第十四話 容赦など存在せず
小さな兎に似た魔獣のピッタンを討伐するまでは何も問題なかった。
天職的に戦闘行為にもある程度は慣れていたソラは魔法も武器を使わず素手だけで簡単に仕留めることが出来ていたし、ロゼの方も俺のサポートもあって初めて振るう剣でも数体倒すことに成功したからだ。
ちなみにその剣などは前の買い物の時にちゃんとお金を支払って購入した物である。
本音を言えばこの程度の武器なら商品を見る際に触れたことで偶然出来てしまった贋作でも大丈夫な気がしたのだが、今回は初めという事もあって止めておいた。
贋作があるから何でも手に入ると二人に思われても困るので。
そうじゃなくとも能力の乱用や悪用などをして頼りきりになる事については俺も気を付けなければいけないだろう。もっとも今回のように商品を見る時に贋作が出来てしまうのはわざとじゃないからセーフ。言うなれば未必の故意ってことで。
(そもそもばれなければ何も問題無いわけだしな)
そんなこんなで依頼達成に加えて倒したピッタンを食べたそうに見つめていたソラの為にも十分だと思われる数のピッタンを処理して持ち帰る準備をしている時だった。そいつらが現れたのは。
「おやおや、こんなところで可愛い子達が何やってんのかな?」
ガラの悪そうと言うべきかチャラそうな声を掛けて現れたのは装備に身を包んだ三人組みの男達だった。その目は俺の事など眼中にないのか二人の美女の方にしか向けられていない。
そしてそれは多少邪険に扱われても変わらなかった。
「なに? 用がないなら話しかけないでくれる?」
バッサリ切って捨てたロゼと完全に無視を決め込んでいるソラの二人。普通のナンパならまず間違いなくここで心が折れて退散するところだろう。
だが良くも悪くもここは異世界で常識が違うらしく、声を掛けてきた男はめげずにこちらに近寄ってきて二人を口説くのを続行し出した。
「そうつれなくすんなよ。誉めてんだからさ。そうだ、どうせだからこれから一緒に飲みに行こうぜ」
そう言いながら馴れ馴れしく近くのソラの肩に手を置こうとして、サッと身軽な動きで避けられる。そしてその所為で男はバランスを崩しかけたのを見て、俺は思わずクスッと笑ってしまった。
「あ? なに笑ってんだよ、てめえ?」
そこでようやく俺の方に目を向ける男達。もっとも俺にはそいつらに気を使う理由も遠慮する必要もない。
「その前に顔の赤さをどうにかしてから言えよ。避けられて恥ずかしいのを誤魔化してるのがバレバレだぞ。なによりダサいし」
だから思った事をはっきりと言ってやった。すると案の定瞬間湯沸かし器のようにあっという間にそいつらの頭に血が上って激昂する。
「ぶっ殺すぞてめえ!」
「俺達を誰だと思ってやがる!」
「知るか。つーか可愛い女の子ならともかく、むさくるしい男の名前なんざ知りたくもないわ」
そこで近くに居る男ばかりか近寄って来なかった方の男二人までそれぞれの剣や弓などの武器を抜いて構える。そして顔を真っ赤にして怒っているのが誰の目にも明らかだった。
最近のキレ易い若者だってここまでではないだろうに。
「ここに来る辺りお前達も新米の冒険者ってところだろ。だったら冒険者同士の私闘は不味いって分からないのか?」
「バカが。そんなのばれなきゃいいし、証拠がなければギルドでも裁けやしねえんだよ。そんな事も知らねえ初心者が粋がってんじゃねえぞ!」
「そうだな、今すぐ詫びを入れてその二人を寄越せば命だけは助けてやってもいいんだぜ?」
「安心しろ。たっぷり可愛がった後に帰してやるからよ」
(うわーここまでテンプレだともはや笑えてくるな)
恐怖なんて欠片も感じず、俺は二人に背負っていたリュックサックを預けて下がっているように指示を出す。ソラの戦いぶりを見る限りではこの程度の相手なら全く問題ないと思うが、今回は念の為ということで。
それにしても大変貴重な情報が得られたものだ。先程の贋作の件ではないが、確かにばれなければ何も問題ない。そして証拠がなければ裁きようもないに決まっている。
そしてここは魔獣が生息する人気のない森の奥だ。目撃者がいることはまずあり得ないし、死体も魔獣たちが処理してくれることだろう。
つまり、
「なんだ、それなら皆殺しにしても何も問題ないってことじゃないか」
その俺の言葉に対する反応を待たずに俺は近くに居た奴の首を撥ねる。
そしてその無くなった首付近から血が吹き出す前にその体を残り二人の方へと蹴り飛ばした。俺の贋作はともかく後ろの二人が来ている本物の服を血で汚したくなかったのだ。
「え……?」
「……うそ、だろ」
その吹き出す血を全身に浴びてようやくこの状況を理解し始めた残り二人。もっとも時既に遅しであるが。
「俺はさ、お前達のような身勝手で生きてる価値のない屑みたいな奴等が心の底から嫌いなんだよ。あるいは憎いとさえ言っても良い。そんな奴らを殺して問題ないと知ったなら、どうするかなんて答えは一つしかないだろ?」
手にあるのはデュークが使っていた剣の贋作だ。世話になっている時にストックさせて貰ったのである。そしてデュークから授かったものはそれだけではない。
「く、くそが!」
弓を持っている方の男がそんな叫び声と共に矢を放ってくる。それを俺はしっかりと目で捉えると同時に斬り払った。文字通り止まって見えるそれを弾くなど今の俺には朝飯前である。
「俺の『贋作者』には基本的な能力の他にも様々な効果がある。例えば物を作るという性質上なのか観察眼及び審美眼が強化される、とかな」
それにより大抵の物の真贋を見抜くことが出来るばかりか、他人の大まかな力量さえも何となくだが判ってしまうのだ。例えば目の前の奴らは目を瞑っていても楽勝だろうな、という風に。
そして更に観察眼が秀でることによるものなのか学習能力さえも著しく上昇する事も判明していた。そうでなければ僅か一週間で全く知らない文字が書けるようにはならないし、
「こんな風に剣なんて一週間前まで握ったこともなかった物をここまで使いこなせないんだな、これが」
そうして続いて放たれた二射目も、牽制のつもりかソラ達を狙った三射目も剣で叩き落として見せる。
「屑の上に卑怯者か。死ねよ」
そして第四射が放たれる前にその首に剣を突き立てて、バカ力で強引に横に刃を滑らせた。ここならロゼ達とは距離も離れているし血で汚れても問題ない。
「あーあ、無理したから剣の刃がボロボロになっちまったな」
こんなことでは剣の師であるデュークに叱られる、なんて事を考えているとその隙を狙うように残された最後の男が剣を振り降ろしてくる。
あの中では一番力が有りそうだと感じた通り、そこそこの速さと重さが受け止めた剣越しに伝わってくる。
だがそれでもデューク以下の一撃だし、この程度では学ぶところはなさそうなのでわざわざ様子見の為に受け止めた意味はなかったのだが。
必死の形相で次の一撃を振るうべき剣を振り上げたところで俺は空いている手に新たな剣をリストから取り出すと、相手の剣を持った腕を斬り飛ばす。
一泊遅れて悲鳴が上がるが、残念な事にこんな場所では俺達以外の誰にも届くことはない。
「言っておくがまだ俺には人を殺すことに対する抵抗はあるぞ。だけどお前は人じゃなくて獣以下の屑だから何も問題はない。だろ?」
「た、助け」
俺の同意を求める問いに答えずに言おうとした命乞いの言葉などに耳を傾けることはなく、その首は宙を舞い鈍い音を立てて地面に落ちた。
「二人とも無事だな?」
用済みとなった二本の剣をその場に捨てて俺は二人の元へ戻った。ドン引きされる可能性を覚悟しながら。
こちらの世界で生きて行く以上はいずれ誰かと戦う事態になる。その時に躊躇しては生き残れない。それが剣を習うと同時にデュークに何度も言い含められた教えだった。
そして俺としてもこんな身勝手な屑共の所為で人生を奪われるなど二度と御免だ。だからやると決めたら容赦などしない。
「私は大丈夫ですがロゼが……」
そのソラの言葉通りロゼの顔は真っ青になっていて目の焦点が合っていない。やはりこういった荒事の経験がないこともあって今の光景はショッキング過ぎたらしい。
(殺すにしてももう少し考えるべきだったか)
相手が身勝手な屑共だったせいで思わず内に有る怒りをぶつけてしまった面は否定できない。
ロゼの事を考えれば殺す姿を見せるにしても徐々に慣らしていくべきだったろうし、そこは明らかな失敗だったようだ。
とは言っても今更後悔したところでどうしようもない。ロゼには申し訳ないが、乗り越えてもらうしかないだろう。
「とりあえず戻ろう。血の臭いを嗅ぎつけた魔獣が寄って来る前にな」
そうして俺はソラの手伝いの元に死体を燃やしたり返り血で汚れた服を着替えたりした後、街へと戻って行くのだった。




