第十五話 やり過ぎ
「で、その子は宿に帰るなり寝込んでしまったと?」
「ああ、大丈夫だって言い張ってはいたけど明らかに無理そうだったからな。今は宿でソラに付いてもらってるよ」
街に戻った俺は最後の庭掃除の依頼をクリアした後にギルドに報告し、こうして約一日ぶりにデュークの家に来ていた。
「バカかお前は」
そして叱られていた。
「容赦するなと教えたのは俺だがそれは敵に対しての話だ。味方にまで同じようにする奴がどこにいる」
「うぅ……正論だから何も言い返せない」
「それにこの家を一日離れただけでどうして忌み職の奴隷を二人も購入して、冒険者の登録を済ませて依頼をこなしたかと思えば、挙句の果てにはルール違反の冒険者同士の私闘だと? しかも皆殺しとはもはや呆れてものも言えないな。その行動力は尊敬するが、もう少し考えてからにしたらどうなんだ?」
これまた正論だから以下略。
そうしてしばらくの間、反論も許さない正論だらけの説教が続く。
「まあだが、三人とも仕留めて死体の処理をしたのは正解だったな。その点に関しては容赦しなかった事も正しい」
「そう言えば本当にギルドはこの件の調査とかしないのか? いや、今更だけどあいつらが言ってた事を鵜呑みにしていいのかと思ってさ」
「冒険者なんていつ死んでもおかしくない職業だ。しかもその話から察するにそいつらは大したランクでもないだろう。だとしたらギルドは無駄な事はしないさ。例え薄々誰かに殺されたことを察していたとしてもな」
だがあまりやり過ぎるとギルドも目を付けるから気を付けるように釘を刺される。そして高ランクの相手は例え殺せるとしても止めるようにも言われた。
「高ランクの冒険者はギルドにとっても貴重だからな。死ねば大きな損失だし、不自然な死に方の場合は調査が行われる場合が多いんだ。だからもし高ランクの奴を殺す時は徹底的に証拠を隠滅しろ。今回の件で例えるなら森に火を放つぐらいの事をやる気持ちと覚悟でな」
「恐ろしいこと言うな、おい」
証拠諸共全てを焼き払えってか。そうでなくともやるならそれぐらいのつもりでいろという事なのだろうが物騒な例えにも程がある。いや、この世界ではそれぐらい普通なのかもしれない。
なにせ魔獣とか魔物とか恐ろしい化物が跋扈している世界なのだ。甘いことを言っている余裕なんてないのだろう。
「それでどうするつもりなんだ?」
「これからの事なら具体的な考えはないけど、今は冒険者として地道にランクを上げるつもりだけど?」
「それもあるが、俺が言っているのはその寝込んだ子のことだよ。かなりのショックを受けたようだし、最悪の場合は冒険者の仲間としては使い物にならなくなる可能性だって考えられるぞ。その時にお前はどうするつもりだ?」
二人は冒険者として活動する時に仲間として働いて貰う為に買ったというのが一応の建前だ。仮にロゼがそう出来なくなった時に見捨てるのか、それとも無駄な情けを掛けるのか。それをデュークは問うているのだ。
「別に冒険者の仲間として使えなくなったからってすぐに切り捨てるつもりはないさ。人間には向き不向きがあるし、他に使い道が全くないとも限らないしな」
「思ったよりも甘いんだな。正直意外だよ」
こちらの世界では使えなくなったら切り捨てるのが正解なのかもしれない。でもその行為は俺が嫌悪する理不尽な行いのように思えてしまうのだ。
「俺が厳しいのは基本的に身勝手な屑に対してだけからな。少なくともロゼが努力を怠るつもりがないのならしばらくは世話を続けるさ。一度面倒を見た責任もあることだし」
ペットではないが一度拾ったものを最後まで面倒を見るのが俺の果たすべき責任というものだろう。もっとも彼女はペットではないのでもしかしたら世話をする必要がなくなる日だってくるかもしれないが。
「そうだな、折角だしこれからの目標として二人が自立できるようにするってのも加えよう。万が一、俺に何かあった時に何もできないようじゃ色々と困るだろうし」
それは俺が死んだ場合だけを言っているのではない。事情があって行動できない時などのことを考えての事だ。
そしていずれは自立する時もくるかもしれない。
「もし彼女達が自立したらお前はまた一人になるわけだが?」
「その時はまた新しい奴隷でも買うさ。なんならその経験を活かして奴隷を一人前に育てるビジネスでも始めて見るのも悪くないかもな。忌み職更正場って感じで」
そんな冗談を挟みつつ色々と話しているといつの間にか正午になっていたらしくそれを知らせる鐘が鳴る。なので俺はその場を退散することにした。ここに居ると昼御飯を勧められかねないし。
(俺だけなら是非御馳走になりたいところだけど、ロゼやソラが宿で待ってるもんな)
今の状況だと二人共俺の指示がないと飯も食わない気がしてならない。
そしてソラがまた盛大な腹の虫を鳴らしている姿も容易に想像できてしまう。そうはさせない為にも早く戻るとしよう。
「それじゃあまたな、俺の剣のお師匠様」
「ったく、ほとんど技を盗みきって用済みの相手によく言うよ」
「そんな事ないし感謝してるよ。色々と」
「それはこっちもだよ」
そうして席を立った俺にデュークは真剣な言葉を投げかける。
「イチヤ、冒険者は夢がある代わりに非常に危険な職業だ。だから俺は家族が出来た時点で引退した。人生を楽しむという目標を持つのは良い事だと思うし、お前がそう簡単に死ぬとも思えないが気を抜くなよ」
「判ってるって」
その後の俺は市場によって適当な食事を買うことなく見繕うと宿に戻る。そこでは何故か寝込んでいたはずのロゼが正座の状態で待っており、
「申し訳ありませんでした!」
俺の姿を見るや否や、いきなり謝罪の言葉を口にして頭を下げるのだった。




