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天職に支配されたこの異世界で  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中


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第九十四話 風呂にはこの世の楽園がある

 異世界に来てから俺は風呂にゆっくりと入る事が娯楽の一つになっていた。


 なにせ金がない時だと井戸の冷たい水で体を流すだけなのだ。それも街の外に出たりすれば毎日行える訳ではない。


 更に井戸水だって無限ではないこともあって大都市ならともかく小さな村や街だと毎日気軽に行える訳ではない。


 それはいざという時の為にある程度残しておく必要も判るのだが、それでもやっぱり現代日本で育った身としてそれは中々に辛いものがあった。


 だから俺はある程度金を稼げるようになってから食事とその点に関しては妥協していない。フーデリオのギルドに備え付けられていた大浴場は利用の度にそれなりの金が必要でも遠慮なく毎日入るくらいに。


「よし、それじゃあ俺は風呂に行ってくる」

「また? いや別に文句がある訳じゃないけど、本当に好きなのね」

「まあな。ロゼはどうする?」

「行く」


 即答する辺りロゼも嫌いではないようだ。と言うか嬉しそうにしている辺りなんだかんだ言っても好きなのだろう。


 問題はもう一人の方だ。


「わ、私は、その」

「ああ、ソラは強制だぞ。だから諦めて支度をしろ」

「……」

「そんな目で見ても駄目なものは駄目だ」

「うぅ……分かりました」


 俺が譲らない事を悟って観念したのかソラは項垂れながらも頷く。こんな態度だがソラは別段風呂が嫌いな訳ではない。


 好きとまではいかないようだが体を清潔に保つ事や髪などが艶やかになってゆくのを素直に喜んでいるくらいなのだから。


 ただ奴隷としてこれまでまともに体を洗う事も少なかったこともあり、どうしても風呂などの高級な施設だと居心地が悪くなってしまうのだと本人は言う。まあただ生きて行くのも大変だったころに比べて無意識の内にでも風呂などは贅沢だと思ってしまうのかもしれない。


 ちなみにロゼの方がそれほどではないのは娼婦としては働かされていた事もあって、他の奴隷よりは身体を清潔にする機会に恵まれていたからだ。

 まああまりに汚いと客も寄り付かないだろうから妥当な判断ではある。


 要するにソラはまだ慣れていないのだけなのだ。だとしたら余計に回数をこなしてなら慣れさせるしかない。二人が清潔で綺麗だと俺も非常に嬉しいので。


「そう気を落とすな。なんなら今日は俺が髪を洗ってやろうか?」

 まあ大浴場は男女別だからそれは無理なんだけどな、と冗談交じりに続けようとしたのだが、

「それは本当ですか! でしたらすぐに行きましょう!」

「あ、ずるい! それなら私も!」


 という二人の期待に目を輝かせた反応にそれは潰される。


「ふ、二人共、随分食いつくのな」


 単なるジョーク的な発言のつもりだったのだが、二人にとっては思っていた以上に効果を発揮したようだ。


 最初の時以外は慣れさせる為にも自分で洗うようにさせていたが、まさかそんなに俺に洗って貰いたいとは露ほどにも思っていなかった。美容師でもないのでそんな洗髪の技術を持ち合わせている訳でもないし


(しかし困ったな。こんな嬉しそうにされたら今更無理なんて言い辛いし)


 ニコニコと笑って嬉しそうにしている二人をがっかりさせない為にも、俺は駄目元だが三人で利用できるような浴場やそれらしき施設がないかとギルドの職員に尋ねてみる。


 すると、


「それでしたら貸し切りに出来る小さな浴室がギルド会館の中にありますよ」


 気が抜けるほどあっさりと見つかってしまった。そして案内されたそこは旅館などにあるような個人風呂を多少大きくした感じで、内装もどこか和風な感じがなされていた。


 聞けば詳細は分からないが遠い異国の地の文化が元になっているのだとか。


(大浴場の時点で少し変だとは思っていたが、こんな風な個人風呂まであるとなると偶然だとは思えないな。となるとまさか俺の前の異世界人が広めたのか?)


 そう言えばギルド会館にあるトイレは前の世界の洋式のそれと全く同じ仕様で驚いたものだ。流石にウォシュレット機能までは付いてなかったし、水魔法を応用して稼働している等の差異は幾つもあったがそれでも妙な話だ。


「……まあいいか」


 先に入って待っているように言われたので少し熱いくらいの湯に浸かりながらぼんやりとそんな事を考えているとガラリと扉が開く。入ってくる人が誰かなど言うまでもないだろう。


「お待たせしました」

「うわー更衣室だけじゃなくて中まで綺麗なのね」


 そこには女性だけに用意されていた白色の湯着を身に纏った二人の美女がいた。


(うん、それなりの額を払っただけはあったな)


 湯着は別料金だと知って遠慮していた二人を俺の我儘で半ば強引に押し切ったのだが、この素晴らしい光景を見れば正解だったと言い切れる。ついでに二人が着る前にこっそりそれの複製を完了しておいたのも。


「二人とも似合ってるな」

「あ、ありがとうございます」

「そう? ならよかった」


 素直に照れた様子のソラもそっけなく言いながらも嬉しそうに笑顔を浮かべているロゼも非常に魅力的だった。今更ながらこんな美女二人と風呂を貸し切って一緒に入るなど俺もいいご身分になったものだ。


 一時は自分で風呂に入るどころか体を拭く事さえ困難だったと言うのに。


「って、二人ともそんなところで立ち止まってないで湯に浸かってみろよ。少し熱いが気持ちいいぞ」


 流石にここまで高級感があるとロゼも戸惑うのか二人してどうしたものかとソワソワしているのでこちらから指示を出してやる。


 そのおかげもあって掛け湯の後に浴槽に浸かってきた二人は迷うことなく俺の両脇にぴったりと寄り添ってくる。


「本当だ。気持ちいいわね」

「だろ? ソラはどうだ?」

「そうですね。まだ完全に慣れませんが、体が温まるのが心地いいです」


 美女二人が肩に頭を凭れ掛からせているこの誰が見ても両手に花の状態でいる自分。


(ここは色んな意味で俺にとっての楽園だな)


 今度は湯着なしで利用してみようと固く誓いながら、俺は二人と共にのんびりと湯に浸かる。それからしばらくすると、


「あのイチヤ様、そろそろお願いしてもいいでしょうか?」


 ソラが遠慮がちだが珍しく自分からお願いをしてくる。


「ああ、そうだったな」


 大した労力でもないので俺は快く了承すると二人の髪を丁寧に洗う。折角なので今回は浴室に用意されていた物を使ってみた。


「ああ、最高です。主であるイチヤ様にこんな事をさせて奴隷失格なのに止められません」

「ふふ、ソラったら完全に虜ね。でもその気持ちは判るわ」


 先に洗ったロゼが恍惚の声を上げるソラを見ながら笑う。


「そんなに気持ちが良いものなのか? 別に俺はそんな腕が良い訳でもないのに」

「そう? 十分上手だと思うけど。それに技術的な事よりも精神的な安心感が重要なの。完全に身を任せても大丈夫って感覚って言えばいいのかしら」

「そうですね、寵愛を受ける時とはまた違った心地よさがあります。暖かい日差しの中、草原で居眠りをするような……実際にやった事はありませんが、そんな感じがします」

(ないのかよ)


 本能的な、子供が親に甘えるような感じなのだろうか。いまいち理解できなかったが、まあ安心できるのは良い事なので気にしない方向でいこう。


 そんなこんなで俺は二人の髪を洗い終える。そして自分の分に取り掛かろうとしたのだが、それを遮る二人の影が存在した。


「考えてみれば主であるイチヤに洗って貰ってばかりなんて奴隷失格よね」

「はい。ですから今度は私達がやらせていただきます」

「え、いや、それは……」


 実はこれまで俺は必要に駆られなければはソラ達に身の回りの世話をさせたことが無い。自分でやれる事はなるべく自分でやるようにしていた。


 それが何故かと聞かれれば、こういう事で他人に世話されるのは入院していた頃を思い出すのであまり好きではないからだ。


 その所為で何度もロゼソラやに奴隷の扱い方がおかしいと言われたものである。


 だがそれで純粋な好意で言って来てくれる二人を無下にしてしまうのは駄目な気がした。ここで俺が断れば二人ともがっかりするのは目に見えているし、いい加減俺もそこら辺をどうにかするべきなのだろう。


 過去と本当の意味で決別する為にも。


「……それじゃあ折角だし、お願いしようか」


 ソラに苦手な風呂を克服させようとしているのだ。自分だけ逃げるのは二人の主としても情けない。覚悟を決めて俺は二人に身を任せることにした。


 何故だかこの言葉に面食らった二人だったが、すぐに表情を一変させる。俺が洗うと言った時以上の喜びを露わにしたその笑顔へと。


「任せて!」

「全身全霊の力を込めてやらせていただきます!」

「いやそれだと流石に痛いからな、ソラ。加減は頼むぞ」


 そういう訳で俺は二人の美女に任せきりになるという、端から見れば「リア充爆発しろ!」と言われること間違いないシチュエーションを堪能するのだった。


一夜が湯着を使用した理由はチラリズムを重視したことによるものです(笑)

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