第二十二話 天職の厄介さ
それからは二週間が経過したがランクがF+まで上がった事を除けば特に挙げることは無く、実に平穏な日々を俺達は過ごしていた。
この二週間でやっていた事は簡単に言えば毎日地道に依頼をこなして金を稼ぐと同時に腕を磨く、だ。と言っても最初の内は俺よりも二人を優先させる必要があった為、俺自身についてはほとんど変わらなかったが。
他に挙げることがあるとすればソラから魔法を習ったことだろうか。もっとも習ったとは言っても二週間かけて簡単な初級の火の魔法が使えるようになった程度だが。
これは半ば予想していたが魔法や魔力と言った元の世界にはない概念だったこともありコツを掴むのにかなり手間取ったのだ。
『贋作者』の補正があっても自らの魔力を感じられるようになるのでさえ一週間の期間を要したし、その途中は無理なのではと何度も諦めかけたほどである。
その分、魔力を感じられた時はひとしおでは足りない感動を覚えたものだが。
そうそう、こちらがそんな事をしている間もメロディアは何故かしつこいくらいに俺の周りを嗅ぎ回っていた。ただしそれもいつまでも続くものではなく、一週間も経った頃にはほとんど動きが無くなったようだが。
あっちだって今は一人前になる為に修行を重ねなければならないはずだし、俺達のことばかりに力を傾けている訳にもいかないはずだから当然の事だ。
むしろ一週間もこだわる方が理解できない。
「イチヤ様……」
「何だ……って寝言かよ」
裸でこちらに抱き着くように寝ているソラの頭を俺はそっと撫でる。
その安らかな寝顔は天職が『殺人鬼』なんて物騒な物であるとは思えない、どこにでも居そうな普通の女の子のものだった。
残念ながらこの宿には今の部屋にあるベッド以上に大きい物はなかったので、一緒に寝る相手は交代という取り決めが女性二人の間でなされたらしく今日はソラの番という訳だ。
もっともあくまでそれは添い寝の権利の話であり、あっちはまた別の話だが。具体的に言うと今のところは二人の希望もあって常に三人一緒ということである。
(それにしてもソラの衝動が起こることがないな)
奴隷との契約時にはある種の繋がりが出来るらしく主人は奴隷の何となくの状態を把握できるのだとか。
もちろんそれは大まかなもので相手が空腹かどうかも分からない程度のものだが、それでもソラの衝動が起こった時は何となくその波動が感じられるとポーは言っていた。そしてそれは背筋が凍るような感じがするとも。
だがこれまで俺はそんなものを感じたことはないし、ソラに聞いても不思議と衝動が起こらないと言っていた。そしてこんなに長い間、全く何もないのは珍しいとも。
(本人の状態が影響すると見るのが妥当なところか)
ソラもロゼも今は幸せだと言ってくれるし、俺から見ても初めの頃よりは大分安定してきたように思える。何と言うべきか、俺に捨てられるかもしれないと怯えることがほとんど無くなってきたように感じるのだ。
それが自惚れでなければ二人が俺を信用してくれていると思っていいだろう。そしてそれがソラに良い影響を及ぼしていると俺は考えていた。
俺は最初からレベルマックスだったから知らなかったが、天職はそのレベルによって発揮される効果に違いがあるだけではない。自身の能力についての理解度も変わって来るのだとか。
例えば俺のようにレベルマックスだと全ての効果が解放されるし、それらの能力についても自然と理解する。まるでそれについての知識の引き出しを与えられるかのように。
だがそうではない場合は効果が発揮されないことがあるし、例え効果が発揮されてもそれを本人が自覚出来ないという場合もあり得るのだとか。
何故ならレベルによって自分の天職がどんな効果を持っているのか分かる度合が変わって来るからだ。
ロゼとソラは二人ともレベル一。つまり自身の天職についてほとんど何も分かっていないと言っていい。更に通常職のようにありふれたものではないので、その情報についても中々得られるものではない。
そしてそれ以外でも天職には厄介な点がある。
デュークの話だと『剣使い』や『剣士』は剣に関する技術を磨くことがレベルを上げることに繋がるという。『弓使い』や『弓兵』は弓を、『槍使い』や『槍兵』は槍といった具合にだ。
だがそれが分かっているのは数が多くて比較的情報が得やすい通常職がほとんど。それ以外の稀少職以上の天職は数が少ない事があって何がレベルアップの条件なのかさえ分からないものばかりだ。
それでも『剣豪』や『射手』などなら似たような通常職から推測できるだろう。だがロゼやソラの天職ではそれさえ難しいのが現状だ。
(いや、ロゼはさっぱりだがソラについては一つだけ思い付くことはあるか)
固有職『殺人鬼』。
人を殺す鬼という文字が使われている事から単純に推察するならば一つの可能性が浮かび上がってくる。
即ち人を殺すことが天職のレベルを上げることに繋がるのではないか、と。
「もし仮にそうならこれほど理不尽な事はないな」
人殺しではなく殺人鬼というより物騒な名称を使うくらいだ。
もしそうなら一人や二人を殺せばどうにかなる程度ではダメだろう。下手をすれば何十人殺しても足りないことだって有り得なくはない。
(まったく、この天職って代物は厄介なんてもんじゃないな)
もっともこれはただの推測にしか過ぎないし、今のところはそれ以外で強くなれる方法があるのでそれを試す気はない。
その方法とは生物を殺すことだ。
この世界では生物を殺して少し時間が経つと、その死体からマナと呼ばれる魔力とはまた違った特別な物質が放出されるらしい。そしてそれを呼吸などによって摂取すればするほど肉体が強化されていくのだとか。
なお、そのマナを大量に保有しているのは魔獣や魔物が多いそうだ。
それを聞いて俺がまず初めに思い出したのはポロンの事だ。
あいつはその持ち前の運の良さからオルトロスだけでなく例の河の魔物のマナをその身に取り込んで肉体が強くなったことだろう。
何と言うかそう、棚から牡丹餅みたいな感じで。
(これは今更だけど、オルトロスはともかくとして河の魔獣は二人を強くする為に利用するべきだったな)
その事に気付かなかったのは自分のミスなのは分かっているが、それをポロンに奪われたと言うのが少々ムカつく。
あいつは何回俺をいいように利用する気なのだ、と。
まあ本人にそのつもりがないのは判ってはいるのだが。
そんな事を考えながらリュックサックとその中身の贋作を増やしている時だった。まだ日も昇っていない早朝だというのに何者かが訪ねてきたのは。
それもこちらが寝ている事なんて関係ないと言わんばかりにドアを何度も叩くという暴挙に出ながら。朝早くに通り過ぎる選挙カー並みのウザさである。
魔法か何かである程度の音を遮断する機能があってもこれでは完全に消し切れるものではない。そのドアを激しく叩く音で俺の傍らで安らかに眠っていたソラも、隣のベッドのロゼも起きてしまう。
「ったく、誰だよ。こんな時間に」
文句を言いながら俺は扉に近付くと、
「どちら様で?」
顔の辺りにある小窓を開けてその人物を確認しようとする。だがそれよりも小窓を開けたことでそのうるさい声が俺の耳に届く方が先だった。
そしてその内容は耳を疑うものだった。
「お前、メロディアに何をした!」
「はあ?」
そんな意味の分からない言葉と共に敵意を向けるポロンがそこに居た。




