プロローグ
新作です。よろしくお願いします。
ちなみにこの作品は他のものよりもなるべくサクサク進むように心がけています。
「いて!」
背中から地面に叩き付けられて思わずそんな声が口から漏れ出た。実際には大して痛くもなかったというのに。
「何なんだよ、これは……」
そう思って上半身を起こしながら周囲を見渡すがそこには見たこともない光景が広がっていた。
松明らしきものが灯された薄暗い空間。どうやらここはどこかの部屋でその中に俺はいるようだ。
ここはどう考えても見覚えのある病室ではないし、病院内にこんな部屋がある訳もない。
(……まさか本当にあの爺さんが言っていた事はマジだったのか?)
ありえない。だが現実として明らかにここは俺の知っている場所ではないし、空気そのものが何だか違う気がする。
根拠を述べろと言われても困るが、何故かそう感じるのだ。
それによく見れば部屋の中には俺以外の人間もいるようだった。だがその格好も些かおかしい。
どいつもこいつもコスプレでもしているのかと思うような鎧姿や僧衣みたいな格好だし、おまけにそれぞれの手にも剣や槍、挙句の果てには杖みたいなものまで持っているのだ。
それどころか幾つかの武器には血を付着しているという演出なのか赤く染まっている物さえあった。
そいつらが必死の様子でこちらに何か言ってきているようだが日本語ではないのか何を言っているのかさっぱりわからない。英語ならまだしも明らかにそうではないのでこれでは推測する事も難しいというものだ。
そう思って自分の体を見下ろしてみた時、そこで俺の思考は真っ白になった。
何故ならそこには両足が揃っていたからだ。
それも傷もなくて自分の意思で動かせるそれが。
そう、少し前までは確かに存在して、けれどあの事故で失ったはずの右足。そして切断は免れたものの傷だらけになった左足も元通りになったかのようにそこに存在している。
まるであれが夢の出来事だったかのように。
「嘘、だろ……」
座った体勢で呆然としたままその足に手を伸ばす。その手は確かに足に触れられ、感触も伝わってくる。間違いなくこれは今この場に確かに存在しているのだ。
「マジか、マジかよ。信じらんねえ……」
何が起こったのかも分からずそんな言葉しか口から出て来ない。驚きの余り思考が空回りしてばかりで上手く働いてくれないでいる。
そんな時だった。その影が俺の体を覆ってきたのは。
「は?」
何事かと思って上を見上げた瞬間、俺の体には車に轢かれたかのようなとんでもない衝撃が襲い掛かって来た。
◇
俺、氷室一夜の人生は客観的に見ても中々に波乱に満ちていたと思う。
まず五歳の時に父親が交通事故で死亡。
それから三年は母と二人で生きてきたが、八歳の時に再婚したことで新たな父親との三人暮らしとなる。更にそれから二年後の十歳の時に母と新しい父の子供、つまりは俺にとっては半分だけ血の繋がった妹が生まれた。
この時の俺は大いに喜んだものである。新しい家族が出来る事もそうだが、父と母が自分に気を使っているのではと子供ながらに考えていたからだ。
そして赤ん坊の妹を見ながらこれからは家族四人で幸せになると信じていた。
ただ残念な事に結果的には自分が望んでいたその妹という存在が生まれたことによって、自分という存在が疎ましがられる事になったのは皮肉としか言いようがないだろう。
初めの内は俺と妹を平等に扱っていた両親だったが徐々に、だが確実に扱いに差が出来ていったのだから。そしてそれは妹が生まれてから三年後に弟が生まれてからはさらに顕著になったものだ。
要するに半分しか血の繋がっていない俺は両親から邪魔者と判断されたという訳である。なんともひどい話だがあの時の俺にはどうしようもなかった。
それからあの家に俺の居場所はほとんどなかったと言っていい。だから俺は中学生だった事もあって部活に励みなるべく家に居る時間は少なくしたし、居ても部屋に籠っている事が多かった。
下手に姿を見せると面倒な事になるのをどうにかして関係を改善しようと奮闘した時期で悟ってしまったからだ。
幸いと言うべきか弟が生まれた時点で両親は俺に対して話しかけることはほとんどなくなっていたものの、学費などは出してくれたので高校は全寮制の所を選んで家を出た。認められようと勉強も頑張っていたのが皮肉な形で結果を出した訳だ。
そして大学に関しても同様に一人暮らしをすることを選んだ。と言うか金は払うからそうするように両親が頼んできたのである。きっとそれがあの人達が完全に俺にとっての親ではなくなった瞬間だったのだろう。
と言ってもその時点では関係改善などほぼ諦めていたので俺は特に気にせずにその二人の支援の元に大学に楽しんで通っていた。
だがここでも波乱は俺を逃してくれない。
大学三年となったある日、俺は飲酒運転をした車に轢かれてしまったのだ。そして運ばれた先での手術の結果、俺は右足を切断する事となり残った左足にも何らかの障害が残る事が判明。
それを聞いたその二人の顔は今でも忘れない。その顔に浮かんでいたのは面倒な事になったという俺を心配する要素など欠片もない表情だったのだから。あの人達にとって俺は既に要らない物だったのだ。
そうして実の父親と同じ交通事故で人生を台無しにされるという事やこれから先の人生はどうなるのかと考えるともはや絶望して笑うしかない。
そんな時だった。
「君は人生をやり直したいかい?」
そんな風に異世界で人生をやり直さないかと電波のような内容の話をしてきた隣のベッドのあの爺さんに会ったのは。
◇
走馬灯のように駆け巡った記憶を見ながら俺は背中から壁に衝突した。どれだけの勢いで飛ばされたのかまたしてもとんでもない衝撃である。それこそあの事故の時よりもずっと強かったくらいに、
(結局こうやって俺は死ぬ運命なのかよ……)
崩れてくる瓦礫の欠片が体の上に積もっていく感覚を覚えながら俺はそう思っていた。何が起こったのかは全く分からないが、それでもあんな衝撃を受けて生きていられる訳がないと。
きっと意識を保っていられるのも事故の時のように短い間だけで、今度は意識を失うだけではなく死ぬのだと。
「……ん?」
だけど一向に意識が薄れる事がない。それどころか痛みなど体に異常があるように感じないのだ。あえて言うのなら口の中を切った痛みぐらいだろうか。
(そう言えば異世界では体が強化されるとか言ってたっけか)
ただの与太話だと思っておざなりにしか聞いていなかったので全ての内容を覚えている訳ではないが、確かそんな感じの事を言っていた気がする。
決して無敵になる訳ではないが並大抵の事では負けない強さを手に入れられる、と。
試しにうつ伏せの状態から起き上がってみようとする。体に圧し掛かる瓦礫の重さから言ってこれまで通りなら決して楽には起き上がれないだろう。それどころか身動きできなくてもおかしくはない。
だがそんな重さなど物ともせずに俺の体は動いてくれて、簡単に石などの大量の瓦礫の山から脱出する事に成功してしまう。
自分の状態を確認してみると服は破れてしまったが外傷は見当たらない。そして足についても違和感は全くなかった。失ったことなどなかったかのように自分の思い通りに動いてくれる。
ここまで来るとあの爺さんが言っていた事は本当だったと信じるしかない。そうでもなければこんな風に失ったはずの体が元に戻るなんて事が有り得る訳がない。
「本当にやり直せるのか、俺は……?」
人生をやり直す。絶対に不可能だと思っていたそれがもしかしたら可能かもしれない。
理不尽な出来事によって失ったはずのそれを取り戻せるその喜びは言葉では言い表せなかった。
と、そこで、
「がっ!?」
またしても影が来たと思ったら衝撃に襲われた。もっとも今度はしっかりとその衝撃の元凶は目視していたけれど。
「何しやがんだ、この野郎!」
またしても大丈夫な事を確認すると今度はすぐさま這い出て俺はその元凶に向けて怒りの声を上げる。と言ってもそいつに言葉が通じると思っての事ではない。単に苛立ちを表すのが目的だった。
何故ならそいつには人間の言葉が通じるとは思えなかったからだ。俺の身長などの数倍はある巨大な体を持った犬のような獣。それこそ象などより大きいのだから異常と言う他ない。
しかも頭が二つあり、尻尾には針と言うか杭のような明らかに金属製らしき棘々が生えていたが。明らかに地球には居るはずのない生物だろう。
(本当に異世界なんだな、ここは)
そしてどうも俺はあの尻尾に打たれて吹き飛ばされたらしい。服の破れ具合からもそれが窺い知れる。
「危な!?」
そいつはそんな俺の考えなど知った事ではないと言うように今度は尻尾を上から降り降ろすように叩き付けてくる。咄嗟に横に転がるようにして躱したところで振り降ろされた尻尾が地面に叩き付けられて床が見事に陥没していた。
(あんな攻撃を受けても無事なのか、俺は。一体どんな肉体になったんだよ?)
とは言えそんなことを考えている場合ではない。何が起こっているのかわからないが、だからこそ今は安全な所まで逃げるべきだ。少なくともこの敵が追って来られない場所まで逃げるべきだろう。
そうして逃げようとしたところで俺は気付いた。
その敵は俺が逃げようとしても追いかけて来ないどころか見向きもしない事に。そしてその理由が俺の他に獲物が居るからだったという事に。
先程よく分からない言葉を叫んでいた集団はその敵と正対するようにして戦っているようだ。二つの口から火を吹いたり鋭い爪や牙で攻撃したりしているその姿を見ると、どうやら俺への尻尾での攻撃はついでのようなものだったらしい。
(あんまり良い感じには見えないな)
戦闘の趨勢など見極められない俺でも分かるくらいにその集団は押されているように見えた。四人の内二人は見てすぐにわかるくらいの怪我を負っているし残る無事そうな二人も必死の様子だ。
そしてその怪我人の水色の髪をした女性の方が足からかなりの血を流しているのを見た時、俺は何故か逃げる気がなくなってしまった。それは別に助けたいとかいう善意からの行動ではない。
俺はほとんど似ている要素などないと言うのに自分とその人物を重ねてしまったのだ。
体が動かない状態で痛みと死の恐怖に怯えるだけしか出来なかったあの時の自分に。
その瞬間にどうしようもない怒りが俺を支配したのである。
「……ああそうだ。やられっ放しってのはやっぱり癪だよな」
事故の運転手は即死だったとかで恨み言どころか文句さえも言えていない。支払われた慰謝料なども保護者であるあの二人のものとなった。
だから折角の機会なのでそれらに対する分の怒りもあいつに受け止めてもらう事にしよう。
完全な八つ当たりだが今のこの体ならそれが出来そうだし、なによりこのままやられっ放しなのが何故か我慢ならなくなったので。
こちらは全く悪くない事故で将来を失ったと思えばいきなりこんなところに放り出される。そんな理不尽な状況に対しての八つ当たりをするとしよう。
「ああ、やってやろうじゃねえか!」
恐怖で震えそうになる心と体に気合を入れて俺はその敵に向かって飛び掛かっていった。