第三十五話 天職に支配されたこの異世界で俺達は生きていく
ギルドでの話を終えた俺は宿屋の屋根の上で寝転がりながら一服していた。そう、先程のメロディアの話について考え事をしながら。
「ここに居られたのですね、イチヤ様」
「それでこんなところで何をやってるの?」
そこに屋根の上まで飛び上がって来たソラとそのソラに抱えられたロゼがやって来て俺の隣に腰を下ろす。
なので煙草を消した俺は上半身を起こすと二人の質問に答えた。
「さっきのメロディアの話についてだよ。それで二人はどう思った?」
その質問に対して二人の表情は一気に暗くなって不安そうになる。どうもこの様子だとあの話を与太話だと一蹴している訳ではなさそうだ。
信じているとまでは言わないが、少なくとも不安になるくらいには気にしているらしい。
「大丈夫だよ。俺はこの通り生きているんだからな」
メロディアが語った内容。それは中々に特殊で判り難いものだった。
そもそもメロディアの天職は『僧侶』と呼ばれる回復系の魔法を得意とする職業だ。それ以外には『修道女』などと同じように純潔を保つと全ての能力が著しく上昇するなどの特性もあるらしい。
そんな天職を持つメロディアだが、その天職では説明がつかない力を幼い頃から持っていたらしい。即ちそれは死者の声や姿が認識できることがあるというものだ。
稀少職の中では比較的数が多いとされる『僧侶』には治療の力に優れてはいるものの、そのような能力はない事が確認されている。
そして死者と干渉する力があるのは『退魔師』や『霊媒師』などの天職のはずだというのにメロディアにはそれらに似た力が有ると言うのだ。
思い返してみればスカルフェイスが暴れ始めようとした時にメロディアは「もうダメ!」と叫んでいたが、あれは俺達には聞こえていないような奴の声が彼女には聞こえていたからなのかもしれない。
もしかしたら今回のスカルフェイスは私のその力の所為で生まれたのでは、それがメロディアの考えだった。そしてそこまで語ったメロディアは他の事についても言及していた。
その中にはどうして俺に付きまとったのかについての話が有ったのだが、その内容はこちらからすれば何とも笑えないものだ。
何故ならメロディアが俺に抱いた印象は死者に感じるものにとてもよく似ていると言うからである。
つまりメロディアは俺の事を死者かそれに類する物ではないかと疑っていたらしい。例を挙げるとゾンビとかゴーレムとかそんな感じの奴らの事だ。
(確かに死に損ないだった事は否定できないけど、流石にゾンビと同じ扱いとはひでえよな)
どうしてメロディアにそう見えたのかについての原因は未だに判明していない。異世界からやって来たこの世界の存在ではないからか、それとも別の原因があるのかも不明だ。
「イチヤ様は死者などではありません。こんなにも温かいのですから」
「そうよ。そもそもこんなはっきりとした自分の意思を持ったゾンビやゴーレムが居る訳ないもの」
二人が左右から俺の手を半ば縋るように握ってくる。その触れ合った手は温かい。それだけで自分は確かに生きていると信じられるくらいに。
あの独りの病室では決して得ることができなかった安らぎとでも言えるものがここには確かに存在していた。少なくとも俺はそれを感じていたのだから。
それだけで俺は自分が死者やそれに類する存在なのではないかという疑念などが半ばどうでもよくなってしまう。それでもこうして普通の人間のように生きていられるのなら問題ないのだから、と。
見上げれば星が瞬く空が視界に一杯に広がっている。都会では見られないような絶景で、当然のことながらその星の数々の配置は元の世界とは違っていた。
(この世界や天職、そしてそれ以外の事でもまだまだ分からないことだらけだ。そもそもスカルフェイスの件が本当にメロディアの事だけが原因だったのかさえ怪しいし)
オルトロスにスカルフェイスという本来なら滅多に現れることのない魔物の相次ぐ出現に加えて俺という異世界からの来訪者。明らかにそれらは普通の事ではない。異常事態と言っていい。
そしてそれらのどれが原因でどれが結果なのか今の俺には判断できない。
一体この先で何が待ち受けているのか。
それを知る存在が居るとすれば、それこそ未来を見ることが出来るという『予言者』か、あるいは俺をこの世界に送り込んだあの老人だけだろう。
「そうだな、こうなった以上は俺がどうしてこの世界に来たのかも知らないままでは居られないか」
何かがあるのならその為の準備が必要になってくるかもしれない。それを怠ってまた理不尽な目に合わされるのはもう二度と御免だ。
俺は決めたのだ。
もう誰にも理不尽に奪われないと。
この世界で自分の人生を歩むのだと。
「……二人に聞いておいて貰いたい話がある。俺の正体というか存在についての話だ」
そうして俺は話し出した。自分がどうして、どうやってこの世界に来たのかについて。
そして元の世界でどういう風に生きてきたかなどの自分の事に関する思いつく限りの全ての事を。
俺は、俺達は生きていく。
そう、たとえこの世界が天職というものに支配されていたとしても、それに抗い自分の人生を歩んでいく。
その邪魔をする奴は誰であろうと許さずに。
そんな俺の決意に反応するかのように頭上で一筋の流れ星が流れていくのだった。
これで一つの話の区切りとなります。
残った謎の数々についてはこの先で徐々に明かされていきますのでそれまでお待ちください。
ここから二話ほどでデュークとポロンの話をやった後に職業一覧のようなものを載せるつもりです。
その後に本編を再開する予定ですので、これからもよろしくお願いします。