第二十三話 平穏な日々に忍び寄る影
とりあえず俺はポロンに対して少し待つように一方的に告げると小窓を閉める。
その小さな窓に顔を捻じ込もうとするポロンの顔面を強打する事になったのはまあドンマイだ。
あのままだと部屋の中を覗かれて二人の裸を見られる可能性も零ではなかったし、それを考えればこの対応は実に自然の事だろう。むしろこの程度で済ませてやっただけで感謝して貰いたいものである。
そうして服を着るなどの準備を手早く終えた俺達は窓を閉めてからずっと扉を叩くという騒々しい行為を続けるポロンを再度相手にしてやることにする。
「で、何の用だよ?」
「だからメロディアをどこにやったと言っているんだ!」
「知らん。それで他には?」
「しらばっくれるな!」
「そうか。ないなら帰れ」
これまた容赦なく小窓をしめて奴を放置しに掛かる。だがそうなるとまたしても扉を叩く音が響いてきた。
この分だと外は相当うるさいだろうに一体宿屋の店主達は何をやっているのだろうか。他の客だって迷惑だろうに。
仕方ないのでもう一度小窓を開けて対応してやることにする。
「いいか、よく聞け。俺はメロディアがどこにいるのかなんて知らないし何もしていない」
「嘘を吐くな! お前以外に誰が彼女を連れ去ると言うんだ!」
「知るか。それこそ気付かぬ内に恨みでも買ってたんじゃないのか?」
例えばポロンの幸運が思わぬ嫉妬を買ったとか。単なる思い付きの発想だったが意外にこの線は悪くないかもしれない。
「そ、それじゃあこの脅迫状は何なんだ! 差出人としてお前の名前が書いてあるんだぞ!」
「あのな、そんなのどう考えても俺を騙った奴の仕業だろうが。むしろどうしてわざわざ脅迫状に差出人の名前を書く必要があると思う? まあそんな物が届いて焦る気持ちは分からなくもないが、少しは考えてから行動しろ」
自分も少し前に同じような説教をデュークから受けたことがあることなど露程も見せずに俺はポロンを諭す。
「そもそもの話、俺は周辺を嗅ぎ回っていたどこかの誰かさんが最近になってようやく姿を見せなくなって喜んでいたんだ。それなのに今更連れ去って下手な刺激を与えるなんてことをする訳がないだろうが。ついでに俺が何かしたのならこんなところで呑気に寝てないつーの」
「そ、それは……確かにそうだな。その通りだ」
ようやく落ち着いたのかポロンはそれまでの勢いがどこに行ったのかと思う程にシュンとなってしまう。
そんな単純な事にさえ言われるまで気付かないとは相当焦っていたようだ。
「とりあえず落ち着いたなら中に入れ。どうも脅迫状の話からすると俺も完全に無関係とは言えないみたいだし、話ぐらいは聞いてやる」
「す、すまない」
そうして部屋の中に招いたポロンに何があったのか話をさせる。
「俺達が、と言うよりはほとんどメロディアがお前の事について調べて回っていたことはその様子だと知っているよな?」
「まあな。でもこっちが把握している限りだと一週間くらいで諦めたと思っていたが?」
「それも知られていたのか。一体どこからそんな情報を得るんだ?」
「秘密に決まってるだろうが」
オグラーバからなんて言える訳がないし、言う訳がない。
あいつからは迷惑を掛けた代わりと言って色々と情報を流して貰っているのである。その中にはメロディアの動向についての物も当然含まれていたというわけだ。
「まあ実際お前の言う通りで、いつまでも成果のない事に時間を費やしているわけにもいかないからメロディアも最近はほとんどその件に力を注ぐことは無くなっていた。そして早く一人前になるという当初の目標を果たすべく俺達はオグラーバの元で鍛錬を積んでいたんだ。だけど昨夜からメロディアの姿が急に見えなくなったんだ」
娼館の常連であるオグラーバならともかく、生真面目な性格のメロディアは一人でどこかに行く時は最低でも伝言を残していくとのこと。だからこそオグラーバは情報を俺に流せていたのだ。
だけどその日はそれさえもなく気付いた時には居なくなっていたらしい。
そして深夜になってもメロディアが帰って来なかった時点でオグラーバは残る二人に宿で待機して動かないように命じて出て行って、今日の早朝にこの脅迫状がポロン達の待つ宿屋に届けられたというのが一連の流れとのこと。
「それで脅迫状に俺の名前があったからここに来たと」
「ああ、オグラーバも帰って来ないし手掛かりはこれしかないと思ってな」
渡された脅迫状の中身を見ると、そこには差出人に俺の名前とメロディアを預かったという文言に加えて、この事をギルドなどに知らせれば彼女の命がないとも書かれていた。
「普段はあるはずの伝言もなしに姿を消して、なおかつこれとなれば誘拐されたのはまず間違いないだろうな。問題はそれが誰なのかだが」
それについては手掛かり……と言うか心当たりがなくもない。少なくとも候補に挙がる人物は一人だけだ。
と、そこに、
「ポロンは居るか!?」
鍵を閉め忘れていた扉を勝手に開きながら部屋の中にオグラーバが飛び込んでくる。そしてポロンの姿をその目で確認するなり、その頭に拳骨を振り降ろした。
「このバカたれが! 勝手に動くなとあれほど言っただろうが!」
ゴツンとかなり痛そうな音を響かせた通り、ポロンは頭を押さえて痛みに呻いている。かなり痛そうだ。
だがそれを完全に放置してオグラーバは俺の方に視線を向けてきた。
「さっき宿に戻った時にテリアから話は聞いた。今朝届いた脅迫状の件もな。すまない、このバカが先走って迷惑を掛けたようだ」
「それはいいが、それよりもメロディアの事は何か分かったのか?」
「ああ。ただしあまり良い情報とは言えないがな」
オグラーバが集めた情報によるとメロディアらしき女性が数人の男達に連れ去られる現場を見た奴がいるとのこと。
どうやらここまで来た以上は実は全て勘違いでしたというオチは望めないようだ。
「そいつらはメロディアを連れて迷宮がある方向に向かったそうだ。俺達がオルトロスと遭遇したあの迷宮にな」
「そこに誘拐犯が潜伏していると?」
「そこまでは分からん。ただ迷宮以外であの方向に行くとなると山を越える必要が出てくる。もし仮にそうなれば追跡はまず不可能だろう」
今のところはそいつらが迷宮に潜伏している可能性に掛けるしかないという訳か。随分と可能性の低そうな話である。
そもそもこれで相手がただの人攫いならわざわざ危険の多い迷宮に潜伏する意味が分からないし。
「そうだな……とりあえず誘拐犯の狙いをまずははっきりさせてみるか」
「出来るのか? いや、そもそも協力して貰えるのか? お前には関係ない事だと言うのに」
無論の事俺だって完全に無関係なら協力などしない。一度助けたこともあってある程度の配慮をしていたが、だからと言ってずっと助け続けなければならないわけでもないのだから。
でも今回に限っては俺も無関係ではないかもしれないのである。
「俺の予想が正しければそれで狙いだけでなく俺が関係しているかも分かるはずだからな。それを確認した上でどうするかを決めるさ」
そして俺はそれを知っている、あるいは調べられるだろう人物の元へと向かった。




