第九話 奴隷購入
ローゼンシアに案内されたところには奴隷達がたくさんいた。
だがその大半は意外な事に牢屋に入れられてもいないし、鎖や枷などで拘束されていることもない。パッと見では一般人と比較すれば粗末な服を着ているだけの普通の人々のように見えた。
もっともその服の隙間から除く胸の辺りにある奴隷紋が普通の一般人と決定的な差異となっているのだろう。そしてだからこそ奴隷紋の効果についても一定の信頼が置ける。
効果が確かなものでなければこんな風に奴隷を扱うのはまず不可能だからだ。逃げられたり一致団結して反乱を起こされたりする可能性だって無くはないのだし、
だがその奴隷の人達から何故か俺は突き刺さるような視線を向けられていた。明らかに嫌悪の感情が籠っているのが分かる。
最初の内は奴隷を買いに来た俺に対して警戒しているのかと思ったが徐々にそれが間違っていることに気が付いた。
何故ならその視線のほとんどは厳密には俺ではなくその傍で案内をしているローゼンシアに向けられていたからだ。
(同じ奴隷の境遇なのにどうしてだ? やっぱり奴隷内でも派閥でもあるのか?)
そうだとしてもほとんどが好意的ではないのはおかしい気がする。と、そこで目的の場所まで辿り着いた。
「これはこれは、本日は一体どのようなご用件で?」
大きめの天幕の中に居た小太りの商人らしき人物はローゼンシアの案内でやって来た俺を出迎える。恐らくはこの人物がローゼンシアから聞いていたポーという商人なのだろう。
そしてその態度から見て俺が客だという事は理解しているらしい。
(まあそうでもなければローゼンシアが案内しないか)
それなら話は早いので俺は特に気にせずに本題を切り出すことにした。
「このローゼンシアを気に入ったから買いたい。幾らだ?」
「ほうほう、そうですか。ちなみにご予算はどのくらいで?」
「少なくとも彼女を買えるだけの額はあるさ。それともまさかこっちの残金を聞いてから金額を決める、なんてことは言わないよな?」
この言葉に商人は失礼しましたと頭を下げる。
「ですが本当にその者で宜しいのですか? こう言ってはなんですが、その者よりももっと良い奴隷が幾らでもいると思うのですが。それにその者の天職をご存じで? 忌み職ですよ?」
忌み職とは確かランクに関わらず『乞食』や『盗人』のように多くの人から忌み嫌われる職業という言葉そのままの意味だったはず。
そしてどうやら『奴隷』もその忌み職の一つだったらしい。
(あるいはさっきの視線もそれが原因なのか? だとしたら天職には思った以上の影響力があるんだな)
それを聞いたローゼンシアの肩がピクリと震える。それを聞いた俺が考えを変えないかと思っているのだろうか。だけど俺はそれを特に気にせず答えた。
「知っているよ。その上で彼女を買いたいんだ」
異世界人の俺からすればそんなものはどうでもいい。だからどうしたとしか思わないものだから。
「それはまた珍しい。それでは買った後にその者をどうするつもりなのか教えていただけますか?」
「別に言っても構わないが、なんでそんなことまで聞く必要がある?」
答えても何も問題はないが、なんだか詮索されているようであまり良い気分ではない。
だが次のその言葉でその考えも改めさせられた。
「お客様がそうだという訳ではありませんが、あえて彼女のように奴隷の中でも訳ありで安いものを買うお客の中には人の道に反した目的を持っている輩もいます。例えば人体実験だとか、あるいはただ痛めつける為だけに拷問したりなどです。そういった方にはいくら奴隷だとしてもお売りするわけにはいきません。奴隷と言えども彼女は私どもの大切な商品の一つですので」
そのある意味で失礼とも取れる言葉をキッパリと言い切ったその商人ポー。その姿は前もってローゼンシアに聞いていた人物像通りだった。
なんでもこのポーという人物はあまり売れることのないローゼンシアのような良くないとされる天職持ちでも拒否することなく受け入れ、更に差別することなく他の奴隷と公平に扱ってくれるらしい。
しかもそう言った商人は中々いないのだとか。
その上こんな風な客が気分を害して折角の商売の機会を潰しかねないとしても言うべきことは言うのだ。商売人として賢くはないかもしれないが義理堅い人物なのだろう。
「そうだな、確かにそっちの言うとおりかもしれない。でも安心してくれ。俺は彼女を害するつもりはない。冒険者の仲間として彼女が欲しいだけだからな」
と言ってもそんな言葉だけで信用してくれるかと心配になったのだが、
「そうですか。それなら安心です」
「って、おい。そんなにあっさり引いていいのかよ」
普通に大丈夫だった。思わずこちらから訪ねてしまったほどだ。
「ええ、少なくともあなたは初めから彼女のことを「それ」や「あれ」ではなく彼女と呼び人間として扱っていた。そしてこちらの理由を聞いて理由もすぐに話してくれましたし、信用できると判断しましたので」
その言葉は初めの内から俺のことをある程度は信用できると思っていたということか。
先程の言葉は訂正しよう。こいつは義理堅いだけでなく商売人としても中々に優秀なようだ。
「ところで仲間として彼女を買うとのことですが、一人だけで宜しいのですか? もしよければ役に立つ人材も家にはおりますが」
「ちゃっかり売り込む当たりも抜け目ないな。まあ折角だし見させてもらうか」
こいつが紹介するのなら大丈夫だろうと俺は判断してとりあえず見てみることにする。それで良さそうなのがいなかったら断ればいいだけだ。
「それでどのような人材をお探しで? 冒険者の仲間でしたら『剣使い』や『槍使い』のような前衛職や『魔法使い』や『弓使い』後衛職などによって紹介する者が変わってくるのですが」
俺もローゼンシアは魔法とかは使えないし、戦うとした恐らくは前衛になる。ここで更に前衛を増やす意味はないだろう。だとすれば、
「後衛職の方で頼む。あと予算は金貨五枚までならいけるからそれで宜しく。それとローゼンシアのような忌み職の奴がいたら前衛後衛関係なく連れてきてくれ」
「畏まりました。連れて来させますので少々お待ちください」
部下にそれを命じたポーに勧められるまま俺は用意してもらった椅子に腰を下ろす。
「それにしてもそれだけの予算があるのでしたらここに居る中でも最もいい奴隷でも簡単に購入できますよ。それどころか、これはあまり言いたくはありませんが、ここよりももっと格式が高い店に行った方がいいのではないかと思いますが」
「特段凄い奴隷が欲しいわけじゃないからここでいいさ。って、これはこれで失礼な発言だな」
「実際にその通りなので気にしませんよ」
そんな風に出されたお茶をいただきながら歓談していると、やがてその奴隷達が連れて来られた。
その人数は全部で八名。内訳は男が五で女が三だ。もっともその内の何名かが耳が尖っていたり獣の耳と尻尾を持っていたりと明らかにただの人ではない奴もいたが。
(これがエルフとか獣人とかいう奴か。本当にいるとは流石異世界)
ちなみにこれ以外の奴隷はどれもここに居るメンバーと比べると性能などで見劣りするらしく、だからここには連れてきていないのとのこと。
そうしてポーの命令でそれぞれが自分の名前や天職を短く紹介していく。中にはアピールしようとした奴もいたが、ポーの余計な事をしないようにという一声ですぐにそれも止めさせられる事となっていた。
性別も名前も、はたまた種族さえも今の俺にとっては割とどうでもいい事なので天職だけに絞って聞いていると通常職が『魔術師』と『弓使い』が一人ずつで『弓兵』が二人の計四名。稀少職が『射手』と『妖術師』と『占い師』の三名。
そして最後に固有職が一人。その称号の名は、
「『殺人鬼』とはこれまた凄い天職もあるもんだな」
獣の耳や尻尾などの一部の特徴を持つ種族。目の前の女性の場合は狐の耳と尻尾らしいから狐の獣人と呼ばれているとのこと。
俺と目が合うとサッと目を伏せるところなどからしてそんな風には見えないのが正直な所だった。
だが現にその場にいる奴隷達でさえなるべく彼女から距離を取ろうとしている雰囲気は伝わってくる。まあこれが忌み職で無い訳がないしそういう事なんだろう。
「ちなみに家にいる忌み職はこのローゼンシアと彼女だけですよ」
「もっといるかと思ったんだが、意外に居ないもんなんだな」
「それはそうでしょう。なにせそう簡単に現れないからこその忌み職なのです。そうポンポン現れては困りますよ」
「言われても見ればそりゃそうか」
そこで改めて彼女を観察する。
まるで雪のような純白の髪に尻尾。身長は女性にしてはそれなりにあると思うのだが、体の細さや肌の白さもあって儚げな印象を覚える。もっとも出るとこは出ていたが。服が薄いから尚更目立つし。
ただ一番目につくのは髪などではなく、その手足に付けられていた枷と重りだったが。足の物などよくそれで動けるな、と言いたくなるほど巨大で重そうだった。
「やっぱり彼女だけそれが付いてるのはその天職が原因なのか?」
「その通りです。こちらとしてもなるべくこんな物は使いたくないのですが、安全を確保する上でこれは必要な措置なのですよ」
なんでも『殺人鬼』は普段は何ともないのに、急な発作のようにとある衝動を突如として引き起こすのだとか。即ち人を殺したくなる殺人衝動を。
「奴隷紋が有る限り主人や周囲の人へ危害を加えることは防げますし、いざという時はその動きを封じる事も出来ます。ただそれでも怖いものは怖いですし、厄介事を背負い込む可能性を否定できないので買う人は滅多に居ません。万が一にでも奴隷が被害を出せばその責任はその所有者である主人が償う必要が出てきますからね」
「まあそうだろうな。さてと、それでお前の名前は何て言うんだ?」
そんな事を尋ねられると思っていなかったのか彼女は伏せていた顔を少しだけ上げてキョトンとした目をこちらに向けてくる。
「だから名前だよ、名前。まさか名前がないとか言わないよな?」
「えっと……ソラ、です」
「ソラか。良い名前だな」
本当にそう感じたかどうかはこの際問題ではない。何事も初めが肝心だと言うし、第一印象は良い方が良いに決まっているからだ。下手に警戒されると色々と困るし。
「それで一つ疑問なんだが、特技はなんなんだ? いやさ、他の奴だと弓とか魔法が使えそうとか分かるんだけど『殺人鬼』じゃいまいち想像できなくて」
「と、得意なのは幻影を作る魔法です。あとは火も少しなら出せます」
「魔法が使えるのか。それってもしかすると俺に教えることとか出来たりする?」
「……同じ魔法が使えるようになるかまでは分かりませんが、基本的な事なら多少は」
「そっか。なら十分だな」
戦力としても問題なさそうだし決まりだ。
「彼女も、ソラもローゼンシアと合わせて買わせてもらう。合計でいくらだ?」
この言葉に他の周りの奴隷達が息を呑んで驚く。そんなに驚く事なのだろうか。
「こちらとしては構いませんが、購入後は何が有ろうと全てあなたの責任となりますよ。本当の宜しいので?」
「ああ、いいよ。……ってちょっと待った」
肝心な事を忘れていたので俺はソラの方をもう一度見る。買われると思っていなかったのかソラも目を丸くしてこちらをマジマジと見ていた。
そのおかげで初めてまともにその顔が見える。意外と可愛らしい顔だ。
そして目と目を合わせながら俺は最後の確認をした。
「念の為に聞いておきたいんだけど、ソラはそれでいいか? ローゼンシアにも聞いたが嫌なら嫌と言っていいぞ」
この言葉にソラは良いとも悪いとも言わず黙ったままだった。ただしばらくジッとこちらの目を見つめた後にまた目を伏せると、ほんの少しだけ首を縦に振る。
「よし、それならこれからよろしく頼むぞ。言い忘れていたけど俺の名前は氷室一夜。あらかじめ言っておくと敬語は要らないし、呼び方も好きなようにしてくれ」
返答はないが聞こえてはいるはずなので気にしないでおこう。今はこうでも徐々に慣れていけばきっと態度も変わって来るだろうし。
そうして俺は二人とも忌み職であったこともあり、二人合わせて金貨一枚という格安の値段で奴隷を手に入れるのだった。




