第十六話 謝罪と罰則
よく見ればロゼの隣にはソラも正座の状態で待機していた。二人とも木の床の上だし痛くないのだろうか。
と言うか俺が扉を開けた時点でこの体勢だったところから察するに結構長い時間この体勢のままだったのではないだろうか。
「えっと、いきなり何なんだこれは?」
「イチヤ様。どうかロゼの事を捨てないでください。私からもお願いします」
初めの頃と比べれば随分と目を合わせて話してくれるようになったソラはそう微妙に答えになっていない答えを口にして頭を下げる。
「ちょ、ちょっと待て。一体何の事だ? って、とにかくまずはその体勢を止めようか」
女の子二人を土下座させているこの状況は非常に気まずくて仕方がない。誰かに見られたらあらぬ誤解を招きそうなので俺はすぐに扉を閉めて二人を立たせようとしたが、
「「お願いします!」」
頑として譲ろうとしない女性陣。
その態度や言葉に込められていたのは頷いてくれるまで動かないという強気の意思ではなく、そうするしかないというような悲壮な感情だった。
(俺に捨てられたら行き場がないんだもんな、この二人には)
それは例えどんなにロゼが活発的で明るく見えても根っこのところは違う事を改めて思い知らされた形だった。彼女達は根本的なところではまだ奴隷のままなのだ。
それは分からなくもない。ずっとそういう境遇だったのならそれが染みついてしまうのも当然の事なのだろうと思う。
だけど俺は何となくイラッと来た。
勝手に人をこれまでの奴と同じだと思うなという風に。
だから俺は罰を与えることにした。
「よし、これからお前達に一つだけ罰を与えるから俺の指示に従え。とりあえずその場で目を瞑って待機」
何をされるのか分からなくて怖い。だけどそれを拒否する事なんて出来る訳がないといった感じでようやく顔を上げて了承の意を返してくる二人に俺はニッコリと笑いかけてやった。
安心させると言うよりはむしろ怖がらせる意味合いが多めで。そもそもこの状態じゃ何を言っても安心しないだろうし。
二人が目を瞑った後はすぐに準備を進めて、
「まずはロゼからやるか。今から椅子に座らせてちょっと不安定な状態になるけど、大丈夫だからそのままの体勢で動かないこと。いいな?」
「は、はい」
そうして抱きかかえたロゼを椅子に座らせたらそれを後ろの方に倒していく。そしてロゼの顔が地面と水平になるくらいの位置までいったところで足で支えると、
「ちょっと冷たいかもしれないけど我慢しろよ」
髪を水で濡らしていく。その瞬間にビクッとロゼの体が震えるが無視し、そして十分に髪が濡れたところで次の段階に移ることにする。
「やっぱりベタベタじゃねえか。ったく、これは念入りにやる必要がありそうだな」
次に使うのはシャンプーだ。何をやるにしてもこれで油や汚れを綺麗に取り除かない事には始まらない。
そんな訳で俺は自らの掌の上で十分に泡立てたシャンプーを武器にその汚れや油に立ち向かう。だが一度ではぬめりを取りきれそうもなかったのでもう一度同じ手順を繰り返すことで頑固なそれの排除にも成功。
この辺りでロゼも何か変だという事に気が付いたのかソワソワしだしたが無視を続行。何故ならまだまだ先は長いからだ。
「ああ、もうソラは目を開けて良いぞ。と言うか今更気付いたけど、そこら辺にペットボトルに入った水を出しとくからそっちの器に入れ替えた後に人肌ぐらいに温めてテーブルの上に置いといてくれ。やっぱりお湯の方が良いし」
「あ、えっと……はい」
何か言いたそうにしたソラだったが俺が黙々と洗っているのを見て諦めて指示に従いだす。
本当なら温めた水をそのまま使えれば楽だったのだが、贋作はそれを作った時の状態を保持されるという条件がある。つまり温かい水を贋作すればそうなるし、冷たい水なら冷たい水の贋作が出来上がるというわけだ。
もっともこれも悪い事だけではなく、例えば温かい料理をリストに登録しておけば出す時にも熱々の料理が食えるというわけだ。しかもリストにある間は時間の経過も無いので賞味及び消費期限を気にする必要が皆無となる。
「やっぱりこっちの世界の井戸の水は俺の持ってきた水と比較すると濁りが有るのは否定できないからな。この際だからこの清潔な水の方で徹底的に洗ってやるから覚悟しとけよ」
ちなみに頭の下には容器があるし、その周りにはバスタオル類をこれでもかというほど敷き詰めてあるから水漏れの心配はない。仮に水を大量に溢した時でも瞬時にその存在を消滅させれば何も問題はない。
そういうこともあり俺は遠慮することなくロゼの髪との戦いに集中していった。
片足で後ろ脚しか地面に付いていない椅子を器用に支えて両手で髪を洗って行くという奇妙な体勢で。
「こ、これは何をやっている……の?」
敬語を使わなかった辺りこれが本当は罰ではないことに薄々は気が付いて来ているようだ。でも容赦はしない。
「ご察しの通り髪を洗っている。ちなみに後で体を自分で洗わせるからそのつもりで」
「えっと……色々と聞きたい事が有るけど、まず随分と慣れた手つきなのは気のせい?」
「ああそれか。付き合ってた彼女の髪が長かったんだが、喧嘩した時に不用意にその事に触れてな。最終的にその罰として髪を洗うのを手伝わされたことがあるんだ」
それが一緒に風呂に入るとかならある意味でご褒美だったのだろうが、実際にそんなことがある訳がない。
しかも洗う時には下手だとか、シャンプー類の使う順番が間違ってるだとか、洗い方がおかしいだとか、とにかく散々文句を言われながらだったのだ。
もっともそのおかげで今こうして慣れた手つきで髪を洗えている事を考えれば人生何が役に立つか分からないものである。
(まあこれが役に立っていると言えるのかは微妙なところな気もするが)
そんな事を考えながら次はトリートメントだ。ちなみにこれとこの後に使う予定のコンディショナーは俺の物ではないので家族の誰かのだと思う。
初めの内は宙に浮く感覚などに怯えていたロゼも次第に髪を洗われる気持ち良さに目覚めていったのか、うっとりとした表情に変わっていく。そして最終的には完全に身を任せるようになり、
「よし、これで終了っと」
長い戦いの末、ロゼの洗髪は終わりを告げる。だが本命はこの後だ。
「さて、次はソラの番だな」
「え、私は、その……」
「あらかじめ言っておくとこれは罰だから拒否権はないぞ」
獣の習性的な面もあるのか洗われるのが好きではないらしく遠慮したい様子を見せるソラであろうと関係ない。
そしてロゼより髪が長いからこそより念入りにやる必要があるのだった。
(これは長い戦いになりそうだぜ)
大変だったのでロゼにも手伝わせてそんな事をしている内に、いつの間にか謝罪の件などすっかりどうでもよくなっている俺なのだった。




