第三十三話 可燃物の恐ろしさ
腕が治ったところの記述を付け加えました。
魔法を使うのには魔力を必要とする。だから魔力が空になれば魔法は使えなくなるのは当たり前の事だ。
(くそ、あと僅かだと思うんだけどな)
ソラの魔力が限界を迎えつつある中、スカルフェイスもまたギリギリのところまで来ていた。
復元しても体中に入っている幾つもの罅が隠し切れなくなっているし、既に片腕は元に戻らなくなって欠けたままだ。この分だと今までの感じから考えてあと数回ソラの炎で焼けば倒せるのではないだろうかと思う程である。
だが、そのソラも火の玉を一発放つのがやっとという状態だった。
「どうする? ここまでダメージを与えたことだし、時間稼ぎも十分だろう。最悪はこのまま逃げるって手もあるが」
そのオグラーバの提案は一考する価値があるものだった。確かにこれだけ弱っていれば先程のように床から飛び出て来るとかいう無茶苦茶な追い方は出来ないと思うし。
でもそれは確実とは言えない。だから逃げるにしても最後にしばらくは動けないような強力な奴をお見舞いしてからにするべきだろう。それにここまで来て倒せないで終わるのは損だ。
(ここまで苦労を掛けたんだからマナを貰わないと割に合わないしな)
こいつの所為でこれまでコツコツと蓄えていた贋作をそれなりに消費させられてしまったのだ。それを考えればこいつを倒してそのマナを得るぐらいはしておきたいというのが正直な所である。
(後一発の火球で奴を倒し切るには……)
この迷宮という場所、そして自分の手持ちの贋作などを頭の中で思い浮かべて可能性を探る。そしてふと思い付いたその作戦は我ながら色々とぶっ飛んでいると言わざるを得ない作戦だった。
敵を倒せるか、そして本当に大丈夫なのかなどについての保証などない。その上でぶっつけ本番なのだからもはや無謀と言っていいかもしれない。
でもそれが成功すればスカルフェイスを倒せるし、仮に失敗しても俺達が逃げる時間は稼げるはずだった。
「二人ともよく聞いてくれ。これから二人にやって貰いたい事を話すから」
大まかな作戦の概要と二人にして貰いたい行動を伝えた辺りでそれまで燃え盛る炎に呑まれていたスカルフェイスがその中から這い出てくる。
ちなみに俺達がどうしてこんな風にのんびりと話していられたかというと、ああやって炎で燃やされている最中は下手に手を出さない方が与えるダメージの量が多いようである事に気付いたからだ。
でなければこんなのんびりはしていられないし。
「とにかく頼んだぞ。それと二人はやる事をやったらすぐに逃げてくれ」
「分かりました」
「俺もだ」
質問している暇がない事を分かっているらしい二人の了承の返事を聞きながら俺はスカルフェイスに接近する。そしてまたその身体を片手で振りまわした巨人の斧で打つ。
ただし今度はとある場所付近に奴が行くように狙いを付けて。
その場所とは初めて俺がこの世界に来てオルトロスと戦い、そしてその後の崩落に巻き込まれて階下へと落下していったところだ。
(よし、ここで間違いないな)
片手で加減が難しかったこともあり若干の誤差はあるかもしれないが、多少なら問題はないので俺はこのまま行くことにする。そこで俺は更に持っていた巨人の斧を振りかぶると先程と同じように全力で振り降ろす。
もっとも今回の主な狙いはスカルフェイスではなくその下の床の方だったが。
その一撃によって叩き潰されながらスカルフェイスはまたしても空いた穴の中へと吸い込まれていくが、今回はその後を追って俺もその穴の中に飛び込む。
そして俺が奴の上に乗る体勢のまま懐かしい場所へと落下を果たした。
それと同時にこの距離でも狙い過たずに放たれたオグラーバの魔法がスカルフェイスの体を縛り上げてその自由を奪う。完璧なタイミングだ。
ここまで来れば後は簡単だ。俺はすぐさまスカルフェイスの上から離れると急いでこの小部屋と外の通路の繋ぐ唯一の扉へと走る。それと同時に二つのある贋作を大量に出現させてその場に穴を開けながら落としていく。
地面に落ちるとカラカラと音を立てて転がっていくそれらは通常なら武器にはなり得ないものであるが、物は使いようという言葉があるように状況や場合によっては強力な武器になるのだ。
そう、例えばこの小部屋のように狭くて空気が簡単に閉じこめられてしまう場所とかなら特に。
「今だ!」
扉の所まで来た俺は今にも閉じそうとしている穴を通じて遥か上に居るはずのソラに向かって叫ぶと、最後にもう一度だけ出現させたそれらをスカルフェイスに向けて射出したら扉の外へと退避する。
そして扉をしっかりと閉めた次の瞬間、凄まじい爆発音と共に扉が開かないように踏ん張っていた俺の体に衝撃が襲い掛かる。それこそダンプカーにでも轢かれたのではないかと思うような衝撃が。
そんな普通の人間なら成す術がない衝撃に対して、俺は歯を食いしばりながら強化された体でどうにか耐え抜こうとする。だがそう出来ていたのはほんの一瞬だけで、すぐに扉ごと背後へとぶっ飛ばされてしまった。
どうも威力を測り間違えていたようである。いや、もしくは贋作の量を間違えたか。
ここまで来れば分かる通り俺があの場に残してきた二つの贋作とはライターと制汗剤の二つだ。ライターに関しては特に説明は必要ないだろう。中に入っていたオイルは炎で引火するのは誰でも分かるだろうし。
そしてもう一つの制汗剤にもオイルではないがそれに近い性質を持った物質が中に入れられている。即ちそれは可燃性のガスだ。
それら二つが充満した部屋で着火すればどうなるか、その答えがこれだ。
「まさに火の海だな」
体の上に乗っていた扉をどかして見たその小部屋の中は爆発と炎によって蹂躙され、見るも無残な状態へと成り果てていた。そしてその中に居たはずのスカルフェイスの残骸らしきものが部屋の中に転がっている。
と思ったら、そいつがピクリと動いた。
(嘘だろ、まだ生きてるってのかよ)
もっとも奴も虫の息のようでプルプルと震わせながらこちらにその手を伸ばそうとして、指先から灰となって崩れ落ちていく。
「イタイ、コワイヨ。ダレカ、タス……ケ……テ」
そうして最後までそんな風に誰かに助けを求めながらスカルフェイスはみるみるうちに崩壊していき、そして数秒後には灰だけしかそこには残っていなかった。
「……倒したんだよな?」
恐る恐る辺りを確認するが特に何かが起こることはない。強いて言うのなら奴が消えてから呼吸をする度に何となくだが体に力が漲る感じがするぐらいだろうか。
今まではその量が少なかった所為か実感が湧かなかったが、恐らくこれがマナを摂取したということなのだろう。
とりあえず折角のマナなので俺は深呼吸を繰り返してなるべく多くを取り込もうとする。
そこで動かなくなっていた片腕が徐々にその感覚を取り戻し始めている事に気付いた。それと同時にあの黒い靄のようなものが段々と薄くなって消えていく。
どうもスカルフェイスが倒された事でこの呪いような物は維持できなくなるようだ。
俺はホッっと安堵の息を吐き、そしてそれが終わったら、
「さてと、敵を倒したのなら脱出するか」
地図もあるし、そもそもここは一度来た事のある場所だ。
だから脱出する為の転移陣がある場所も把握済みである。上に居る二人も役目を終えたらすぐに逃げるように言ってあるし、このまま合流地点へ向かうとしよう。
元に戻った片腕に違和感などが無いかを確かめながら俺はその先へと足を向ける。
こうして俺は予定外の事態に遭遇しながらも、どうにか無事に脱出する事に成功するのだった。




