第十話 冒険者ギルド
奴隷の起こした行動の責任は全て主人が負う事になるなどの説明を受けた俺は他の奴隷以外の商品も色々と見せて貰った後、その足で冒険者の登録が行えるギルドに向かっていた。
勿論二人も一緒だ。
「どうしたんだ? そんなにオドオドとして」
その言葉の通り二人は先に進む俺に付いて来ていたのだが、なんだか落ち着かない様子だった。周りからの視線を気にしている様子も見て取れる。
「だ、だってこんな服を着て歩き回るのなんて久しぶりだし」
「ああ、慣れてないってことか。ソラも同じ感じか?」
返答は首肯だった。どうやら二人ともポーのところで新調した服もあっていつもと勝手の違いに戸惑っているらしい。
ポーの話ではこの二人は何年も奴隷として生きて来たらしいし、自由の身であることでさえも戸惑ってしまうのだろう。
「慣れてないのなら仕方ないけど、これからはこういう生活が続くだろうから時間を掛けて慣れていくしかないな。まあその為の良い経験だと思って頑張ってくれ」
奴隷紋が見えない服を選んだし、ソラの枷や重りについても外してある。
体を洗えていないからまだ多少髪や肌に汚れは見えるが、それも宿に帰れば解決できる。そうなれば少なくともパッと見で奴隷だと思う奴はいないはず。
だからこそ逆にその落ち着かない態度が目立ってしまっていたのは皮肉な話だが。
「えっと、ここを左で……おっ、あれだな」
ポーに渡されたギルドまでの道順が掛かれた紙に従って来たこともあり特に迷うことなくギルドまで辿り着くことが出来た。
もっともそれでもなんだかんだ購入する時の手続きなどで時間が掛かったからか日は完全に暮れて夜になっていたが。
「今日は冒険者としての登録だけして宿に帰ろう。流石に今から依頼を受けるのは無理だし、宿の延長とかも考えないといけないからな」
いつまでもデュークの家にお世話になっている訳にもいかないし、これを機に俺は宿を借りる生活を送ろうと考えていた。流石に奴隷の二人を連れてそのまま世話になり続ける訳にはいかないし。
(でも考えてみたら二人とも女性だし部屋は別々にするべきか? 奴隷でも最低限の衣食住はしなきゃいけないし、そうじゃなくても一緒だと何かと二人も嫌かもしれないしなあ)
そんな事を考えながら俺はギルドの扉を開けて中に足を踏み入れる。そして最初に思った事は、
(酒くさ!)
その匂いの通りと言うべきか、そこにはある意味で思っていた通りの光景が広がっていた。
こちらから見て右の方にはカウンターがあり、そこには数名の受付係らしき人達が経っている。そこに何らかの紙を持って行っている冒険者らしき奴らが居る事から、そこで依頼を受けたり報告したりするのだろう。
そして左半分には椅子やテーブルがあり、そこではむさい男共が騒々しく会話をしていた。中には酒を飲んだり賭け事をやっていたりする奴もいるようでかなり酒臭い。
まさにそれっぽいというか俺達が想像する冒険者ギルドらしい光景がそこにはあった。
「おうおう、こんなところに坊主が何の用だ?」
そしてこれまたテンプレのようにこちらをバカにして絡んでくる奴らが現れる。と思ったら俺と目が合ってすぐにその表情に変化が起こった。
「黒髪黒目の坊主だと?」
「そう言や最近そんな噂が有ったような……」
「いや、あれは単なる噂話だろ? だって現れたオルトロスはポロン達が倒したって話だし」
そんな風に騒がしかったギルド内が段々とこちらを見て静かになっていく。と言ってもヒソヒソ話はあったが。
(デュークの言ってた通りか)
恐らくは俺が落下したことによって死んだと思い手柄を横取り出来ると考えたのだろう。あの二つの首を持つ犬の魔物、オルトロスを倒したのはその四人組ということになっているらしい。
死体の一部を持ち帰って本人達がそう言っているらしいのだから疑う余地はない。少なくとも事情を知らない人にとっては。
最初にその事を聞いた時は一応命の恩人である俺に対して随分とひどい話であると思ったのだが、デュークに言わせればむしろそれで良かったとのこと。何故なら下手に俺の事が広まると面倒なことになるからだ。
異界から来ただけでも十分異常なのに、その天職も規格外となれば誰もが欲する。各国が知れば何が何でも手に入れようとするだろうと。
いつかは働き口として国に仕えることもありなのかもしれないが、少なくとも今はまだ折角の自由を満喫したい。それが十分に済むまで面倒な勧誘は遠慮願いたいのが正直な俺の気持ちだった。
だからこちらにも都合が良い事もあって俺はその事について口を出す気はなかった。
だがこれまた厄介な事にその中でバカ正直に証言した奴も居るのだとか。オルトロスを倒した人物は自分達ではなく別に居ると。
あの迷宮で何らかの異変が起きていたのはギルド側も把握していたし、四人組がオルトロスの死体の一部を持ち帰っていた事もありその言葉は信用された。
だがそれと同時にその四人組の力量を考えれば犠牲を出さずにオルトロスを倒せたことに疑問が生じるらしい。そういう事もあって結論は四人組が倒したという事に落ち着いた今でも噂が流れているのだ。
黒髪黒目の男が突如として現れてオルトロスを倒したとかなんとか。恐らくは奴らが言っている噂とやらもそれか、それに尾ひれがついたものなのだろう。
(ここで噂を否定するのも名乗るのも変だし、ここは無視一択だな)
向こうが戸惑っている間に俺は後ろで視線を向けられて更に戸惑いを増している二人を連れて受付のカウンターの方まで進む。幸い向こうも真偽を測りかねている所為か引き留められることはなかった。
幾つかあるカウンターの中でどれが冒険者として登録を行う場所なのか分からなかったので、俺は適当に近くのカウンターに行ってみることにした。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用件ですか?」
「冒険者の登録をお願いしたいんだけど、ここでいいのかな?」
「それならここでも大丈夫ですよ。手続きの準備をしますので少々お待ちください」
受付嬢らしき同い年ぐらいの茶髪の女の子はそう言って後ろの方から幾つかの書類を選んで持ってくる。
「まずこちらの登録における注意事項等が書かれた紙をお読みください。そして問題がなければこちらの方に名前と天職をご記入ください」
冒険者同士での私闘は原則として禁止だとか犯罪行為は例え冒険者だろうと重罪に処されるだとか書かれていた内容に一通り目を通して気になる点もなかったのでサインの方に移る。
ちなみに文字は一週間前まで話すことは出来ても読めなかったし書けなかった。
だが今ではこうしてこの世界の人間が使う文字を習得している。それも全て『贋作者』のおかげだ。
「これでいいですか?」
天職のところは嘘をついて『剣士 レベルⅢ』と書いた紙を差し出すと問題がない事を確認した彼女はニッコリと笑ってありがとうございます、と礼を言ってくる。
何と言うかこんな荒くれ者だらけの場所だというのに素晴らしい接客態度だった。感動したほどである。
「それでは冒険者になるに当たって知っておかなければならないことについての説明をさせていただきます。まず初めに冒険者のランクは下がF-、上がS+と全部で二十一段階となっております。そしてイチヤ様は一番下のF-から次はF、そしてその次はF+、E-、Eといったように上を目指していく事になると思います」
上に行けば行くほど報酬は豪華になって行く代わりに難易度も高くなる。そして自分の英語文字以上のランクの依頼は受けられないのもデュークに聞いていた通りだった。
つまりこれから最低のF-ランクになる俺でもF+ランクまでの依頼は受けられるということだ。もっとも基本的には自分ランク以上のものは薦められないそうだが。理由は危険だからである。
「依頼は採集から討伐様々なものがありますので自分に合ったものを選んでください。また中には条件や期日などがある依頼もありますので、受ける時はよく確認してくださいね。受けた依頼を辞退する事は出来ますが、あまり失敗や辞退が多いと何らかの処罰がギルドから下されることもありますので」
出来ないのなら最初から受けるな。実にまともで反論のしようもない意見だった。
他にも依頼を受けたい場合は依頼盤と呼ばれるボードに貼られた紙をカウンターまで持って来ればいいこと、依頼を完了した時も同じであることや一度に受けられる依頼はどのランクでも基本的には三つまでとなっているなど一通りの説明をして貰う。
「以上で基本的な説明は終わりです。他に何か聞きたい点などはありませんか?」
「奴隷の扱いについてはどうなるんだ? 例えばこの後ろの二人は俺の奴隷で一緒にパーティを組もうと考えてるんだが、その場合は彼女達も冒険者として登録が必要なのかな?」
「ど、奴隷ですか? その後ろのお二人が?」
「そうだけど何か問題が?」
冒険者になりたての男が奴隷を持っていれば疑問に思って当然だろうが、そんな事は全く気にせずそう言ってみた。変に気にしたって仕方ないだろうし。
「い、いえ、ありません。えっと、その場合は冒険者としての登録は必要ありませんが、その代わりイチヤ様の所有物であるということをあらかじめサインで証明して貰う必要があります」
なんでも奴隷は武器や防具のような物と同じ扱いらしい。だが何もしないと良からぬ事をする奴もいるので登録だけは行うのだとか。
そうして指示通りソラとローゼンシアの二人が俺の奴隷であることをサインで証明した後、それ以外は特に聞きたいこともなかったのでこれで受け付けは終了となる。
「それではこれでイチヤ様はF-ランクの冒険者となります。お疲れ様でした」
「ありがとう。そうだ、どうせだから依頼を受けておこうかな。実際にやるのは明日になるだろうけど、今日ここで受けても特に問題はないだろう?」
問題ないというお墨付きを貰ったので俺は依頼盤と呼ばれているボードに張られた紙を見に行く。その上の方にはFという大きな木彫りの装飾品が付けられており、その通りF-からF+までの依頼しか張られていなかった。
その隣にはE、D、と続いているのでどうやら文字が変わるランクごとに分けられているようだ。
「さてと、それでどれを受けようか。ローゼンシア達はどれが良いとかあるか? と言っても受けられるのはFのボードにある依頼だけなんだが」
まだソワソワしている二人は特にないとのこと。こちらに気を使っているのがありありと分かる態度だったが、ここで無理に希望を言うように強制しても逆効果だろうと判断して止めておいた。
(こういう人間関係は一気にどうにかなるものでもないし、徐々に改善していくしかないからなあ)
とりあえず俺は全て別の種類の依頼を受けてみることにした。それで自分に合ったものが何かを掴もうと考えたのである。
そうして選んだのは初めてというのを考慮して全てF-ランクの依頼である【モグリ草の採取】【魔獣ピッタンの討伐】【オブル宅の庭掃除】の三つだ。
最後のなんて冒険者がやる事なのかと思ったが、依頼として張られているのだからあるのだろう。
その三枚の紙を持って何となく先程と同じカウンターに戻る。
「この三つでよろしく。えっと、そういや名前なんだっけ?」
「私ですか? ミズリーです」
「それじゃあ改めてよろしく、ミズリー」
「はい、畏まりました」
テキパキと手を動かして作業をしながらそれぞれの依頼の内容を詳しく説明してくれるミズリー。その中には薬草が生えているとされる場所やピッタンが生息していると思われる場所など依頼をやるのに役に立つ情報もあった。
そんな風に真面目で職務に忠実だったミズリーだったが最後の時にそれを僅かだが緩める。
「ところで例の噂をイチヤさんは知っていますか?」
「噂ってオルトロスを倒したとかいうあれだろ? 知ってるよ。現に今もその噂の所為で周りから変な目で見られている訳だしな」
そう言って背後を振り返ると何人かは気まずそうに眼を逸らす。もっとも中にはこちらを見つめたままの奴や逆に睨み返してくるような奴もいたが。
そんな血の気の多そうな態度に苦笑しながらも俺は視線をミズリーの方に戻してその噂に対する答えを口にした。
「ミズリーが期待していたのなら申し訳ないけど、俺はその噂の奴とは別人だよ。偶然この目と髪が似ていただけのな。そもそもそれだけの実力があるのなら都会に出てもっと割のいい仕事に就いてるよ」
「それもそうですね。ごめんなさい、仕事中なのにこんなどうでもいい事を聞いてしまって」
デュークに噂の真偽を尋ねられた時の為に用意していた答えは効果抜群だったのか、ミズリーだけでなく耳を澄ましていた奴らにもそれぞれの反応を齎した。それを証明するようにまた先程のように後ろの方が騒がしくなっていったし。
「色々とありがとう。それじゃあ、またな」
それでもまだこちらに鋭い視線を向けている奴らが居る事に気付きながらも俺はそれらを完全に無視して席を立ってギルドを後にした。
何故ならそれよりも、
「ほら、置いてくぞ」
未だに落ち着かない様子の二人の態度に苦笑いを禁じ得なかったからだ。
(やっぱり先は長そうだな)
そんな思いを抱えながら俺は次の目的地へと足を向けるのだった。




