第三十話 スカルフェイス
こちらとあちらを分断していた炎の壁が消えたことで俺の目に入ってきた光景は本来ならあり得ないものだった。
何故なら予定では俺がならず者を制圧している間にロゼ達が人質になっていた彼らを最低でも部屋の外に退避させるはずだったからだ。だからソラの声が聞こえた時もそれが終わって戻ってきたのかと思った。
だけど現実には何故か彼はその場に留まっていた。それどころかそのほとんどが苦しそうに頭を押さえながら呻いており、その体からは黒い何かが湧き出ていた。
それはメロディアも例外ではない。
いや、それどころか俺に倒された奴らや何もない床の隙間などからもその黒い靄は溢れ出している。一つ一つは少なくとも、それだけの数があればその量は尋常なものではない。
そしてその黒い靄のような何かは空中のある一点に集まっており、そこでどんどんその大きさを増してきていた。そして段々とある形を模っていく。
そう、まるで人の形を。
「一体これは何なんだ?」
「分からん。だがただ事ではないのは間違いなさそうだ」
これが何なのか分からないが、とりあえずソラ達三人が無事なことをその近くまで行って確認した俺はホッとする。
特にソラは天職のこともあってここで何かあると不味いからだ。
「とにかく急いで脱出しよう」
オグラーバ達もここにいるのは危険だと判断したのか動こうとしない人達を抱えて部屋の外に運び出してはいるものの人数が多過ぎて明らかに間に合っていない。
俺も協力してどうにかほとんどの人達を部屋の外に退避させることに成功した時にはその黒い靄は完全に形を持って顕在化していた。
真っ黒な人間大のマネキン、端的に言うのならそう表現するのが的確だろう。
ただその顔には目はおろか鼻や耳さえも存在せず、歯のない口だけと言うかそれに似た亀裂があるだけだった。それ以外は真っ黒な靄が人の形を模っているだけだ。
その姿と気配を認識した俺はある存在を思い出していた。そいつと外見は全く違うのにその雰囲気というか発するプレッシャーがそっくりだったからだ。
もっともこいつの場合はその存在よりも遥かに強い圧力を放っていたが。
「この状況と気配に既視感を覚えるんだが俺の気のせいか?」
「奇遇だな。最悪なことに俺も同じだよ」
オグラーバも同じとなるとどうやら勘違いという可能性はなさそうだ。今のところ立ったままで何も動きのないそいつと俺は対峙する。
恐らくこの場でこいつに対抗できるのは俺だけだから。
いつ相手がこちらに襲い掛かってくるか、最後の人達を避難させているロゼやソラを守るようにしながら俺が警戒しているその時だった。
「タス……ケ……テ」
そいつの口から音が漏れたのは。
いや、それは途切れ途切れで無数の声が重なったような音で聞き取りにくかったが確かに助けてと言っていた。
「……お前、話せるのか?」
だとすれば話し合いで済む可能性は零ではない。
例えそれが無理でもこうして話せば時間を稼ぐことができるという判断の元にその声に答えると奴はゆっくりとだが言葉を発してくる。こちらとの会話を試みるように。
「ハナ、ス?」
「そうだ。こっちの言ってることが理解できるのかって聞いてるんだ」
「リカイ?」
段々と発する言葉が滑らかになってきている。
このまま会話でどうにかできるか、そのあり得ないと思われた可能性が出てきたのではないか俺が考えた時、逃げたはずの人質の一人が何故かロゼ達の避難誘導を無視してこちらに戻ってくる。
「お前は何をやってるんだ! さっさと逃げろ!」
だがその女性は俺の言葉なんて聞いちゃいなかった。そしてその眼は黒い奴にしか向けられていない。
「聞こえる、あの子の声が……」
どこか夢現な様子でそんな言葉を呟いた女性は制止の為に俺が掴んだ腕を振り解こうともがく。
いい加減しろ、その言葉を発する前に奴の言葉がその女性に向けて発せられた。
「オカ、ア……サン?」
「ああジョアン! ジョアンなのね!」
その言葉を聞いた女性は子供の名前らしきものを叫んで奴に駆け寄ろうとする。
もちろんそれを許す訳にはいかないので俺はその体を羽交い絞めのようにして止めるが、先ほどよりも抵抗がひどくなった。
「行かせて! あの子が、私のジョアンが呼んでるの!」
「バカ! あれのどこかお前の子供なんだ! どう見ても人間じゃないだろうが!」
それに生きている人からの靄は無くなった今でも未だに床や壁の隙間や、ならず者の死体などから発生する黒い靄があいつに吸い込まれるようにして集まっていっている。
あれが何なのか分からないだけでも近寄らせるわけにはいかない。
(ソラ達は……くそ、あっちも似たようなもんか)
背後を一瞥すると他の三人もこの女性と同じような人を食い止めているので精一杯のようだった。それでも三人でどうにかして部屋の外へ強引に連れ出しているが、こちらに来るまではまだ時間が掛かりそうだ。
どうにかしなければならない。だけどどうすることもできない。
(あれは本当に死んだ人の魂が集まっているのか? それともそう思わせて獲物を誘い出す罠なのか?)
今のところ奴が動き出す気配はない。その場に立ち止ってただ言葉を発するだけだ。
「タスケテ、オカアサン。コワイ、コワイヨ」
ただそれも徐々におかしくなっていく。何というか時間が経過すればするほどその言葉に狂気が宿っていっているのだ。
現に奴も頭を抱えて苦しそうに体を屈める。
「クラクテコワイヨ。ドウシテコンナコトスルノ? イタイヨ。ダレカタスケテ。タスケテ! ドウシテ! イヤダ! ヤメテヨ! オカアサン、ドコニイルノ!?」
何人、あるいは何十人もの人の声が重なったようなその声は先ほども聞いた怨嗟の声だった。
このままでは不味い、事の詳細は分からなくともそう感じた俺の考えを肯定するように、
「もうダメ! 逃げて!」
メロディアの悲鳴が響く。そしてそれを合図にしたかのように奴の体に変化が起こる。
それまで人型になってはいたものの靄のままだった黒いそれがギュッと圧縮されるようにしたと思ったら、鈍い金属のような物質へと変化する。
それはあっという間の変化で、ほんの一瞬の間に奴の体の全てがその金属のようなものに変化していった。
そして現れたのは人の形をした真っ黒な鎧だ。ただしまるで異なる鎧のパーツを無理矢理組み合わせたかのように歪で、前衛的な芸術家が作り上げた奇妙なオブジェのような状態だった。
もはや先ほどまでの綺麗なマネキンのような姿など見る影もない。
残っている特徴は能面のように口しかない顔と
「イヤダ! タスケテ! コワレロ! ゼンブコワレテシマエ!」
そこから発せられる怨嗟の声だけだった。
「ス、スカルフェイスだと!? バカな! こんなところでこんな魔物が現れるなんてあり得ない!」
その変化した奴の姿を見たオグラーバはそんな驚愕の声を上げる。その言葉からしてどうやらこいつは相当不味い敵のようだ。
「気をつけろ、イチヤ! そいつはC+ランクの、オルトロスよりも遥かに強力な魔物だ!」
こうしてそのC+ランクの魔物、スカルフェイスは慟哭の声を上げながらその場に降り立ったのだった。
活動報告でも書きましたが、この作品が日刊ランキングの一位になることができました。(今は二位かな?)
これもすべて読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
最後に宣伝ですが「スライム転生物語」という私の別の作品も日刊ランキング百位くらいに来ているそうなので、宜しければそちらの方も読んでみてください。
更に宜しければ「代理勇者」の方もよろしくお願いします(笑)




