。ほら、さっさと残る最後の依頼をやりに行くぞ」


 突然笑われた事が不満なのか納得いかない表情のソラだったが、お詫びとしてチョーギュウの串焼きを与えるとすぐに機嫌は元に戻る以上になったのでよしとしよう。


 そんな事を経て、俺達は残る最後の依頼を達成するべく「大蛇の迷宮」へと向かうのだった。

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