第三十八話 善は急げ
善は急げという諺があるように俺達は昇級試験の後で街に戻るとすぐに旅の支度に取り掛かった。
ちなみに今回は最初の旅ということもあって少なくとも次の街に着くまでは贋作に頼らないで行くことにした。
そうしないと俺の天職が使えない事態とかになった時に何も出来なくなってしまうから、そうならない為の練習のようなものである。
という訳で俺はポーやこれまで無断で贋作を作らせて貰った事のある店から重点的に買い物をさせて貰って旅の準備を進めた。せめてもの罪滅ぼしではないが何もしないよりはマシだろうと思って。
それに買った物ならいくら贋作を作っても気持ち的にも全く問題ないし。
「そう言えば前から疑問だったんだけど」
そんな時だった。ロゼがその疑問を口にしたのは。
「イチヤの天職で作った贋作って本人の意思次第で何時でも消せるのよね? それが食べ物で口にしていた場合はどうなるの?」
「その場合は消化具合で結果が変わるみたいだ。具体的に言うとまだ胃で消化されていていない場合はリストにも載っているからそれを消すことが出来る。だけどある程度消化されて肉体の一部になってしまった場合はリスト内から削除されてしまうんだ。つまりそうなったら削除は出来ないってことだな」
贋作を消す時の手順はリスト内に存在する対象の表示を消去することとなっている。だからそのリストから名前が消えてしまったら俺では手の出しようがないのだ。
これまでの傾向からすると果物などがリストから消えるのが早いことからそれは間違いない。そしてそれらは他の物でも言えることでもあった。
「ちなみに武器とかでも折れたぐらいじゃ大丈夫だが、砂状になるまで砕いたり炎で溶かしたりして原型を留めなくすると、それらの残骸が現実に存在してもリストからは消えてしまう。そしてそれらは俺の意思でも消去出来なくなるって訳だ」
どうも出現させた贋作を消すのにはある程度元の形を保っている必要があるようだ。だから消化されたり粉々にされたりすると別物となったと判定されて、俺の意思ではどうしようもなくなってしまうという事である。
もっともこれは悪い事ばかりではない。何故ならそうなった贋作はもはや贋作ではないからだ。消えなくなった贋作はもはやある意味では偽物ではないのだし。
「まああくまで消す事が可能ってだけでそのレベルに至ってない場合は贋作でもそのまま現実に残るみたいだしな。本来の形はたぶんこっちなんだろ」
そしてその存在を強引に消去しているのが『贋作者』のレベルⅨの効果ということなのだろう。所謂製作者の特権的な感じで。
もっともそれはレベルⅩで得られる能力も似たような物だが。と言うかこちらの方がむしろひどい気さえするぐらいだし。
「と言うか聞きたい事はそれだけでいいのか? 正直に言うと異世界の事とかもっと聞かれると思ってたんだが」
前に俺が異世界人で、だからメロディアは妙な感覚を覚えたのかもしれないという説明をしたのだが、それ以来二人から異世界の事などを聞かれた事は一度もない。
一通り自分の境遇なども話したしそれだけで済む問題ではないと思うのだが、何故か二人はこのようにいつも通りなのである。まるでそんな事など些細な事だと言うかのように。
「私はイチヤがどこの世界の人だろうと構わないわ。元の世界にも帰る気はないって話だし」
「私もイチヤ様にお仕えする身として同じ気持ちです。それにイチヤ様はイチヤ様ですから。なにより元気で居てくださるのなら何も問題は有りません」
「まあ、お前達がそれなら別にいいんだけどさ」
気遣われているのか、それとも本心から言ってるのかは未だに不明だが、こう言ってるのだし今はその意見を尊重するとしよう。別に話したところで何か意味があるという事も今のところはないのだから。
そうして他愛無い話などをしながら俺達が身支度を終えたのはその日の夜になっての事だった。
例のリュックサック以外の持ち物を嵩張らないように荷造りしていたら思った以上に時間が掛かってしまったのだ。
「早くマジックバッグとかの便利な道具が手に入ればいいんだけどな」
それは所謂アイテムボックスという空間を歪めて大量の道具などを収納できる便利袋の事である。
この世界にもそういった物はあるそうなのだが、如何せん高級品で滅多に市場に流れることはないのだとか。仮に流れてもとんでもない高額で取引されるとのこと。
と、そこでまるで俺達の準備が終わるタイミングを見計らったかのように来客がやって来る。それはオグラーバ達四人の事だ。
「聞いたぞ。近い内にこの街を出るんだって?」
「たった今その準備が終わったところだよ。この分だと今日は休んで明日の朝にでも出発かな」
既にデュークやその家族とは別れも済ませてあるし、ギルドにも一応別の街に行くことは報告してある。むしろ残すはオグラーバ達だけという具合だ。
「ここから行くとこと言えば、やっぱりフーデリオの街だよな。あそこは迷宮やギルドの規模もこことは比べ物にならないくらい大きいし、なによりこの辺りの交通の要衝ともなっている場所だしよ」
「デュークにもそこに行くと良いって勧められているからそのつもりだよ」
そこで高ランクの依頼を受けても良いし、それに飽きたら別の街へ向かえばいい。幸い交通の要衝と言われるだけあってそのフーデリオという街から行けるところはかなりの数に上るそうだし。
ちなみにこの街は非常に田舎の方に有る為、行けるところは非常に限られている。そしてより強さを求める冒険者が行くところとなると、そのフーデリオ一択しかないのだった。
他のところはポロン達の故郷のような小さな村とかばかりだし。ポロン達がこうしてそこから出てきたことを考えればそこに行く意味はないと言わざるを得ないだろう。
「……俺達もあと一つでD-に、一人前になる。そしたらフーデリオの街に行こうと思ってるんだ」
「そうか、それならもしかしたらあっちで再会する事もあり得るのかもな」
もっともそれは俺達がそこに留まればの話だが。今のところはそうするつもりだが予定は未定とも言うし、人生何が起こるか分からない物である。
「すぐに追いつくさ。そしてその時に改めてまた礼をさせて欲しい。その、スカルフェイスは勿論の事、それ以外の件についても」
最後のセリフはオルトロスの件を言っているのだろう。もっともそれは既にポロン達が倒した事となってしまっている以上は覆らないし、こちらも無理に覆すつもりもない。
だからこれはそれ以外の事で俺に礼をするとポロンは言外に告げているのだ。
「別に気にしなくていいんだが、まあ期待せずに待ってることにするさ」
そもそもスカルフェイスの件だけでも既に何度も礼は言われているし、それなりの報酬も貰ってあるのだ。あの件でギルドからポロン達に支払われた金のほとんどを俺に渡すということで。
それだけで結構な額だし、礼としてはこれで十分と言うのが俺の正直な気持ちなのだがそれではあちらが満足していないようなのはこの態度からも明らかだろう。
どうもオルトロスの件を横取りしたことを本気で反省しているらしい。命の恩人相手にやっていいことではなかったと言って。
「っと、忘れるとこだった。今日は旅立つお前に餞別の品を持ってきたんだよ」
そう言ってオグラーバが手渡してきたのはこの地方一帯の地形などが詳しく描かれている地図だった。この世界で地図は簡単な物でもかなりの高級品だったはず。
現にこちらに来てから世界地図を見れないかと店やギルドを見て回ったが、どこも置いてなかったくらいなのだ。
だからこれだけの物となればこの地方一帯しか描かれていないとしても相当な額なのは間違いないだろう。
「いいのか? こんな良い物を貰ってしまって」
「気にするな。それは俺の昔の持ち物で、今は家で使われることなく埃を被ってたもんだしな。むしろお前に使われてそいつも本望だろうよ」
との事なので遠慮せずに受け取っておこう。オグラーバからの折角の好意なのだし。
そうして最後にメロディアとの、
「色々とご迷惑をお掛けしてすみませんでした。それとありがとうございました」
「別に大したことはしてないさ。それよりもそっちも色々と大変だろうが頑張れよ」
という会話で旅に出る俺達に対する激励は終わり四人は去って行く。
調査は進められているが、今のところは何故スカルフェイスが現れたのかについて分かっている事はほとんどないと言っていい。
そしてそれはメロディアについても同じとのこと。
そういう意味では俺達よりもむしろポロン達の方がこれから先に困難が待ち受けていると言っていいかもしれない。とは言え俺もいつまでもそれに関わっている訳にもいかないのだ。
(あいつらはあいつらで何とかするしかないんだろうな。それが出来なきゃそれまでってのがこの冒険者の世界なんだろうし)
そうして関わった全ての人達にも別れの挨拶を済ませた俺達は翌朝、その街を出発する。
フーデリオという名の街を目指して。




