第一話 怪力無双
全力で飛び掛かって行ったのは良かったのだが、
「!?」
想像以上に身体機能も強化されているらしく俺は無残にも自ら天井に突っ込んでしまったのだ。しかも上半身が天井に突き刺さって動けなくなった状態で。
もはやここまでくると無残と言うか無様である。
醜態に恥ずかしいという気持ちを抱えながらも俺はどうにか体を捩じって天井から脱出して、回転しながらも難なく地面に着地する。これでも怪我は全くないし俺の知っている人間の限界を軽く超えた身体機能である。
(その代わり力加減をかなり注意しないといけないな、これは)
今度は同じことを繰り返さないように細心の注意を払いながらトライしてみる。すると上手い感じで敵に向かってふんわりとした跳躍で飛び掛かれた。
「あ」
でもそうなると敵に目を付けられる訳で、しかも撃墜してくださいと言わんばかりの綺麗な放物線の描き方だ。それをそいつが見逃す訳がなく、またしても顔を向けることもない尻尾による迎撃を放ってくる。が、
(何度も何度も同じ手にやられると思うなっての!)
俺は斜め横から薙ぎ払うようにして迫って来るそれをしっかりと目視すると、タイミングを見計らってそれを掴んで放さない。
するとそのまま地面に尻尾で押し潰される形で叩き付けられることになったがそれでも放さず、逆にこちらが引っ張ってやる。
「おらあ!」
思わぬ攻撃だったのかそいつはさしたる抵抗もすることも出来ずに放り投げられて壁に叩き付けられる事となった。方法は違えど先程やられた事をやり返した形だ。
(イケる!)
眼まで強化されているのか集中するとまるでスローモーションのように世界が流れる。これならその気になれば敵の攻撃を受けることもないはずだ。
俺は瓦礫の山に半ば埋もれているそいつに向かって一気に迫るが、向こうはそれを待っていたのかのように二つの口から真っ赤な炎を吐き出して迎撃してくる。
このまま進めば全身を炎に呑み込まれる。だと言うのに俺は恐くなかった。徐々に体が馴染んできているのか感覚的にこの程度では大丈夫だというのが判って来ているのだ。
その感覚を信じて俺は加速する。そしてその炎の中を突き進んで、
(熱いんだよ!)
内心で文句を付けながらも火傷一つない体でそいつの目前まで迫る。すると向こうはどちらの頭もこちらを飲み込まんばかりに大きく口を開いてその鋭い牙を突き立てようとして来る。
それを俺は身体能力に飽かせて更に加速する事で潜り抜け、そのがら空きとなった胴体に向けて全力の一撃を叩き込んだ。その瞬間、あの親だった二人の顔がそこに浮かんだように見えたのはきっと気のせいではないだろう。
「クソッタレが!!」
内にずっと燻っていた怒りや憎しみ、恨み言などを全て込めるように。自分に降りかかった理不尽な出来事の数々に対する精一杯の反抗と言わんばかりに。
その拳が体に当たった瞬間、爆ぜたと表現する以外にないような形でそいつの肉体は肉片となって粉々になって吹き飛ぶ。
その所為で俺の体も血で真っ赤に染まってしまった。破れた上にこれでは服は二度と使い物にならないだろう。
だけど俺は不思議とすっきりした気分でいた。全身血だらけでベトベトなのに妙に気分が晴れているのだ。
(生きてやる)
折角奇蹟が起こり、こうして新しい人生を歩むことが出来るのだ。過去に拘って楽しめないのではもったいないし、それでは人生をやり直す意味がない。
忘れはしないが、それに縛られるのは御免という訳だ。
「俺はこっちで好きなように生きる。そして今度こそ幸せになってやる。誰にもその邪魔はさせない」
理不尽に人生を奪われるのは二度と御免だ。
改めてそう決意を固めた俺はその為にも行動に移ることにした。それはつまり呆然とした様子でこちらを見つめている例の集団と接触を図るというものだ。
「つっても言葉が通じないのか。どうしたもんかな」
とりあえず両手を上げて敵意がない事を示しながらゆっくりと近付いてみる。
案の定と言うべきか、ある程度の距離まで来ると何かを言って武器を構えてきた。ニュアンスからして恐らくは止まれとか近付くなとか言っているのだろう。
どうにか敵ではない事を伝えられないかと俺はボディーランゲージをしながら色々と話しかけてみる。万が一でも通じる言葉はないかと思っての事だ。
だけどそんな都合のいい話がある訳もなく、お互いにどうしたものかという微妙な空気が流れ始めたその時だった。
例の足に怪我を負って動けずにいた女性が立ち上がると、ゆっくりとこちらに向かって歩き出してきたのは。背後の仲間が止めるように言っているようだが、その女性は何かを言い返してそのまま進んでくる。
肩ぐらいで整えられた淡い水色の髪に緑色の綺麗な瞳。その顔からして日本人のものではないし、それどころか外国人でもこの髪の色はないだろう。
その容姿を見ると本当に異世界に来たのだと改めて思い知らされる。
ゆったりとした服を着ているから正確な身体つきまでは把握できないが、少なくとも顔には俺の知っている人と変わりはない。獣の耳が生えている事も無ければ恐らくは尻尾があることもないだろう。
そこで半分くらいまで歩いていたその女性が傷の痛みからか転びそうになる。
それを見た俺は咄嗟に駆けだそうとした時、急に地面がかなりの勢いで揺れ始めた。まるで地震でも起きたかのように。
そしてそれと同時に地面に割れ目が奔っていく。それも狙ったかのようにこちらと倒れそうになる女性の間を両断するような形で。
(何か分からないがヤバい)
そう俺が思った時には既に遅く、足を踏み出そうとしていた俺の周りの床が見事に崩落した。
当然、俺はその床だった残骸と共に空いた穴へと落ちていくことになる。どんなに身体能力が強化されたとしても空中を歩ける訳もなくこのままでは俺にはなす術はない。
「くっそ!」
どうにかして手を伸ばして残った床の淵に捕まろうとするが届かない。
例の水色の髪の女性も何かを言いながら手を伸ばしていたが、それでどうにかなる距離ではなかった。
そうして俺はその奈落の底へとあっという間に呑み込まれていくのだった。