第二十八話 世界の秘密の断片
理不尽な事故により全てを失った俺が降り立った異世界で初めての場所。
そしてオルトロスという化物と戦い、メロディア達を救ったその場所に奴らが待ち構えていたのはある種の運命だったのだろうか。
「ふん、久しぶりだな」
そこで相変わらず偉そうに踏ん反り返っているボンボンが俺に声を掛けてくる。どうやらその様子からすると俺達がここに来ることは既に知っていたようだ。
そしてその背後には例のならず者と思われる集団が居た。その数おおよそ五十と言ったところだろうか。その中にメロディアの姿は見えない。
そこで俺はこちらの代表である事を示すように前に進み出ると早速用件を切り出す。
「こっちの用件は分かってるだろ? 誘拐したメロディアを今すぐに返せ」
「何の事だが俺にはさっぱり分からんな。なあ、お前達もそうだろう?」
わざとらしさを隠しもせずにそいつらは肯定の返事をする。茶番にも程があった。
「白々しい演技は止めてさっさと要求を言えよ。まあどうせ金が欲しいだけだろうがな。折角手に入れた大金を無くしたようだし」
「……ふん! それが分かっているのなら話は早い。用意した金もあるようだしさっさとそれを寄越せ。そうすればあの女が無事に帰って来るかもしれないぞ?」
あくまで自分達は知らないという体裁で行くらしい。それに付き合って押し問答を続けてもバカバカしいので俺は用意しておいた二つの袋をボンボンに向かって投げつける。
「前回の倍、金貨二百枚だ。これで文句はないな?」
「ああそうだな。これだけあれば十分だ」
その袋を開けて金貨がぎっしりと詰まっている事を確認したボンボンは喜色満面の笑みでこちらを見てくる。
余りに嬉しそうにしているので少し哀れになる程だ。
「どうやらお前は平民にしては話の分かる奴のようだ。そしてこれだけの金を用意できるところから見て資産も相当なものだろう。どうだ、俺に協力してみないか? お前がその財力をこちらに与えてくれるのなら俺達はここら一帯の地域を手中に収められるぞ」
「それはどういう意味だ?」
財力だけでそこまで言い切る自信はどこからくるのか。
それについては次の言葉で説明された。
「本来これは貴族だけしか知ってはならない情報なんだが、特別にお前には教えてやろう。この世界において我々のような人族やエルフ、それ以外にもドワーフなどといった人類種が支配している土地にはある特殊な仕掛けが為されているんだ。と言うよりもその仕掛けがあるから人類種はその土地を支配していられると言うべきだろう。魔獣や魔物という圧倒的な脅威さえ退けてな」
「脅威を退けているって話だが俺にはそう思えないな。この辺りにだって魔獣は腐るほどいる。だからこそギルドに討伐依頼があるんだしな。それのどこか脅威を退けていることになるんだ?」
前に周辺一帯の地形を記した地図をデュークに見せて貰った時の話だが、そこでここら一帯も人類種が支配する土地だという話は聞いていた。
だからここはその支配地域でないことはあり得ない。
「もちろんその仕掛けを持っていても完全にとはいかない。ある程度の取りこぼしは出てしまうらしい。もっともその取りこぼしは比較的弱い奴らに限定されるようだがな」
「つまりその仕掛けが無かったらここら一帯はもっと強い魔獣で溢れ返っていると?」
「その通りだ。平民にしては理解が早いじゃないか」
既に家を追い出されたお前も貴族ではない筈だろうがと思ったが、それを言うとこの話を中断しそうなので止めておいた。
デュークにも聞いたことがない内容だし正直この話には興味が湧いたから。
「詳しい原理などはまだ俺も知らされていない。そもそも本来この事を知ることが出来るのはその地域を治める爵位を持つ貴族だけだからな。ここで言うのなら現男爵であり俺の父親でもあるバイエル・キーリス・コースターとなる。もっとも後継者である長男などには知らされる場合もあるらしいが」
なお三男であるはずの元ボンボンがそれを知ることが出来たのは長男が病弱だった為に二男か三男に後を継がせる話になったからだそうだ。
(場合によってはこいつがすんなりと後を継いでたって言うのかよ。絶対碌な事にならなかったろうな)
こうして追い出されてくれて本当に助かったことだろう。主に男爵が治めている地域にいる領民とかが。
「それで結局その仕掛けとはなんなんだ? 魔獣や魔物を退けるのは分かったけど、それ以外に具体的な事は何も伝わって来ないんだが」
確かに少し不思議ではあったのだ。どうしてこの辺りは魔獣だらけなのにこんなにも平穏なのだろうかと。人が多く集まる街には魔獣にとっての食糧だって大量にあるはずだし、もっと頻繁に魔獣が街の傍に現れてもおかしくはない。
でも実際には街やその周囲に魔獣の類が現れる事は滅多に無い。少なくとも俺がこの街に来てから一度もそういう事は起こってはいない。
その解答として元ボンボンの言う仕掛けとやらの存在がある事はおかしくはない。むしろ話の流れから考えても自然と言えるだろう。
だからそれについては今のところは疑うつもりはない。
(だけどそれだけでここら一帯を手中に収められるとは言えないわな)
だからこいつが断言する理由がまだあるはずだった。
「その仕掛けは古代の遺産だと言うが、まあそれもどうでもいいことだな。一番の問題はその仕掛けに認められた者こそがこの地域一帯を治める権利を与えられるという事なんだよ。そしてその権利を与えられた者達こそが貴族という特権階級たる存在の正体だ。逆に言えば貴族や王族達はその支配権があるからこそ、そういった存在でいられるというわけだ」
「……いまいち要領を得ないんだが、分かり易く言えば金さえあればその仕掛けからお前は土地の支配権とやらを得られる。そしてそれさえあればこの土地を好きに出来ると。こういう事だな?」
「そうだ。そしてその時こそ俺が父親に代わってこの土地の支配者としての称号とも言える天職『貴族・男爵』を得られるはずだ。そう、世界でもほんの僅かしかいないとされる二つ目の天職を持つ者になれるんだよ!」
(「はず」ってここまで来て確証がないのかよ)
興奮しているところ悪いがその時点でダメダメだし、それ以前にこいつの説明が下手なのかそれとも情報が足りない所為なのか話の内容がいまいち理解できない。
(とりあえず今の内容を簡単に整理すると、人類種が支配する土地には古代の遺産と思われるある仕掛けが存在する。それが強い魔獣や魔物も退けており、それ以外にも土地の支配権とやらを誰かに与える事が出来る。そしてそれを与えられた存在が爵位を持つ貴族、ここで言うならバイエル・キーリス・コースター男爵ってことか。うん、何となくだがさっきよりは分かり易くなったな)
そしてそういった土地の支配者には滅多にない二つ目の天職が与えられる。『貴族・男爵』という表現からいって他にも有りそうだ。
「お前の財力があれば戦力を揃えることが出来る。そうして俺は父親も兄も血縁者を全て始末すればもう誰も俺を止める事は出来ないのさ」
「それはまたどうして?」
若干話に付き合うことに飽きが来ていたがそれでも俺はそんな事をおくびも出さずに話の続きを促す。こいつが勝手に語って気分を良くして貰う為に。
「その仕掛けが認めるのは現在の対象者の血縁者に限られるらしい。つまり俺以外の血縁者を全て殺せば必然的に俺しかその跡を継げる奴はいなくなるって事だ。そうなればもはや誰も俺の邪魔を出来ない! なにせ俺が死ねば土地の支配者が居なくなり、ここら一帯は強力な魔獣や魔物が溢れることになるのだから!」
先程の「はず」という不確かな発言を聞いた俺としてその言葉を全面的に信用することなど無理な話だ。
そもそもそれだと病気とかでその支配者の一族が全滅したら終わりではないか。
そんな欠陥を残したままそのシステムが運営されているとは思えない。貴族や王族とやらだってバカばかりではないだろうし、念の為に何か別の手段を残してあると考える方がまだ現実的だろう。
(まあ面白いというか中々に興味深い話ではあったがな)
「さてと、返答を聞かせて貰おうか? もっとも返事は一つしかないだろうがな」
人質を取っている余裕からかそんな事を言ってくる元ボンボン。
その表情は自信満々という言葉がピッタリだった。
本当は話の流れ的に一気に投稿したかったのですが、それだとかなり長くなってしまうのでこの後の話と二つに分けました。
メロディアがどうなったのかは次でわかるはずですので少々お待ちください。




