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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第四十一話 成長したその身体

 食べ物がその口に吸い込まれていく。


 そんな漫画的な表現が相応しい光景を俺は少し前に目の当たりにしたのだった。


 その底なしと言うかブラックホールなんじゃないかと思えるほどの量を体に蓄えたソラだったが、今現在はロゼの付添いの元で安らかな眠りについている。


 どうやら十分な栄養を取ったし、体の方もその成長とやらに少しずつ適応してきているようだ。熱に魘される事は無くなってたし。


「それにしてもよく食べてたわね。流石にあれだけの量が入るとは思わなかったわ」

「そうだね。と言うか体の大きさから考えるとあり得ない量を食べている気がするけど、それは大丈夫なのかな?」

「確かに胃が複数無いと説明つかない量を食ってたしそこら辺はどうなんだ?」

「大丈夫よ。あの様子だと食った傍から身体が栄養を吸収してるみたいだし。てかそうじゃなかったら今頃は体が破裂してるわよ」


 ソラとは比較にもならない量の食事をしながら俺達はそんな会話を続ける。


 この件で親しくなったこともあるし、ソラを診て貰ったお礼として俺が二人に御馳走すると言い出したからだ。


 それ以外にも正当な報酬を支払おうとしたのだが、それは二人によって拒否されてしまった。その理由だが実に興味深いというか天職というものの存在の奇妙さを改めて認識させられるものだったと言っていいだろう。


 何故なら、


「実はこの雨は私の天職である『雨男』が原因なんです。だからある意味では私の所為であなた方の行動を制限しているということですね」


 とのことだからだ。どうも宿でヒューリックがこちらに声を掛けてきたのも自分の所為で迷惑を掛けてしまったからと思ってのことらしい。


 確かに雨が降っていなければ降っているよりは行動し易かったのは否めないだろう。


 だがそれでもソラを診て貰った事に変わりはないと俺は思うのだが、二人はそれで納得せずにこうしてご飯を御馳走するという落とし処に至ったという訳である。


「それにしてもイチヤは変わった人みたいね。言い方は悪いけどあんな天職でも気にせずにいるみたいだし」

「別に天職だけでそいつがどんな人物か決まる訳じゃないからな。本当に大切なのは本人の性格とか資質だと俺は思ってる」


 忌み職だが何だか知らないが、それだけで人生が決まってしまうなど納得出来る訳がない。そんな理不尽を他ならぬ俺が認める訳には行かないし認めたくもないのだから。


「今の世界ではそういう人達は少数派だろうね。残念な事だけど」

「つまり私達は変わり者で似た者同士ってことかしら?」


 そう、この二人もソラの天職を聞いても態度が全く変わらないどころか気にもしていない珍しい人物達だ。あるいはヒューリックは天職的にある程度はソラ達の気持ちが分かるからなのかもしれない。


 干ばつ地帯などでは非常に重宝されるだろうが、逆に雨などで水害が発生するところだと厄病神扱いされてもおかしくないだろうし。


「まあこの際だからぶっちゃけて言うけど、あのソラって彼女については気を付けた方が良いわよ。私が見た感じだとまだしばらくは大丈夫だろうけど、衝動を抑え続けていると反動があるだろうから定期的にガス抜きしておくべきだと忠告だけはしておくわ」

「えっと、彼女の天職はそういうものなのかい?」


 『医者』であるシャーラは診た相手についての情報が何となく感覚的に分かってしまうらしい。それは相手の天職についても例外ではない。


「あくまで分かるのは何となくだから推測に過ぎないけどね。それに天職のレベルが上がればまた違ってくるかもしれないし」


 ただしそれはどちらの意味でも考えられる言葉だ。


 レベルが上がって殺人衝動がコントロール出来るようになればいいが、逆に強まって制御不能になる可能性だって考えられるのだから。


 だからこそ俺は未だにソラに積極的に人を殺させるのを躊躇っている面もあるのだ。今の落ち着いた状況を下手に動かすのは不味いのではないかと思って。


(その事について大きな街に行けば何か情報が手に入ればいいんだけどな)


 多少は期待しているものの、その可能性が高くない事はデュークからも言われてある。数が少ない天職はそれだけ情報も少ない。


 そしてたとえ記録が有ったとしてもそこがそう簡単に情報を開示してくれるとは限らないとのこと。むしろ貴重だからこそ秘匿する価値があるとも言えるのだし。


 そんな事を考えながら食後の一服をしている時だった。シャーラが気になる発言をして来たのは。


「そういやイチヤは例の件が起こった迷宮の有る方から来たって話だけど、あそこで何があったのか詳しく知ってたりしない?」

「そりゃ多少は知ってるが、何でそんな事を聞きたがるんだ?」


 実はその例の件とやらの当事者である事なんて欠片も表情に出さずに俺はそう尋ねる。


「それはあそこに私達のクランが探し求めている存在がいるかもしれないからです」

「探し求めている存在か。それが何か聞いても?」


 特に構わないとのことでヒューリックが代表して答えてきた。


「私達は「未知の世界(アンノウン・ワールド)」という組織、所謂クランに所属しています。そしてそのクランの目的を大まかに言うと『行先案内人(ガイド)』と呼ばれる存在を見つけ出し、それについて詳細な情報を得る事なんです」


 クランについては聞き覚えがあった。


 確か冒険者などが大人数の集まりとなった時などに名乗る集団の代表名みたいなものだったはずだ。分かり易く言えば大学のサークル名みたいなものである。


 つまりこの二人もそういった集団の一つに属しているという訳だ。


「悪いが『行先案内人(ガイド)』とやらについては聞いたことが無いな。この場で初めて知ったぐらいだし。そもそもその『行先案内人(ガイド)』というのは何なんだ?」


 やはり天職が関係しているのだろうか。そう思っての質問だったが、それに対する答えは分からないという予想外な物だった。


「その『行先案内人(ガイド)』というのが天職なのかどうかさえはっきりした事は何も分かってないわ。だけどただ一つだけ判明していることがあるの」

「歴史が大きく動く時には必ずと言っていい程の確率で『行先案内人(ガイド)』やそれに関すると思われる存在が現れるってことがね。約百年前の『魔王』と『勇者』然り、百五十年前の『英雄』や二百年前の『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』もそうだと私達は考えている。もしくは私達が気付いていないだけでもっと多くの存在がいるのかもしれない」


 とんでもない天職ばかり挙がっているのも()る事ながら、何となくだがその話について心当たりがある気がして仕方がなかった。


 と言うか状況から考えるとほぼ間違いなくそうだと見ても良いだろう。


「そいつらの、その『行先案内人(ガイド)』とやらにはどんな関係があるんだ?」

「一説によれば『行先案内人(ガイド)』はその名の通りこの世界を導く者とのことらしい。そして彼らによって導かれた存在が『勇者』や『英雄』ではないかと考えられている」

「他にも『行先案内人(ガイド)』は古の民の末裔だとか、神の御使いだとかそういう話なら事欠かないわ。私達のクランはその正体を突き止める為に活動しているってわけ。その存在に会えればこの世界の謎についても色々と判るかもしれないし」


 だからこうして魔物が短い期間で二度も出現するという本来ならあり得ない事態が起こった例の迷宮に向かっている最中なのだとか。

 そして本当はもっと早く行きたかったが、他にもやる事が有ったので遅くなってしまったとのことらしい。


「随分とロマンがあるというか壮大な話だな。いや、別にバカにしている訳ではなくて本気で凄いと思ったんだ」


 世界の謎なんて今の俺には正直想像もできない。だって天職とかでさえ俺にしてみれば謎だらけだし。


 元の世界を基準に考えれば説明のつかない事ばかりなのだから。


(それにしても『行先案内人(ガイド)』か。あの老人がそうなんだろうか)


 俺は古の民やら神の御使いなんて呼ばれる存在に文字通り案内されたことになるのだろうか。だとするとその目的は一体何なのだろうか。


 それについて頭の中で考え始めていると、そこで慌てた様子のロゼが店の中に飛び込んできた。


「イ、イチヤ、大変なの! すぐに来て!」


 何が有ったのか、それについて尋ねる暇さえ惜しんで俺はすぐに走り出す。この状況で向かうべき場所など一つしかないのだから。


 後続は一瞬で引き離した俺は宿に飛び込むとソラが眠っている部屋へと急ぐ。そしてその扉をノックもせずに勢いよく開けたところに広がっていた光景は、


「い、イチヤ様……」


 自分の身体に起こった変化の所為かオドオドとどうしたら良いのか分からないといったふうに動揺しているソラの姿だった。


 とりあえず起き上がって話せるくらいに回復したようだし、それについては素直に良かったと思うとしよう。


 問題は、


「……成長ってこういうことかよ」


 何故か狐の獣人特有のフワフワの尻尾の数が二本になっていることだろう。成長とは身長が伸びるとかじゃなくてこういう事だったらしい。


 道理で同じように鍛えていたロゼの方に異常がなかった訳だ。

 あっちには増える尻尾などないのだし。


「っと、それよりも体調の方はもう大丈夫なのか?」

「は、はい。むしろ今までより調子がいいくらいです。え、えっと、それでこの尻尾のことなんですけど、イチヤ様はどう思われますか?」


 どう思うと言われても反応に困るのだが。

 フワフワで触り心地が良さそうだな、くらいしか正直思わないし。


「まあ、似合ってるからいいんじゃないか。うん」


 よく分からないが増えても困ることはないと思うし俺はとりあえずそう言ってみる。するとソラもそれだけでホッとしたのか安堵しているのが目に見えて判った。


(別に尻尾が増えたくらいでどうもしないってのに)


 と、そこで俺ははたと気付いた。


「しまった。金を払うの忘れてた」


 後続の三人もすっかりそれを忘れていた結果、俺は危うく食い逃げ犯として扱われるところだったとだけ言っておこう。

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