第二十六話 落ちこぼれた奴ら
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
その部屋の中に飛び込むのは意外と簡単だった。
何故ならそこに屯していた奴らはまさか襲撃を受けるなんて考えても見なかったのか何の警戒もしていなかったからだ。
唯一の物で魔獣除けの為の香が焚かれていただけ。それ以外は見張りさえいなかったのである。
だから俺達は慎重に周囲に罠がないことを確認しながらこっそりと人の気配のするその部屋の前まで近付き、そしてまずは俺が先陣を切ってその中へと飛び込んだ。
そこで罠などがあれば後ろのメンバーに警告をし、何もなければそのまま制圧する。そういう手筈だった。
だけどその部屋に入った俺はその光景を見て息を呑んで固まってしまった。何故ならそこに有った光景とは予想を遥かに超えて凄惨なものだったから。
地獄を見る覚悟しておけというデュークの言葉を聞いていなかったのならこの程度では済まなかったに違いない。それぐらいに俺は目の前の光景が信じられなかったのだ。
人間はこうも残酷になれるのか、と。
広い部屋の中に入るのは二十名ほど。そのうちの半分ほどがどうやら生きている価値のない奴ららしい。
何故ならそいつらは部屋の中心付近で行われているショーを見て歓声を上げるのに夢中だったからだ。部屋の中に飛び込んできた俺の存在にしばらく気づかない程に。
そのショーはどうやら的当てのようだ。その証拠に何人かの並べられた子供達がその頭の上に林檎程の大きさの果実を乗せて座らされている。しかもその隣では床に横たわって動かない子供も居た。
そしてそこから少し離れたところに投擲する為の物と思われるナイフを持っている奴がいた。ナイフをジャグリングデモするかのように回転させながら片手で投げてはキャッチするのを繰り返している。
さらによく見ればその子供達の母親らしき人物もおり彼女達は止めてくれるように絶叫しながら頼んでいた。
それを抑えている男達は服を脱いでおり、彼女達が来ている服はボロボロであることからもこれまでに何が起こったのか想像するのは難くない。
そこでナイフを持っていた男が大げさな動きをしながら狙いを定めるような動作をする。それに比例して周囲の歓声が騒々しくなっていく。
「おい……」
掠れた声が口から漏れる。流石にそこでこちらの近くに居た数名の男が俺の存在に気が付いたようだが、もはやそんな事はどうでもいい。背後で誰かが息を呑むような音がした気がするがそれも同じだ。
そうしてこの状況を見てもまだこの目の前の光景が信じられなかった俺はナイフを持った男が遂にその手から凶器を投じた瞬間、我慢の限界を迎えた。
そしてすぐさま投じられたナイフをこちらも贋作の剣を撃ち出すことで弾き飛ばす。そこでようやくその場に居たほぼ全員が俺の存在を認識したようだ。視線が集まっているのが分かる。
それを感じながら俺は笑っていた。そして笑顔のまま質問する。
「なあ、お前達は何をやっているんだ?」
何をやっているのかなんて言わなくても判っている。そしてこいつらは屑以下の汚物だ。
その汚物共が何かこちらに向けて叫んでいるがその内容が理解できない。汚物だからまともな言葉も話せないのか。
いや、あるいは俺の脳が自動的にそれを理解するのを拒んだのかもしれない。聞いただけでこちらまで汚れると判断して。
そうして汚物共のほとんどが武器を取って立ち上がり、女性や子供は全員が恐れるように座り込んだことで自然と区別が完了していた。
だから俺はリストの中で最も大きい武器を選択してその手に出現させる。それは身の丈ほどの大きさもある片刃の斧だ。
街の武器屋に飾られてあったものだが、何でも巨人族のような体の大きな種族が使うようなものらしい。間違って普通の人が持てるような物ではない。それどころか支える事すら出来ないだろう。
現にあの武器屋では売り物としてではなく鑑賞用として見たり触れたりして楽しむ用途をされていたわけだし。
そんな巨大な斧が突如として現れたことにギョッとした様子のそいつらの首辺りを狙って、
「うらああああ!」
俺は一気に振り抜いた。それこそバッドをフルスイングするかのように。
抵抗はなかった。
そこで改めて状況を確認すると、たった一振りで立ち上がった汚物共の大半の首を狩ることに成功している。
身長が高い奴は胸辺りから上が無くなっているし、小さかったり中腰だったりした奴は顔が半分と多少の誤差はあるが仕留められている分は問題ない。
問題なのは難を逃れた僅かな残り滓だ。
「ひい!」
「な、何なんだよ一体!?」
残った六人の男共は先程まで痛めつけていた子供や女性には目もくれず、俺から少しでも距離を取ろうと部屋の奥へと這うようにして逃げようとする。入口は背後の扉一つだし、そこへ行っても逃げ場などないというのに。
俺は役目の終えた斧を消すとゆっくりとそいつらに向かって歩いて近づいた。部屋の最奥で怯えていて座り込んでいる奴らなど特に苦労も無く追い詰めることが出来る。
その途中で横たわっている子供を見たが、その額には穴が空いていた。恐らくはナイフが突き刺さって抜かれた跡だろう。
「これまで好き勝手やってたんだろう? だったら自分達がやられる立場になっても文句は言うなよ」
その惨い仕打ちを見て俺は改めて認識する。こいつらは生かす価値ないどころではない。確実に息の根を止めなければならない汚物だと。
「お、俺達は悪くねえぞ! だってこれが俺達の天職だ! 『盗人』なんてどうしようもねえ忌み職を与えられたからその役目をこなしてやっただけじゃねえか!」
ほとんどが命乞いをする中でそんな開き直ったようなことを言う奴だけは俺と目が合っても、手に持った剣を振り上げてもそれらから目を逸らすことがなかった。
「俺には『盗人』の名の通り盗むこと以外に才能がなかった。他の事をやっても周りに劣ってばかりだった。そんなのはおかしいだろ! 不公平だろうが! だから授けられた天職に従って恵まれた奴らから奪えるだけ奪ってやったんだ! 金も家族も全てだ! それのどこが悪いってんだよ! 悪いのは俺じゃねえ! 天職だ!」
なるほど、どうやらこいつも『盗人』忌み職によって辛い目に遭ってきたようだ。その点に関しては同情に値するのかもしれない。
そこで俺は振り上げていた剣を鞘にしまい、
「んなこと知ったことかよ。この汚物共が」
全員の四肢に向けて贋作の武器を発射した。それらの武器は狙い過たずに四肢を貫き、汚物共の体を床に縫い止める。
さっきは余りの怒りで衝動的に皆殺しにしようとしてしまったが、考えてみれば俺よりも怒りを燃やしているだろう人達がここには居ることに気が付いたのだ。
「お前達をどうやって処分するかはあの人達に聞いてからするから、それまでお前達はその状態で苦しんでいろ。もっともその出血量だと意外に早く楽になれるかもしれないがな」
精々痛みに呻いて苦しみ抜けばいい。そういう思いを込めて一瞥した後に俺は一先ずその場を後にする。
その背中に叩き付けられる痛みと絶望の怨嗟を聞いても自分の心がビクともしない辺り、俺も大分こちらの世界に染まって来たといったところか。
あるいはあの事故に遭った時からこうなってしまったのかもしれない。心のどこか大切な部分が欠けてしまったような状態に。
(これは正しいことなんだろうか? それともやはり間違っているんだろうか?)
奴らを見ている子供達の中に怒りと復讐の色が浮かんでいる事実を見つめながら、俺は答えの出ない問いを自分自身に投げかけるのだった。




