第二十四話 誘拐犯の正体
その人物は流石と言うべきか短時間で調査を終えてくれた。ギルドには気付かれないようにという条件付きだったというのに関わらずだ。
「イチヤの予想通りだったぞ。それが良いか悪いかは微妙なところだが」
デュークに調べて貰ったのは俺に恨みのある例の人物についてだ。
ここに来てから何度か衝突をしたことがあったが、その中で反抗する可能性が考えられるのは奴だけだった。
何故ならそれ以外の奴らは物言わぬ屍になっているか、あるいはオグラーバのように反抗する気が起きないように手を打ってあるからだ。
「あのボンボン、コースター男爵家三男のフィリップは男爵の手によってかなり前の時点でこっそりと釈放されていた。そしてその後に行方をくらませているが、俺の掴んだ情報によるとこの辺りのならず者と会っているところを見たという情報もある。そしてそのならず者の特徴はそっちが得た誘拐犯の特徴とも一致するようだ」
ちなみにボンボンが家に帰らずに行方をくらましたのは好き勝手やり過ぎた責任を取らされて遂に男爵家から放逐されたからだと言う。
まあ持っていた金が消えたことに気付いたボンボンは俺の金どこに行ったと暴れ回ったそうだからそうなってもおかしくはないだろう。
聞けば無銭飲食だけでなく、向こうの世界なら器物破損や傷害の罪も付くくらいやらかしたらしいし、親である男爵にも見限られたという訳だ。
「ただ男爵も実の息子には非情にはなりきれなかったらしくてな。最後の情として全ての罪を金で無かったことにして幾許かの資金を与えた後に家を出したらしいぞ。恐らくはその金を使ってならず者共を雇ったんだろうな」
「ってことはやっぱり目的は俺への復讐か」
「と言うよりはお前の弱みを握って金をせびろうと考えたと見るべきだろう。あいつはお前が大金を持っていると思っているだろうし、金を無くしたこともお前の仕業だと気付いてはいないはずだからな」
それだと冒険者になりたての頃に絡んできた屑共はそのボンボンの差し金だった可能性も考えられるかもしれない。
そこで雇った奴らが始末された事に気付いて直接狙う事を控えたと。
「イチヤはこの二週間でも警戒を怠ることはなかった。そして俺が用意したあの宿は防犯にも優れているし、そう簡単に忍び込めない」
「ロゼとソラを攫おうにもそれでは不可能。だから代替案として俺の周りを嗅ぎ回っていたメロディアを狙ったってところか?」
オグラーバとは何度か会う度に歓談したし、その時に他の三人が居る事もあった。それを奴らは見ていたのかもしれない。
「今のところはそれが妥当だろうな。もっとも本当のところは本人に聞いてみない事には分からないが」
現在の俺達が居る場所はデュークが用意してくれた酒場の一角だ。そこなら誰にも話を聞かれる心配はないとのことである。
メンバーは俺達三人にデューク、それとオグラーバとポロンの六名だ。
「これで誘拐犯の正体とその目的についてもおおよその見当がついたわけだが、問題はそれでどうするかだ?」
「どうするって助けに行くに決まってるだろ!」
「お前は黙ってろって言っただろうが!」
威勢よく救援に行くことを主張したポロンの頭にまたしても拳骨が振り降ろされる。余計な口を挟まずに黙っているというオグラーバの条件を早速破ったので自業自得だった。
「まあでも確かに選択肢の一つとして助けに行くってのはありだろ。もっともその場合は何処に行くのか、そして誰が行くのかとかを決めないといけないがな」
残念ながらメロディアがどこに囚われているのかの確証は得られていない。
迷宮かもしれないし、そのならず者共の拠点かもしれない。あるいはもっと別の場所かもしれないのだ。そして分からない以上は迂闊な動きはするべきではない。
「そいつらの拠点についても調べはついている。だがギルドなどに助けを求めるのは止めておいた方が良いだろう。その人質の命を救いたいのならな」
「それはどういうことだ?」
「今回の件はコースター男爵が肉親の情で判断を誤った事が原因の一つだ。それに加えて追い出したとはいえフィリップは男爵家の三男だった男で、しかも金でフィリップの罪を揉み消してもいる。今回の騒動でそれらが表沙汰になることは男爵側からしたら絶対に避けたいはずだ」
そこまで言えば俺にも分かった。
「口封じをすると? 人質のメロディアごと」
「確かにいざとなったらあの貴族共はそれぐらいやるだろうな」
「そしてギルドにこの事を知られれば男爵に伝わるのも避けられない。貴族や国とはギルドも太いパイプがあるあるからな。そしてこの事にギルドや貴族達が気付くのも時間の問題だろう」
仮にメロディアを助けたいのならばその前に動く必要があるというわけだ。
「その前に一番重要な事をはっきりさせておこう。イチヤ、お前は今回の件でどうするつもりだ? 具体的に言えば手を貸すつもりはあるのか?」
実は今の俺は大して困っていない。何故ならメロディアが殺されようが俺にとっては特に関係ない事だからだ。
そして放っておけば貴族かギルドかは分からないが、誰かが勝手に終わらせてくれるとなれば、わざわざ俺が出張る必要はない。
でも狙われているのは他ならぬ俺自身なのだ。それでは無関係とは言えないし、なによりやられっ放しは趣味じゃない。
「屑共を始末する丁度いい機会でもあるしな。今回は協力することにするさ」
「それなら話が早い。戦力が十分ならすぐに動けばいいだけだからな」
そう言ったデュークは役割分担を開始する、と言っても至極単純な物だったが。
「狙うのは人質がいる可能性が高い場所。つまり今回で言えば奴らの拠点か迷宮の二つだ」
「一応聞いておくけど、どっちも間違ってたら?」
「拷問でもしてそこにいる奴らに居場所を吐かせろ。それが無理なら諦めるしかないな」
諦めるという発言にポロンが反応し掛けるがオグラーバの無言の一睨みで黙らされてしまった。
ポロンも感情的に納得いかなくともそれが理屈の上では正しい事は理解しているのだろう。
「普通なら戦力を別けることは愚策だが、今回はその限りではないからそれぞれの場所を同時に襲撃する。役割は俺が拠点でイチヤが迷宮だ。異論は?」
「別にどっちでもいいが、その別け方の根拠は?」
「強いて言うなら拠点の方が人目に付く可能性が高いからだ。騒ぎにならないように始末するのには少々コツがいるんだが、それはまだイチヤには難しいだろう。もっともイチヤだけを迷宮に行かせると迷うのがオチだから案内人としてそちらのオグラーバさんに同行して貰うつもりだがな」
「了解した。俺達の仲間の事を全て他人任せにするわけにもいかんしな」
そうして役割分担も手早く終えた、と思ったのだが、
「待ってくれ! 俺はどうすればいいんだ?」
「宿で待機に決まっているだろうが」
「そんな!」
自分も行くと主張するポロンに対してオグラーバは非情なその言葉をはっきりと告げる。
「それで足手まといになってこっちを全滅させるつもりか? お前は弱いし邪魔なだけだ。身の程を知れ」
その歯に衣着せぬ言葉にポロンは反論する術を持ち合わせていなかった。
何故なら、それらの言葉は全て事実だからだ。ポロン程度の実力では付いて来られても迷惑なだけである。
その流れに乗って俺もロゼとソラに今回は置いて行くことを伝えようとした時だった。
「ああそれとイチヤ、お前は後ろの二人も連れて行け。念の為にな」
デュークがそんな事を言い出したのは。
「それは本気で言ってるのか? 確かに今の二人なら戦力にはなるが……」
ポロンのように足手まといにはならないだろうが、それでも危険な事には変わりはない。必要なことならともかく、こんな事で二人を危険にさらす意味もないのではないか。俺はそう思ってしまった。
「ああ。もっともお前がどうしても嫌だと言うのなら強制するつもりはないがな」
だがデュークには前の時に二人の天職やその大まかな力などは説明してある。そしてどういう風にして行けば二人にとって一番いいかなどの相談に乗って貰っていたのだ。
だからデュークは二人の能力について詳しく把握していると言っていい。その上で連れて行けと言っているのだ。
「……二人はどうしたい?」
それでも迷った俺は二人の意思を確認してみる。すると答えは思った通りだった。
「許可を貰えるなら一緒に行きたいです」
「右に同じ」
「……分かった。その代わり無茶はするなよ」
そこでそれなら自分もと言おうとしたのだろうポロンはオグラーバによってまた拳骨を貰っていた。しつこい奴である。
(あるいはこれだけ拘るってことは惚れてるとかかもな)
惚れた相手ならここまで助けることに拘るのも焦るのも理解できる。もっともこれは単なる俺の勝手な憶測過ぎないが。
(まあそんなのはどっちでもいいことだな)
こうして俺達は二手に別れて人質救出作戦を決行するのだった。




