第二十一話 重撃
夕刻、俺はギルドに出向いていた。昨日の内に受けておいた依頼を達成したという報告の為に。
「よう、昨日は楽しめたか?」
そこで娼館に入ってから別れたオグラーバに出会う。その様子からしてどうやらギルド内で酒を飲んでいるようだ。昨日も散々飲んだだろうに。
「昨日というか、色々あって今日の昼まで堪能したよ」
厳密には夜から早朝と、早朝から昼までの相手が違うのだがそれは言う必要はないので黙っておいた。
「はははっ! 幾ら若いにしたってお盛んなこって」
「その齢でも枯れる気配さえないオグラーバには言われたくないな」
報告も済んでこれから特に予定もないので誘われるままに席について話をした。
「その様子だと依頼を達成してきたのか。ってことは何だ、昼まで楽しんだ後に依頼を達成したってことか? どんだけ体力あるんだよ」
「確かに我ながら馬鹿げた体力だと思うよ」
ロゼとソラの二人が疲労で休んでいるというのに俺はこうしてピンピンとしている辺り、やはり尋常ではないと言わざるを得ないだろう。
ちなみにあの宿はデュークが選んだだけあって防犯機能もしっかりとしているし、ソラについては発作が起こった時の対処もしてある。と言うかそうでなければこうして一人で行動していないのだった。
「そう言えば俺の知り合いのデュークって奴に聞いたんだが、どうやら本当に色々と嗅ぎ回っているようだな」
わざわざオグラーバに言うのだからそれが誰かなど言うまでもないだろう。現にそれを言われることなく察したオグラーバは額に手を当てて大きな溜め息を吐いていたし。
「再三俺の方でも注意しておいたんだがなあ。俺の天職で別人だと確認したし、余計な事はするなって。だがまあ案の定と言うべきか、その注意を聞き入れなかった訳だ」
「天職で確認したと言ってもか?」
「あいつはどういう訳か妙に勘が鋭いんだよ。確かに天職こそ『僧侶』って稀少職だが、それに心を読む力はないはずなんだがな」
つまり天職に関わらない本人の資質と言ったところか。あるいは所謂女の勘という奴なのかもしれない。もしくはオグラーバの嘘が下手だったとか、そもそも信用されていないという可能性が無きにしも非ずだが。
「まあ嗅ぎ回られるのは正直に言って鬱陶しいが、今のところはこちらに実害もないし放置しておくさ。だからなるべく早めに諦めさせてくれよ」
「確約は出来んが努力はしてみるさ。ところでお前今、デュークって言ったよな。それってあの【重撃】のことか? 確か『剣士』っていう通常職でありながら元C+ランク冒険者になり、そして今はギルドで働いてるって噂の」
「そんな噂を聞いたことはないがそのデュークで間違いないよ。本人も同じようなことを言ってたし。ちなみに知り合ったのは偶然によるものだ」
ギルドに雇われるだけあってデュークはそこら辺の冒険者とは一線を画す存在であることは本人からも聞いていたが正直噂になっている程だったと思わなかった。意外にあいつも有名人のようである。
(でもそれだとそんな相手によくふっかける気になったな、あのボンボン)
知らなかったのか、知っていても大丈夫だと考えていたのかまでは分からないが、なんにせよバカな奴だ。相手をもう少し選べばいいものを。
「そう言えばオグラーバ達はどういう間柄なんだ? 見たところただの知り合いってわけでもなさそうだし」
「俺以外の三人は同郷の出身で冒険者になりにこの街に来たのさ。そんでもって俺はポロンの父親と親交があってよ。その関係であいつらが一人前とされるD-ランクになるまでの間、面倒を見るように頼まれたって訳だ」
道理で一人だけ年齢が違うはずだ。見た目だけならまるで保護者のようだと思っていたらまさかのそれだったのだから。
「三人ともそれなりの素質はあるし、鍛えればそれなりの冒険者には成れるだろう。だけど田舎暮らしだった事もあって人の悪意ってもんに疎くてな。そこを俺がカバーしてるってわけさ。これでもそういう対人関係の事問題は天職的に得意分野だからな」
「粗雑な見た目とは違ってか?」
「うるせえ、見た目が粗雑な中年で悪かったな」
軽口を叩き合いながら俺達は笑う。
確かに、どれだけ正確なのかは分からないが、ある程度相手の嘘が分かるのなら騙そうと近寄ってくる奴らを見抜くことも簡単だ。
直接的な戦闘で役立てるのは難しいかもしれないが、それ以外の交渉事なら『審議官』はかなり有効な天職と言えるだろう。
むしろ何で冒険者なんてやっているのかと思う程である。
「そういやお前には言ってなかったけど、ポロンの天職は色々な意味で面白いぞ。そしてその天職があったからこそ俺達はあの時に生き残れたんじゃないかと睨んでもいる」
「それは是非聞きたいが、他人の天職を勝手に言っていいのか? まあさっきのメロディアのを聞いた時点で今更かもしれんが」
「構いやしねえよ。メロディアは見た目で予想出来る上に本人も隠そうともしてないからな」
「ならポロンは?」
「それはお前の手柄を横取りした罰ってことでいいだろ」
ひどい保護者が居たものだと思いながらもその内容を聞きたかったので、俺はそれ以上何も言わずにいることにした。そしてオグラーバが言ったポロンの天職は、
「『福男』」
「え?」
「だから『福男』だよ、あいつの天職は。実に縁起が良さそうな天職だろう?」
それはもはや天職と言うか職業とさえ言えないのではないかと思うのだが実際にそうだというのなら認めるしかない。
なんともいい加減と言うべきか、それっぽい物なら何でもありなのだろうか、この世界は。
「でも実際あいつは色々と運が良いんだよ。例えばオルトロスの件でお前が現れたり得手柄を持って行けたのもそうだし、ちょっと前にも死にそうなくらいに弱っていた河の魔獣を仕留めてその死体を売ることで結構な額を儲けてたしな」
「……ちなみにそれってどんな魔獣だったんだ? それと弱ってたってどんな風に?」
「魚の魔獣だったんだが、奇妙な事に一本の槍が急所に突き刺さっていただけでそれ以外に外傷はなし。まるでその一撃だけ加えて放置したかのように他に傷が見当たらなかったな」
「ヘーメズラシイコトモアルモンナンダナ」
非常に心当たりがあると言うか、それ以外にないだろうという出来事を俺は知っている。何故ならその槍を投じたのは他ならぬ俺なのだし。
でもそれだけ運が良いところから考えると『福男』という天職はバカに出来た物ではないのかもしれない。もしそれらの出来事が天職によるものなら名前のダサさに比べて驚異的な効果だし。
「まあ世の中にはこんな風に意味の分からない不思議な天職もあるってことだ。嘘か真か二つ以上の天職を持っている奴もいるって眉唾物の噂もあるぐらいだしな」
そんな風に少しの間だけ歓談をした後、俺はその日の夕食を見繕いながら二人が待っているであろう宿へと戻って行った。




