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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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外伝 ポロンの苦悩 その2

「くそ! 思った以上に速いな!」


 既に数名を追いつくと同時に気絶させて、その後に転移陣のある部屋に投げ込んで強引に脱出させたのだが、それでもまだ先には何人も居るようだ。


 幸いなことに泥だらけの足跡が目印となっていたので姿が見えなくなってもその後を追うこと自体はそう難しくない。


 どの足跡も同じ道を同じ方向で進んで行っているからその数で残りの人数も把握できるし。


「これであと二人っと!」


 その頃には浅い階層はほとんど抜けてあのオルトロスと戦った場所に近いところまで来ていた。さすがにこの辺りだと俺の実力で一人は危険と言わざるを得ない。


 だけど残りたった二人なのだ。


(ここまで来て見捨てるなんて出来る訳ないだろ!)


 そんな思いで俺は足を速める。魔獣に遭遇しないことを祈りながら。


 と、そこで先の方で人の悲鳴が鳴り響いた。


「まさか!?」


 二人の内のどちらかが魔獣に遭遇してしまったのか、そんな焦りと共に全速力で俺は迷宮内を駆けていく。そしてもう一度悲鳴が上がった時、ようやく俺は彼らに追いつくことが出来た。


「はあ、はあ……お前、何をやってるんだ?」


 切れる息をどうにか整えながら俺はその人物に向かって声を掛ける。


 何故ならその金髪で小太りの男は残る二人と思われる人達の髪を掴んで拳を振り上げていたからだ。鼻血を出している人もいるし、こいつに殴られたとみて間違いないだろう。


「おお、ようやく使い物になる奴が来たか。そこのお前、早く俺を連れてここを脱出するんだ。ほら、金なら後で払ってやるから早くしろ!」


 非常に焦った様子でこちらを急かしてくるその肥えた男だが、その高級そうな服装などを見る限り冒険者だとはとても思えない。


 それに貴族のような金持ち独特の偉そうな感じのする態度。ここまで揃ってその単語が思い浮かばない奴はいないだろう。


「……お前がフィリップか?」

「なんだ、俺の事を知っているのか。だったら話は早い。ここを脱出すれば金はたんまり出してやる。貴族として嘘はつかないと約束しよう。だからほら、早く俺を連れて脱出を」


 そう言いながら髪を掴んでいた人を乱暴に地面に捨てるように投げたのを見て俺は考える前に動いていた。

 鼻血を流している人がやられたと思われることをそっくりそのままやり返してやる。


 即ちそれは奴のその顔面を容赦なく殴るということだ。


「げぽ!?」


 攻撃されると思っていなかったのかフィリップという男はそんな奇声を上げながら勢いよく地面を転がって行った。そしてそのまま止まると倒れたまま動かなくなる。


「何を気絶してるんだよ。お前には聞きたいことがあるんだ。起きろ!」


 人質の二人はこの状況でもまだ走り出そうとしたのでその場で気絶させて壁に寄りかからせておき、その後に平手で何度も奴の顔を叩いて強制的に目覚めさせる。


「メロディアをどうした? 今すぐ答えないとこんなもんじゃ済まないぞ」

「メ、メロディア? 誰だそいつは?」


 とぼけたのか、それとも本当に名前を知らないのか分からなかったがどちらにしてもムカついたので俺はもう一度、今度はその弛んだ腹に拳を叩き込んだ。


「うげえ!」


 吐きそうになったので俺はそいつを突き飛ばし仰向けになった腹を足で抑えながら改めて問い直す。


「お前が攫った『僧侶(ビショップ)』の女性の事だよ。イチヤって奴を脅す為にそうしただろ?」

「……あ、ああ、その女の事か。なんだ? もしかしてお前、あれに惚れていたのか?」


 全く見当違いな事を言い出すそいつに苛立ちながらも俺は訂正して問い続ける。


「違う、俺はメロディアの仲間だ。それで彼女は無事なんだろうな? 早く答えないと次はこの足を振り降ろすことになるぞ」

「ぶ、無事だ! 少なくともさっきまでは生きていたし純潔も奪ってない! 本当だ!」


 足を上げると慌ててそう言ってくるフィリップの様子から言って嘘は言っていないと思ってもいいだろう。俺は内心でホッと一息吐く。


 だがそれも束の間のことだった。


「で、でもどうせあそこに居る奴らは全滅する。だからあんな女の事なんて忘れて俺の脱出を手伝うべきだ。代わりの女なんていくらでも用意してやるし、その方がお前にとってぐぼ!?」


 ムカついたので発言の最中でも容赦なく足を振り降ろす。こいつの余計な発言を封じるのはこれが一番のようだし。


「全滅するってどういうことだ? お前が一人で逃げているってことはイチヤ達が優勢ってことじゃないのか?」

「た、確かに少し前まではそうだった。あの使えないゴロツキ共め。あんなあっさりとやられやがって」


 吐き捨てるようにいうその姿からしてそこまでは俺の予想と同じようだ。問題はその後に何が起きたのかだが。


「お、俺もよく分からんが、ならず者共がやられた辺りで急に魔物が現れたんだよ。確かC+ランクのスカルフェイスとか誰かが言ってたな。それで混乱が起きて俺は逃げて来たからそれからの事は知らない! 嘘じゃない! だから頼むから蹴らないでくれ!」


 睨みながら徐々に足を上げていくと焦った様子でその続きの話をしてくれるフィリップ。初めからその態度なら何度も蹴られる事はなかっただろうに。


(って、そんな事より魔物だって? しかもC+ランクの)


 本当にそんな化物みたいな奴が現れたとしたらそこに居る人達全員が殺されてもおかしくないかもしれない。

 あのイチヤという男だってオルトロスには勝てても、そいつにまで勝てるとは限らないのだし。


 ここで時間を浪費している場合ではない。そう判断した俺はもう一度フィリップの腹に一撃を加えた後に首を絞めて意識を落とす。


 こいつには多少苦しい思いをして貰いたいのとそう簡単に目が覚めないようにだ。逃げられたら困るし。


 とりあえず俺は縛る紐など持っていなかったのでフィリップの服を適当に斬り裂くとそれで手足を縛って体の自由を奪っておく。そして適当な部屋の中に叩き込んでおいた。


 ここまで魔獣が現れる様子もないし、ここに放置しておいても死にはしないだろう。それに仮に死んでも俺にしてみたら問題ないし。


 その後に急いで残っていた二人を脱出させると俺は先へと急いだ。ここまで来れば声が聞こえているから迷うこともない。


 その先で俺が見た光景は何故か魔物が居ると思われる方向に行こうとしている集団とそれを必死の様子で留めているロゼやソラといったイチヤの奴隷達の姿だった。


 どうやらここでもあの妙な状態になっている人が出ているらしい。しかも迷宮の外よりもずっとその数は多い。


「何やってるんだ!」


 容赦しても仕方ない事は分かっていたので俺はその集団の背後から突っ込むと片っ端から攻撃してそいつらの意識を奪って行く。


 手加減はしているしこの状況だから多少の怪我については目を瞑って貰うしかないし。


 その最中、俺はその集団の中で苦しそうに頭を押さえて蹲っているメロディアを発見する。すぐさま周囲の奴らを掻き分けて傍に駆け寄ると、


「メロディア、大丈夫か!」


 そう声を掛ける。幸いメロディアはあの変な状態になっている訳ではなくこちらの声に反応して顔を上げてくれた。もっともメロディアはメロディアで何かおかしなことになっているようだったが。


「ポロン、声が聞こえるの……」

「声って何の! てか話は後で今はここから離れるぞ!」


 半ば強引に集団の外まで連れて行くがそこでメロディアはよろけるようにして地面に膝を付いてしまった。

 捕まっていたし、やはり相当疲労が溜まっているらしい。


「あの子達の声が聞こえるの。助けて、置いて行かないでって哀しみと怨嗟の籠った声が……」


 普段と違って訳の分からないことを言っているメロディアを見て俺はついに我慢の限界を迎えた。


 だからメロディアのその頭に向かっていつもオグラーバにやられているように拳骨を落とす。もちろんその前に歯を食いしばることを言うのは忘れずに。


「そんな訳の分からない難しい事をバカな俺に言われても無理! だからそれを気にするのは後にしろ! 分かったな!」

「え、あ、うん……」


 拳骨が落ちたところを抑えていたメロディアはこちらの勢いに押されたかのようにして若干引きながら頷いている。

 どうやら少しはいつもの感じに戻ったようなので、よく分からないがよしとした。


「とにかく今はあの混乱してる人達を止めるぞ。メロディアもきついだろうけど手伝ってくれ」


 本当なら先に進んで魔物と戦っているだろうオグラーバやイチヤ達に加勢したい。


 でも今の俺の力では足手まといにしかならない事は分かっている。それはオグラーバに言われるまでもない事だ。


 でもせめてこの切迫した状況を改善するぐらいのことはやらないと。その程度の事をやれないようではこの先、俺は一人前になんてなれやしない。


「『福男(ラッキーマン)』だからって運だけだと思うなよ!」


 半ばヤケクソにそう叫びながら俺はその集団へと突っ込んで行き、反撃にあいながらも次々と暴走した人を殴り倒していった。


 もはや加減など特に気にすることなくだ。


 そうして結果的にその行動のおかげでソラという奴隷が自由になり、そのおかげでスカルフェイスが倒せるようになったと聞いた俺は久しぶりに自分の天職に――微妙な気持ちも有りはしたが――一先ず感謝するのだった。

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