第二話 贋作者(フェイカー)
しばらく落下が続いたところから察するにかなりの距離を落ちたのだろう。それを俺は地面に落下した衝撃で思い知らされることとなった。
「ぐっ!?」
またしても凄まじい衝撃が体を襲う。だがそれでも骨が折れた様子がないのだから笑えてくるというものだろう。一体どれほどこの体は強化されたのかと。
ただその代わりなのか落下の途中から段々と頭が痛くなって体も重くなっている感じがする。強化された事による反動が今になって来たのかと思っていたのだが、それは次の瞬間に間違いだったことがわかった。
「「選択された天職『贋作者 レベルⅩ』のインストールが完了しました。これにより全工程を完了します」」
その誰の声とも知れぬ無機質なアナウンスが頭の中に流れたと思ったら、次の瞬間には
大量の情報が頭の中に流れ込んできた。そう表現する以外ないように頭の中に直接それについての事が入って来るのである。
その最中に俺はある事を思い出して。あの老人との会話で特殊の力を手に入れるとしたら何が良いかと聞かれて答えた時の事だ。
もっとも俺はその時は信じていなかったので何でもいいと言っていたこともあり、結局は向こうが幾つかの候補を上げてきたのを選ぶ形となったのだったが。
『剣聖』やら『大魔導師』などやたら仰々しいものから『主人公』や『手品師』といった変わった職業の中で俺が適当に選らんだもの。それこそがこの『贋作者』だ。
それを選んだ理由を強いて挙げるとするならば贋作という単語が何故かその時の俺にとって妙に面白いと同時に気に障ったからだろうか。
あの時は自分の惨めな人生こそが何よりも贋作、紛い物のようで笑うしかないと思っていたから。そして今の自分が本物などと思いたくもなかったから。
「はあ、はあ」
そうして頭の痛さも体の重さも無くなった頃にはその『贋作者』能力について俺は大まかなところは理解していた。
その能力を簡単に言えば生物以外なら限りなく本物に近い、あるいは本物と全く同じ贋作を作り出せるというものだ。ただ一点、それが決して本物ではなく偽物であるという事を除けば。
もちろん贋作を生み出す為には色々と条件や制限などがあるようだ。それも色々と頭の中に入って来ているので追々確認するとしよう。
そう思いながら立ち上がると先程よりも更にほんの僅かだが体が軽くなって力が湧いてくるのに気が付く。どうやら最後のインストールで肉体にまた少しだけ強化が施されたらしい。
(これが戦闘職だったならあるいはもっと強化されたのかもしれないな)
初めの強化が異世界に来た時のもの。そして今回のものが職業補正による強化といったところだろうか。それなら『贋作者』という明らかに非戦闘職だから補正が僅かなのにも説明が付く。
(まあいい。とにかく今はここを脱出するのが最優先だ)
今の俺の持ち物は破れて使い物にならなくなった服だけ。
強化された肉体がどれだけ持つのか分からないが、ずっと食事も水も必要としないとは思えない。
こんなところでジッとしていて救助が来るとは考え辛いし、動ける内に脱出は無理だったとしてもそういった物の確保ぐらいはしておきたかった。
周囲の様子を眺めてみるが上と同じように松明が灯されているだけでそれ以外に気になる物は特にない。あえて言うのなら扉があることくらいか。
どうも部屋の大きさからして俺はどこかの小部屋に落とされてしまったようだ。
そして自分が落ちて来た天井を見上げてみると、その穴は確かにあったのだが徐々に塞がって行っていた。まるで時間を巻き戻しているかのようにゆっくりとだが確実に。
「これだと来た道を戻るってのは止めておいた方がいいか」
どんな現象なのか分からない以上は放っておくしかない。異世界の事を全て俺の常識や知識で説明出来る訳がないのだから。
だから考えるべきなのはそれが現実として起こっており、その影響がどんな物かという事だろう。
今回の事で言えばこの穴が塞がるという現象があり、それに巻き込まれたらどうなるか分からないという事だ。仮にその中にいたら復活した壁に呑み込まれて即死、なんて可能性もなくはない以上無理をする訳にはいかない。
(って、さっき感覚だけで突っ込んだ俺が言える事じゃないかもな)
もっとも先程はいきなりの事態の連続に些か冷静さを失っていたからという面があった事は否定できないが。我に返ったここで同じことをやれと言われたら今の俺は躊躇するに違いない。
となると残る選択肢は扉の方から進むしかない。その先が出口に繋がっている保証はないがだからといって他に選択肢がある訳でもないのでそうするしかないだろう。
「とりあえず進んでみるか」
鬼が出るか蛇が出るか。そんな言葉を思い浮かべながら扉に手を掛けてゆっくりと開いていくと、その先には通路が続いているだけだった。一先ずこの段階ではそういったものは登場しないらしい。
その事に安堵していると頭に何かが降って来た。それなりの衝撃を与えた後に地面に落ちたそれは、
「……ああ、そう言えばそんなことも言ってたな」
てっきり瓦礫か何かかと思ったが、地面に落下したそれを見て俺は思わず笑みを浮かべる。
そう言えば『贋作者』という職業を選択したに当たって異世界に何か持っていきたいかと聞かれたので携帯とか冷蔵庫、あるいはふざけて拳銃や爆弾などと答えて軒並み却下されていた中で持って行ってもいい物があったっけ。
ちなみにその落ちて来た物とは黒一色のリュックサックだ。それも山登りにでも使うかのようなかなり大きめの。
恐らくはその中に許可が出された物が詰まっているのだろう。もっともあの時は信じていない事もあって適当だったから何が入っているのかまでは覚えていないが。こんなことならもっと真面目に答えておくのだった。
「まあそれは今更だな」
嘆いても今更どうしようもないのでそれは諦めることにして、先に進むのは一旦止めにした俺は扉を閉めるとその中身の確認に移る。
「歯ブラシに剃刀。これはシャンプーにコンディショナーって入浴セットかよ。服や下着が何着か入っているのは助かるな」
それ以外にも水の入ったペットボトルにタオルやティッシュなど基本的にはどこか旅行をする時のような持ち物一式が大体揃っている。恐らくそれらは病室で目の入る物を挙げていったからでもあるのだろう。
勿論の事それ以外にも奇妙な物もあったが。インスタントラーメンとか貯金箱とかホッチキスとか卓球のラケットとか本当に色々と。
(ラケットがあってもなあ……。まあ本当に適当に思い付いた物をひたすら挙げてたからな。家にある物とか適当に答えもしたし、訳の分からない物があっても仕方ないか)
そしてその中でも俺がもっとも気になったそれを手に取ってみた。
「……どうせならライターだけでも良い物を頼めばよかったな」
煙草とライターが一つずつ。それもライターはコンビニで売っているような安物だった。
一先ず一服しようとフィルムを開けようとして、そこで俺は思い止まる。
そしてそれらを持って早速手に入れた能力を使ってみた。
「贋作や偽物だとは思えない出来だぞ、これ」
そうして俺の手には本物と全く変わらぬ贋作があり、そっちの方を開けて吸っても特に違いなどはわからない。ライターの方も何時もの同じような使い勝手だ。
どうやら本物に限りなく近いという言葉は嘘ではなかったらしい。少なくとも俺には贋作が贋作である点を指摘する事は無理そうだ。
とりあえず俺はその贋作の一本を吸い終わるまで天井を眺めながら心を落ち着けることにした。
丁度その一本を吸い終わる辺りで穴がほぼ塞がるのを見届けながら。
持ってきた持ち物については少し先で載せる予定です。