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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第四十話 成長するその身体

 ギリギリ雨が降って来る前に宿に辿り着けた俺達だったが、そこで一つの問題に直面していた。


「それじゃあこの村には誰も居ないってのか?」

「ああ、残念だがこの村には『町医者』はおろか『薬師』も居らん。じゃからあの嬢ちゃんを診るには隣村に行くか、そこに居る『薬師』をここまで連れて来るしかないのう」


 あからさまな病人を連れていたので嫌がられるか思っていたが、意外にも好意的に迎え入れてくれた宿の主人や『村長』達は申し訳なさそうにそう告げてくる。


「いや、気にしないでくれ。別にあんた達が悪い訳じゃないんだから」


 念の為にその隣村とやらの場所を確認してみたらやはりと言うべきかかなりの距離がある。この雨の中でソラを濡らしながら運ぶのは可能な限り避けるべきだろう。


 となるとその『薬師』にここまで来てもらう事が理想なのだが、その人物がかなりの高齢の為に移動は困難かもしれないという新たな情報が齎されてしまう。これでは連れて来るのも無理そうだ。


 俺だけなら雨など気にせず全力で移動出来るし多少の雨など問題にもならないのだが今回はそうもいかない。ソラも高齢の『薬師』も無理をさせて何かあっては困るからだ。


 だからと言って高熱が続いているソラをこのまま放置しておいていいとも思えない。そんな風にどうして物かと頭を悩ませている時だった。


「あ、あのー」


 他の宿泊客らしき茶髪の若い男が俺達に声を掛けてきたのは。


「もしかして誰か病気の方がいらっしゃる感じですか?」

「そうだけど、あんたは?」


 見知らぬ人物だったので素性を問うとその人物はペコペコ頭を下げながら答えてくれる。


 何と言うか実に気の弱そうな奴だった。いじめられそうなオーラが漂っていると言えばいいだろうか。そんな感じがプンプン漂っている。


「ああ、すみません。私は旅の者でヒューリックと言います。連れに多少医術に詳しい物が居るのでもしかしたら役に立てるのではと思って話しかけただけなんです。迷惑だったなら申し訳ない」

「いや、迷惑なんて事はない。むしろこちらの方から頼みたいんだが」

「なら良かったです。えっと、それじゃあその方を連れて私達の部屋まで来てもらっても良いですかね?」


 ポロンの『福男(ラッキーマン)』の効果でも発動しているかのように事がとんとん拍子に進んで行くというものだ。


 勿論断る理由などない俺は頷いてソラを背負うとその部屋まで運ぶ。


 そしてその部屋の中にはヒューリックという男の連れと思われる長い赤毛の女性が椅子に座って本を読んでいた。


「おかえり。それでどうだった?」


 その本に集中しているのか扉を開けたこちらに目を向けずにその女性はヒューリックに何かを問いかけているようだ。


 その所為か俺達の存在に全く気付いていない。


「いや、えっと、その……」

「ったくもう、相変わらずはっきりしない奴……ってそちらの方々はどちら様?」


 そのオドオドとした言葉を聞いてやや苛立った様子でようやく視線をこちらに向けた彼女は遅ればせながら俺達の存在に気が付いたようだ。


「突然すまない。俺の連れに病人が居るんだが診て貰えないだろうか?」

「わ、私が声を掛けたんだ、シャーラ。何だか大変そうだったし、この雨の所為で動けないみたいだったから」


 その言葉で状況を把握したのか彼女は大きく溜め息を吐くとすぐに表情を切り替える。


「病人を見るのは構わないわ。私は『医者』でそれが仕事だもの。それでその病人ってのは背中に居るその女性でいいのかしら?」

「ああそうだ」


 俺は言われるがままにベッドにソラを寝かせると大まかな症状とそれが起こった経緯について説明する。


 と言っても経緯については昨日ぐらいから調子が悪くて薬を飲ませたが余計に悪くなったくらいしか言えることはなかったが。


「その薬の残りはある? あるなら念の為に見せて」

「えっとこれだ。もしかしてこれに何か問題があったんだろうか?」


 ちゃんと教えて貰った通りに作ったし、危険と思われる材料は使っていない。それにその薬を見ても特に危険だという感じはしない。


 毒物などを見れば何となくだが危険だと感じられる『贋作者(フェイカー)』の審美眼などがあるというのにだ。


「ふむ……別にこの薬は何も問題ないか。むしろ素人が作ったにしては良く出来てる方と言えるわね。作ってからの日も浅いみたいだけど、もしかしてこれはあなたが作ったの?」

「ああ。作り方を教わって初めて作った物だよ」

「それにしては上出来ね。その分だと製造系の、それも結構上の方の天職なのかしら? この分なら将来有望だし私の助手として結構欲しいかも……って、そんな事を言ってる場合じゃなかったわね」


 そこで彼女はソラの脈を測りながら次の言葉を発する。


「それで彼女の天職は何かしら?」

「……言わなければダメか?」


 この時点でほぼ忌み職であるという答えを言っているようなものだったが、それでも俺は出来るならそのことを言いたくなかった。


 言えば要らぬ面倒を起こしかねないし、なにより彼女が怖がって診てくれなくなる可能性も考えられたからだ。


 だけど、


「あのね、私は天職が『医者』なのよ。成り行きとは言えこうして診た以上は患者が犯罪者だろうが忌み職だろうが差別する気はないわ。それに必要な事だから聞いてるの。だから正直に答えて」

「……わかった。彼女の天職は『殺人鬼(シリアルキラー)』だ」


 差別はしないと言ってはいたもののこの答えは流石に以外だったのかシャーラは一瞬目を見張る。


 でもそれもすぐに消えて真剣な表情でソラを見る方に集中し出していた。


「なるほどね、それなら言いたくない理由も分かるわ」


 たったその独り言を呟いただけで。


 意外だったのはそれを聞いたヒューリックが驚いた表情を浮かべたものの特に怖がってはいない辺りだろうか。


 それどころか興味深げにソラの方を見ているし、思っていたよりも度胸がある人物のようだ。


 その食欲はどうだったのかなどの質問を交えて進んで行った診断の結果。それはなんとも奇妙なものだった。


「うん、分かったんだけど彼女は少なくとも病気の類に掛かっている訳ではないわね。むしろこれ以上無いくらいの健康体よ」

「いや、これだけ熱が出てるのにどこも悪くないってそんなことあり得るのか?」


 結構な高熱が出ているし、今も苦しそうに呼吸が乱れているのだ。これで何もないとはどうしても思えないのだが。


 だけどそんな俺の思いを見透かしてかシャーラは次のセリフを口にする。


「体に異常が起きているという点では良くない事なんでしょうけど、これは別に悪い事ではないわ。まあある事に対する副作用みたいなものね。もっともここまでのものは滅多にないでしょうけど」

「副作用だって?」

「ええ、そうよ。これは言うなれば急激に体が成長することで負荷が掛かった事に対する反応。言うなれば成長痛ってものだもの」

「…………はあ?」


 俺は思わずそんな間抜けな声を出してしまう。だって言っている意味が分からなかったからだ。


(いやそもそも成長痛って小さな子供に起こるもんじゃないのか? それも実際には成長する事に対しての痛みとかじゃなくて、単なる疲労が蓄積しただけだとか聞いたこともあるんだが)

「もっともこの場合はあくまで分かり易いようにそう言ってるだけで、実際の物とは違うんだけどね。でも体の急激な成長が原因なのは間違いないわ。その速度に体が付いて来れてないから悲鳴を上げてるってわけ」


 そんなこちらの頭の中の疑問に対して全く気付いていないはずのシャーラが的確な答えを返してきた。


 よく分からないがソラの体は急激と言える速度で成長しており、それがこの熱などの症状を引き起こしている、ということらしい。


「えっと成長痛って言葉の意味とかはよく分からないけど、それで結局私達はどうすればいいの?」


 そこでロゼが非常に良い質問をしてくれた。

 そうだ、原因など最悪どうでもいい。それに対してどうするかが分かりさえすればそれで。


「残念だけど特に何もないわ。時間が経過して身体が馴染むまで待つことしかできないもの。あえて言うのならしっかりと栄養を取らせてあげることくらいかしらね。それで安静にしてれば明日の昼までには回復するわよ」


 この発言に俺は信じて良い物か正直迷った。もしかしたらこいつは適当なことを言って俺達から金を巻き上げる気なので、と。


 けれどその考えは次の瞬間に吹き飛んだ。


  何故ならその時を見計らったかのようなタイミングで、グーという音が鳴ったからだ。それもこの場に居る誰もが聞き取れるくらいの大きな奴が。 


 その音の発生源が誰のどこかなんて言うまでもないだろう。


「……この分だと大丈夫そうだな」

「だからそう言ってるでしょ。それと今は体が栄養を欲している時だからたっぷり食べさせてあげなさい」

(いや、これまでもたっぷり食わせてたんだが)


 そこで俺はソラがあれだけ食いしん坊だったのは、もしかしたらこの体の急激な成長の所為だったのかもしれないと思い至る。


 どれだけ食っても決して太らないのに腹が減るという実に燃費の悪い身体だと思っていたが、それはどうもこういうカラクリだったらしい。


「ロゼ、金を渡すから適当に消化に良さそうな果物を中心に食べ物を買って来てくれないか?」

「いいけど、どれくらい?」

「……これで買えるだけ買って来てくれ」


 またしても鳴り響いた腹の虫の音を聞きながら俺はロゼに銀貨を五枚と食材を買うだけなら些か高過ぎる額を渡すのだった。

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