第十一話 苛立ちの理由
それから俺達は武器屋や防具屋などの店を適当に見て回った後、元の宿屋へと戻った。
「とりあえずこれからしばらくはここを拠点にして活動しようと思う。それで何か聞きたい事とかはあるか?」
一先ず部屋は三人同じにした。男女別々の部屋を取るとそれなりの額が必要になるし、何かあった時の事を考えての事だ。そう、あのギルドで向けられた視線に嫌な予感を感じたのだ
しばらく様子を見て何もなければ別にすればいいことだ。二人には申し訳ないが、それまでは我慢して貰う事とする。
「えっと、活動ってやっぱり冒険者としてのってことでいいの?」
「一先ずはそうだな。少なくともある程度のランクになってそれなりの稼ぎを得られるようになるまではそのつもりだ」
「その……ソラはともかく私は戦闘とかだと素人だから役に立たないわよ? 分かってる? あと本当にこの口調のままでいいの?」
「二人が『奴隷 レベルI』と『殺人鬼 レベルI』であることは承知の上だし、ローゼンシアにはまともな戦闘経験がないのもポーから聞いてるよ。それと口調については前にも言った通り好きにしてくれ。それはソラもな」
主だから俺には敬語を使え、などと強要するのは性に合わないし、そもそもそんな事を特に気にする性分でもない。余程酷くない限りは本人の自由に任せるのが一番だろう。
「あ、あの……」
そこでソラが口を開く。自主的に言葉を発するのはこれが初めてではないだろうか。
「どうしてあなたは私達みたいなのを買ってくれたんですか?」
「みたいなの、ね」
その言葉を発したソラもそれを否定どころか疑う様子もないローゼンシアも自身をどういう存在と捉えているのか嫌でも分かるというものだ。
そしてこの世界ではそれが当たり前の事なのだろう。
それがどうしようもなく俺の気に障った。
「そうだな、言ってしまえばムカついたからだよ。忌み職だが何だか知らないがそんなどうでもいい事で迫害をしている奴らも、それを諦めたのか甘んじて受け入れているお前達にもな」
どちらに対しても俺は投影しているのだろう。
前者は事故を起こした奴や俺を見捨てた奴ら。後者はそれで絶望した俺自身として。だからこそ俺はこんなにも苛々して仕方がないのだ。
まるでその時の自分の情けなさや駄目さ加減を見せられているかのようで。だからこそ我慢ならないのかもしれない。
「あらかじめ言っておくと俺は聖人君子でもなければ善人ですらない。だからお前達が努力もせずに使えないままでいるのなら見捨てるって考えも持っている。そこは勘違いするなよ」
そう言いながらも今のところは見捨てると言ってもポーの元に売って送り返すくらいのつもりだった。何故なら俺は悪人でもないからである。わざわざ苦しめる真似をするつもりもない。
だけどそれを聞いていない二人の表情に緊張が走り、顔色も心なしか蒼くなったように見えた。どれだけ怖がっているのやら。
(まあそれも当然なのか)
俺は二人にとって主で逆らえない相手だ。逆らえば奴隷紋から想像を絶する痛みが与えられ、それがひどくなれば死に至ることもあると言う。
生殺与奪を握られていて無条件に信じろと言う方が土台無理な話なのだ。
何もしなくても大丈夫だと思われては困るので少々脅しの意味を込めての発言だったが、思っていた以上に怖がらせてしまったらしい。別に恐怖で支配したい訳でもないのでこれは良くない。
だから俺は空気を変えるように笑って言った。
「とは言えそれは最悪の場合だ。少なくとも多少成果が出ないとか程度で斬り捨てる事はないよ。それがお前達を買った俺の責任だと思うしな」
そこで煙草を取り出しかけてまた止める。
「とにかくだ、俺はお前達が俺の仲間である限り危害は加えないし、限度を超えた労働とかも一切やらせないと約束する。だから普段は気楽に過ごしてくれて構わない。もちろんやる時は集中してもらわないと困るけどな」
この言葉を聞いて実に意外そうに目を丸くする二人。何かそこまで変な事を言っただろうか。
「……仲間? 私とソラがあなたの?」
「それが何か変か? 立場的には奴隷かもしれないが、冒険する時に行動を共にするんだからあながち間違いではないだろう?」
その俺の返答に対して、
「ぷっ!」
堪えきれないといった様子でローゼンシアが吹き出した。そしてケラケラと笑い出す。
その隣ではソラがそんなローゼンシアと笑われた渋面を作っている俺を交互に見てワタワタと焦っている。こちらの逆鱗に触れないか心配しているらしい。
そうしてしばらく笑って一段落したのか落ち着いたローゼンシアは目の淵に涙を残しながらまだ笑いに歪んでいるその口を開く。
「あなた変よ! 絶対変!」
「知ってるよ」
異世界人という時点でそれは確定しているのだから。
「あーあ、そうよね。そもそも忌み職を好んで買う時点で常識何て通じない相手なのよ。それに大して賢くもないこの頭で変に難しく考えるだけ無駄だったわ」
「そうそう、それぐらいの気持ちで良いんだよ。その方がこっちとしても気が楽だしな」
そうやってまずはローゼンシアの方が気を楽にした時だった。それに釣られるようにしてソラのお腹が鳴ったのは。それも結構大きな音が。
その音で二人の視線が集中するとソラは顔を真っ赤にして俯いてしまう。それを見て俺とローゼンシアはほぼ同時に吹き出してしまった。
「ちょっとソラ、また笑わせないでよ。お腹が痛くなりそうだわ」
そう言って目に浮かんだ涙を拭いていたローゼンシアのお腹まで釣られるように鳴ったのはもはやコントの領域だろう。これにはあの無口なソラでさえも耐えきれずに吹き出してしまう。
「ふふ、ロゼだって人のこと言えないじゃないですか」
「そうだな、どっちもどっちだ」
「し、仕方ないでしょ。だって昼間から誰かさんに連れ回された所為で何も食べてないんだから」
それだけでなく激しい運動をさせたのも自分なので俺はその話題から逃げることにした。
「そりゃ悪かったな。それじゃあ少し遅くなったが飯にしようか。下に行けば用意して貰えるはずだし一緒に晩飯を食おう」
同じ釜の飯を食えば少しは仲良くなれるだろう、なんて若干古臭いかもしれない事を思っていると、そこでソラが反応する。
「え、その……いいんですか? 私達までご一緒しても」
「他の奴らは気にするのかもしれんが、俺は気にしないからいいんだよ」
「そうそう、ソラも気にしないで行きましょう。この人なら……イチヤなら大丈夫よ、きっと」
「誉め言葉として受け取っておくよ、ローゼンシア。というか、さっきロゼって呼ばれてたし俺もそう呼んでいいよな? そっちの方が呼びやすいし」
「だからそれも普通は奴隷に聞かないわよ? つくづくイチヤは変わった人ね」
そんな憎まれ口を叩きながらも快諾したローゼンシア改めロゼと共に下に降りるべく扉を開けて部屋の外に出る。
「わ、訳が分かりません。どうして主が奴隷に許可を求めるのです? それにわざわざ食事を共にする必要がどこにあるというのですか?」
「おーい、考え事をするのは勝手だけどモタモタしてると置いて行くぞ。それで飯食えなくなっても知らないからな。あ、それと鍵よろしく」
それでもまだ納得できないのかそんな独り言を言っていたソラだったが、先程までのように黙っているよりはマシだろうと勝手に判断した。
だから更にここで強制はしない事を示すようにそれだけ言って置いて行ってみた。
「え、ちょ……ま、待ってください!」
それで慌てた様子で部屋を飛び出してくるソラの様子は先程までの無口で無表情だった人物と同じとは思えない。
(この分だと思ったより早く壁は無くなるかな)
そんな少し前とは真逆の事を考えながら俺達は晩飯にありつく。しかも折角なので祝いとばかりに二人の食べたい物を好きなだけ与えることにして。
初めの内は遠慮していたソラでさえも食欲という三大欲求には逆らえなかったのか、次第に食べる速度を上げていき、最終的にはがっつくまでになっていったのは笑うしかなかった。
しかも量も俺とロゼを合わせた以上に食ってたし。流石は獣人と言うべきか。
そんな風にして俺とロゼ達は少しだけお互いの心の距離を近づけたのだった。




