外伝 重撃のデューク
残酷な描写があります。ご注意ください。
俺は目的のならず者共のアジト近くまで到着した。連れである同じギルド職員のアーカードという男と共に。
「改めて確認するが本当に俺は見てるだけでいいんだな?」
「ああ、お前は事が済むまで隠れてこれから起こることを記録してくれるだけでいい」
アーカードの天職は『記録者』。自分が見聞きした情報を記録し、それを後で他人に伝えることが出来るという能力を持つかなり特殊な稀少職だ。
「アジトに居る奴らは基本的に皆殺しにするつもりだからな。後でその正当性を証明する為にもお前に記録しておいてもらった方が今回は都合が良い」
ちなみに正当性を主張できない場合や汚い手段を取るつもりの時はこいつを連れて行かない。下手に連れて行くと証拠を残すことになるからだ。
「それじゃあ今から記録を開始するぞ」
「頼んだ」
アーカードの瞳の色が茶色から緑に変わる。これが情報を記録しているという証だ。
つまりここからは不要な発言や行動はしてはならないという事である。
「これから手配書の盗賊であるモーリスとその一味のアジトへ奇襲を仕掛ける。目的は一味の殲滅及び人質の救出だ。なお、今回は人質の救出を最優先とする」
そうやって自分の目的も言葉にして記録させると俺はアジトの扉を蹴破って中に入る。既に罠などが無い事は確認済みだ。
「何者」
だ、という言葉を扉の近くに居た奴が発する前にその首を剣で落とす。
対人戦においてこうすれば反撃をくらう事はまずないからだ。下手に心臓などを狙うとその急所を貫いた後で反撃してくる奴も居なくもないし。
「ないとは思うが投降の意思がある奴は武器を捨てて跪け。ここでそうしない場合は容赦なく始末する」
案の定、どいつもこいつもこちらが俺一人だと思ったのか武器を構えて敵対の意思を示してくる。もっともこちらとしてもその方が好都合だったので一向に構わないのだが。
この程度の相手に小細工など必要ない。俺は近くにいる奴から順に接近すると両手で握った剣を振り降ろす。その一撃は敵が防御の為に掲げた剣を簡単に砕き、そのままその体を袈裟切りする。
二人分の死体の所為で辺りには強烈な血の臭いが充満している。もっともその前から醜悪な臭いがこの部屋には充満していたので、それを薄めるという点においてはむしろ願ってもないことだった。
(こういう臭いがする時は大抵碌でもない事になっているもんだしな)
ここに来て奴らは相手が逆らってはいけない相手だと気付き始めたのか腰が引けて怖気づき始めているようだ。だがそれは既に手遅れだと言わざるを得ない。
何故なら警告で終わる段階はとうの昔に過ぎ去っているからだ。
そして俺もわざわざ再度警告するつもりはない。そのまま何も言わずに次の獲物に肉薄すると構えた楯ごと一刀両断する。
もはやここまで来ると流れ作業の領域だった。
「ま、まさかその強烈無比な剣の一撃は【重撃】のデュークか!?」
「ふっ、随分と懐かしい名前だな。それにお前達がそれを知っているのも意外だったよ」
冒険者だった頃に呼ばれていたその二つ名は引退してから呼ばれる事は滅多になかったものだ。
だからそれを知っている奴らもほとんどいなくなっただろうと思っていたが、どうもこちらの予想よりその名は有名だったらしい。
「へー、あんたがあの【重撃】のデュークって人か。『剣士』って通常職でありながらCランクぐらいまで到達したっていう。確か今は冒険者を引退してギルドに飼われてるんだったか?」
そんな中でただ一人だけ平然と椅子に座ってぼんやりとしていた男がそう言ってこちらに歩いて近寄ってくる。先程までは襲撃者である俺を見ても興味なさげだったというのに。
「そう言うお前は誰なんだ? 一人だけ明らかに周りと毛色が異なるようだが」
他の奴らは悪人面ではあってもその纏う空気は何処まで行ってもならず者でしかなかった。
だがこいつだけは明らかにそうではないヤバい犯罪者特有の空気を発していたのだ。
「いやさ、俺は最近になってこいつらに雇われた護衛なんだよ。金払いが良かったから数日間だけその役目を請け負ってるだけでこいつらとは仲間でもなんでもない。残りの金さえ貰えればすぐにでもここを離れるつもりだしさ」
そう言いながら腰の両側にそれぞれ一本ずつ差していた内の片方の剣をゆっくりと引き抜いて行く。その動作にも隙はなく下手に仕掛けられない雰囲気を発していた。
「まあそう言う訳だからさ、死んでくれ。俺の金の為に」
その言葉と同時にまるで地面を滑るような動きで奴がこちらに肉薄してくる。と同時にその剣が下から振り上げられてきた。
咄嗟の反応で後ろに下がり躱したが、髪の毛の先がその剣に持って行かれていた。あと僅かでも退避が遅れていたら顔を真っ二つにされていたことだろう。
「ははっ、あれを躱すのか。やっぱり【重撃】って二つ名で呼ばれるのは伊達じゃないってか。でもどんなに重い一撃でもくらわなければ何も問題ないけどなっ!」
それから何度か剣を打ち合うが速度では相手側が勝っている。そして恐らく単純な剣技でもあちらが上であることが何となく分かってきた。
「やっぱり『剣士』じゃ限界があるみたいだな。剣の腕ではその上位職である『剣豪 レベルⅢ』の俺とはどうしたって埋められない差があるのは歴然だし」
「……そうだな。確かに『剣士 レベルⅨ』の俺とお前では剣の腕で埋められない剣技の差がある。それは認めよう」
「へー意外だな。そんなにあっさりと認めるなんて」
余裕のつもりか奴は攻撃の手を止めてニヤニヤ笑いながらこちらを見つめてくる。俺が諦めたと思ったのだろうか。もっとも好都合なので理由などどうでもいいが。
「まあ死ぬ覚悟が出来たのならこっちも楽だからいいや。だからそのまま動かずに斬られてくれよっ!」
そうして奴はその剣をこちらの首を狙って突き出して来る。その剣に対して俺はそれまで常に剣に添えられてきた左腕で防御の構えを取った。
防具など何もつけていないその腕で。
「バカが!」
その勢いからして、ただの肉体で剣を止める事など出来はしない。
どんなに頑張っても腕は貫かれ、恐らくは軌道を変える事も出来ずにそのまま首まで剣はやって来ることだろう。
もっともそれは普通の体だった場合だが。
現に俺の腕に当たった剣は金属同士がぶつかり合い甲高い音を立てると弾かれてしまう。そしてその腕には傷一つない。
「な!?」
「バカはそっちだったな」
そして俺は空いた右手とそこに握られた剣を容赦なく振るう。今回は一撃で仕留めるのではなく今回は相手の剣を持った腕を斬り飛ばすようにして。
何故なら右手だけでは首を一撃で撥ねるだけの力がないからだ。
「残念だがこっちの腕は冒険者の頃に失ってな。この通り昔から知り合いに作って貰った特別製の義手になっている。そしてそれからだよ、俺が【重撃】なんて妙な名前で呼ばれるようになったのは」
そもそもただの『剣士』が三十近くという年齢でC-ランクの冒険者になんて成れる訳がない。そういうのはイチヤのように肉体的にも天職的にも色々とおかしい奴らだけだ。
そしてなにより、ただ単に腕がいいだけの『剣士』をギルドが雇おうと思う訳がないだろうに。そう、この義手が有るからこそ俺はギルドに雇われているのだ。
しかもこれはただの義手ではない。まるで自分の肉体のように自由自在に動かせるし、それ以外にもこのバカ力など様々な仕掛けが施された特別製の一品だ。
俺は義手の左手に剣を持ちかえると片手を失い出血で動きが鈍った奴に向かってその剣を振り下ろす。それでもどうにか残ったもう片方の腕で腰に残っていた剣を抜き防御しようとしたのは流石『剣豪』と言うべきだろう。
だけどそれだけでは足りない。込められた力を増加させる義手によって放たれるその一撃は本来の俺の限界の数倍もの威力を誇るのだから。
圧倒的な力による一撃。それによって俺よりも剣の腕に優れていたはずの名も知らぬ『剣豪』は縦に真っ二つになっていった。
そして奴さえ倒してしまえば残りなど大したことはない。俺は我に返って逃げようとする奴らを一人も逃さずに仕留めていった。もちろん尋問して聞くべきことを全て吐かせた後にという条件付きだが。
そうして掃除を終えた後、俺は奥の部屋と向かう。そこに居るであろう人物達のことを半ば予期しながら。
(……むごいな)
そこに居たのは何人もの女性だ。しかも彼女達は残された衣服の切れ端から言って『修道女』やそれに類する聖職者系の天職を持っていると思われる人達だった。
こういう現場は何度か経験があるが慣れるものではない。そしてこの後に起こるだろう出来事についてもそれは同じだった。
「……この中に天職が変化してしまった人物は居るか?」
その言葉に何人かがピクリと体を震わせた。どうやらそうなってしまった人達が今回も出てしまったらしい。
そう、それは通常職『修道女』などの天職の持ち主がその純潔を失う事で『娼婦』という稀少職にランクアップしてしまうということだ。
天職が『修道女』であれば純潔を失っても事情を鑑みて各地の教会などが保護してくれるので最低でも奴隷などにならずに済む。だがその天職を失うどころか『娼婦』などの天職になってしまったらその限りではない。
そしてそうなってしまった人物達が進める道は天職が指し示す通りになってしまう場合がほとんどだ。
何故なら非戦闘職だった彼女達は戦う力もないし、冒険者になることも出来ないのだから。仮になったとしても先に待つのは大抵の場合が死だ。
「変われよ、デューク。ここから先は俺の役目だろ」
「……そうだな。すまんが後の事は頼む」
「気にするな、これが『記録者』としての俺の仕事でもある。とは言っても胸糞悪くなるのは避けられねえけどな」
そこで俺はアーカードに後の事を任せるとその部屋の外に出る。
『修道女』として敬虔に生きていた彼女達が『娼婦』というある種の間逆な生き方を受け入れられる場合はそう多くない。中にはそうなる前に死を望む人もかなりの数になる。
だからアーカードのような『記録者』はこれから先の事をこの場で説明し、その上でいくら説得しても死を望み続ける人が居た場合はその前に遺言などを記録してやることがあるのだ。場合によっては介錯をしてやることもあり得る。
「出来れば誰にも死んでほしくはないがな……」
折角殺される前には間に合って助けることが出来た命だ。俺もアーカードだって死んで欲しくないに決まっている。
けれどだからと言ってこれから先の人生を娼婦や奴隷として生きていくことを強要する事も出来ないのだ。なにより本人に生きる意志が無ければどうしようもないのだから。
そうして迷宮での異変を察知してあちらに向かうまでの間、俺は自分の無力さを思い知らされるのだった。




