新入生と留学生
奏の妹、理加と出会ったあの日から数日が過ぎ、春季休暇は幕を閉じた。
ここ数日の間で、帰郷していた生徒は学校に戻ってきていた。
その中には、理加と同じように寮に入る新入生も混じっていたが、あの日から部屋を一歩も出なかった俺は誰とも会うことはなかった。
「そういえば、名前を言っていなかったな。」
名乗り忘れたことに今更気づくが、まあいいだろうと思った。
彼女にはもう関わらない方がいい。
数日間悩んだ結論がこれだった。
あの出来事を話す必要はないと、まして俺の口から言う必要はないと、そう思った。
俺の口から言わずとも、この学校に入った以上、一般公開されていない情報も授業で聞かされる。
あれだけの事件なら、すぐにでも教諭から知らされるだろう。
姉の最期を。
俺が犯した大罪を。
魔法の本質がなんであるかを。
彼女はどう思うだろうか?
姉の最後を聞き悲しむだろうか。
救えたはずの人間を救わなかった俺を非難するだろうか。
それでもなお、魔法は人を幸せにできると思うのだろうか。
関わらないと決めておきながら、彼女のことが頭から離れずにいた。
登校中は静かだった。
おはよう、休み中なにしてた?…そんなことを聞きながら登校している生徒も俺を見ると口を噤む。
俺が進む先にいた生徒は、顔を背け道をあける。
休み前まで当たり前だった光景は、休みを開けてなお続くようだった。
当然だ。
俺が救わなかった軍人の中には、この学校に兄弟がいる者もいたらしい。
できるだけ顔を合わせないように、学校へと向かう。
校舎に着くとすぐに背中を叩かれた。
「よう!!なんとか休み中も生きてたみたいだな。」
馬鹿でかい声で挨拶をしてきたのは、魔法科二年のクラスメイト、九条 大樹(くじょう だいき)。
この学校で俺に唯一まともに関わろうとする変人だ。
「よお。いきなりだな。俺が死ぬとでも思ってたのか?」
「まあな、お前はいつでも死にそうな面してたからな。」
ははは、と笑いながら言ってくる言葉は、確かに当たっていた。
いや、当たっている。と言った方がいいな。
「お前はするどいな。」
ーだから苦手なんだよー
とは流石に言わないでおく。
「そっか?お前がわかりやすいだけだと思うが。まあいいや。とりあえず教室に行こうぜ。」
「ああ。」
断る理由もないのでそのまま二人で教室へと向かった。
先に述べたとおり魔法科に入れる生徒は少ない。
そのため、クラスは一学年に一クラスだけとなっている。
だから九条とも一年からの付き合いとなる。
奏と一緒によく3人でつるんでいた。
九条を前にするとつい聞きたくなる。
お前は俺を恨んでいないのかと。
奏を救えなかった俺を、1人だけ助かった俺をお前はどう思っているのかと。
しかし、聞くことができない。
聞きたいが、聞けない。
情けない話、苦手であっても俺はこいつに救われている。
現状維持が俺の選択であり、逃げ道だった。
教室に着くと、九条はまた大きな声で挨拶をする。
皆笑いながら挨拶を返しているが、俺が視界に入ると、やはり静かになった。
ただ違うのは、その目に映るのが同情だということだ。
このクラスの人間が全員固有魔法を持っているわけではないが、汎用型の理外術式魔法なら使えるため、戦場に、軍人とともに派遣されることが珍しくない。
この中にも場所は違えどあの戦いに参加したやつもいる。
だから俺を責める奴はいない。
それがまた居心地が悪いと思ってしまう。
誰とも目を合わせずに席に着くと、すぐに担任の教師が入ってきた。
目の下にクマがあり、全体的に気だるそうな女性だが、俺たちはこの女性を知っていた。
去年から続く俺たちの担任教師にして、若くして、ランクSの魔法使いになった固有魔法保持者だ。
世界的にも有名な彼女は一応軍にも在籍している。
一応というのは、非常時をおいて軍に顔を出さないからで、それが許されてしまうほどの力があることを示している。
「えーと、なんだっけなぁ。ああ、そうそう。今年もお前たちを担当することになった、御堂 楓だ。去年は色々やらかしてくれたからな、今年は私に一切の迷惑をかけないこと。それが、あれだ、あのー、ああ!!学級目標だ。」
とてもそうは見えないが、俺は彼女の本当の姿を見てしまっているからか、ギャップに吹きそうになる。
「そんでな、新学期を迎えたお前たちに、新しい仲間をだね、んー、もういいや、転入生が来たぞ。」
あっけらかんと転入生が来たことを話した教師に対して、慣れているクラスメイトは、おお!!と騒ぎ出した。
もともと少ない魔法科は、減ることはあっても増えることは稀だ。
「先生!性別は!?女だよね?そう言ってくれぇぇぇ!!」
一番騒いでいたのは、後ろの席に座った九条だった。
女子生徒からは、あまり聞こえてこないが、全員ソワソワして落ち着きがない。
「えーとな、女、いや男か?あー多分女だったはず。」
どっちだよ!!と俺を除いた全員が突っ込む。
「あれだ、見た方が早い。百聞はえーとなんとやらだ。おーい入ってくれ。」
投げやりな担任の声に続いて、教室前のドアが開いた。
「今から話すのは、一般公開されていない極秘情報であり、この情報を学園関係者以外に漏らすと退校処分だけでなく、きつい処罰が待っていますので気をつけてくださいね。」
教師が言い終わると同時に、一年の教室に「はい。」と声が一斉に響く。
蒼井 理加は、他の生徒たちと一緒に、入学式を終え、教室で学校の説明を受けていた。
説明が終わると、教師はその話を始めた。
これから先、特に魔法科の生徒が関わらずにいられない話を。
「まず、みなさんは現在の政府の方針に対して、異を唱える反政府組織「魔法を刈る者」という存在がいること知らなければなりません。彼らは魔法を使う我々を化け物とし、理に背く異端者と呼んでいます。彼らの目的は、日本中にいる魔法使いを投獄、または抹殺し、日本から魔法使いを消すことにあります。」
「現状政府との間で、幾たびかの交渉が持たれましたが、いずれも両者の意見があうことはなく、その度に戦闘が繰り広げられました。皮肉なことに、魔法を根絶しようとする彼らは、忌み嫌っているはずの魔法で応戦してきました。しかし、彼らの中に魔法使いは1人もいなかったのです。不思議に思った政府側は組織にスパイを放ちました。固有魔法保持者の凄腕の魔法使いだったと聞いています。しかし、その魔法使いは帰ってきませんでした。そして次の戦闘で仲間が見たのは、魔法使いでもない男が、その魔法使いの固有魔法を使っているところでした。」
ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
理加を含めクラスの全員が今まで知らなかった話に聞き入っていた。
「数人がかりで取り押さえた男を問い詰めると、男はこう言ったそうです。「俺は魔法は使っていない。使っているのは、お前らがスパイをさせた魔法使いさ。ただタイミングも全てこっちで操作できる。ただ魔法を使うだけの道具になってもらった…。」と。その男がつけていた赤い結晶がついたペンダントを調べると、その中から魔法使いの反応があったそうです。彼らは、魔法使いを拉致して、どんな魔法かわかりませんが、魔法を使うための結晶に変えていたようです。」
「そして事件は、去年の12月に起こりました。もうすぐ新年という時に、軍は敵のアジトの一つを突き止めました。しかし索敵を全国に広めていたため、この静岡に残っている軍の戦力は微々たるものでした。現在魔法科二年の担任を勤めていらっしゃる御堂 楓先生がいたこともあり、政府はアジトへの奇襲作戦を決行させました。しかし、戦力に差が出始めたため政府はこの学校の生徒にも参戦命令を出してきました。」
理加の背筋がこわばる。
いよいよだと、教師の次の言葉をまった。
「学校側は要求を断れず、最前線に三年の固有魔法保持者を、後衛に一年と二年の生徒を派遣しました。前衛は軍の人間と御堂先生がいたので、それほどの被害は出ませんでした。しかし、アジトのなかには重要資料は残っておらず、即戦力として危険視されていた戦力は1人もいませんでした。御堂先生はすぐに後衛の生徒たちの保護を軍に依頼し自分も下がったそうです。御堂先生の予想は的中し、後衛の部隊の一つと、敵の残存戦力が会敵してしまいました。その部隊には一年の生徒が二人配属されていました。」
誰も目を背けようとはせず、食い入るように話を聞いている。
「1人は陽気で誰とでも仲良くなれる女子生徒でした。もう1人は、天才的な魔法の才能を持った男子生徒でした。二人とも固有魔法保持者だったため参加させられていたんですが、御堂先生が到着した時には、男子生徒以外は軍人も含め全員が亡くなっていたそうです。女子生徒も。女子生徒の名前は蒼井 奏さん、男子生徒の名前は・・・・・、鍵刻 司君という、現在二年に在籍している生徒でした。」
話を聞き終わった理加の頭には、先日慰霊碑の前であった先輩の顔が浮かんでいた。
「初めまして。私は、エミリア・グランフォード。正確にはイギリス、グランフォード魔法学校からの留学生です。よろしく。」
入ってきてすぐに挨拶をした女生徒の態度は言葉とは裏腹に高圧的だった。
金髪ロングの髪をたなびかせ、瞳は青く澄んでいて、整った顔立ちは早くも男子生徒を魅了していた。
後ろで九条も騒ぎ始めていた。
男子に騒がれているのが心地よいのか、フフン、と鼻で笑った留学生と目があった。
「えーとだな、質問タイムとかはないから。めんどくさいし。後で勝手にやれな。それで君の席だが、……おい、どこへ行く?」
御堂先生の話を聞かずに留学生は早足で俺の前までやってくる。
「資料の写真と同じね。あなたが鍵刻 司?」
紙の束を見ながら留学生が聞いてくる。
「そうだけど、悪いが初対面の人間に呼び捨てにされたくないな。」
「あら、細かいことを気にするのね。まあいいわ。能力があるならそれでいいのだから。」
周りが唖然と見守る中、留学生は高らかに宣言した。
「あなたの魔法は使えるわ!あなたを私のものにします!!」
「はぁ?」
口から出てきたのはそれだけだった。
奏の妹が入学してきたと思ったら次は留学生。
俺の新学期は、癖のある新入生と留学生によって、面倒ごとを予感させる幕開けだった。