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青雲を駆ける  作者: 肥前文俊
第6章 備え

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18話 政策

 一体なにを言い出すんだ、この人は。

 本気だろうか、本気で言っているんだろうか。

 だとしたら大変なことになる。

 一国の主が、血の繋がりもない人間にその座を明け渡すなんて聞いたこともない。


 中国の三皇五帝じゃないんだから。

 それもどこまで本当か分からないような、創作のような伝説の話だ。

 エイジは口を開けたまま、二の句が継げられず、しばらく沈黙した。

 ナツィオーニの意図がまるで読めなかった。


「どうだ?」

「どうだ……と言われても、困りますね。承知しかねます」

「まあ、そう言うな。俺に出来るんだ、お前にも出来るさ」

「いえ、出来る出来ないではなく、鍛冶師として生きていきたいと思っているので」

「そりゃ俺もそうだったさ。……エイジ、お前は俺が最初から領主になりたくてなってると思ってるのか?」


 ナツィオーニの問いに、エイジは頷きそうになり、留まる。

 剛胆な性格や王者の風格。

 誰に訊ねても、返ってくる答えは一緒だろう。

 ナツィオーニは天性の支配者であり、生まれもって、領主となることが定められていたに違いない。


 ……そんな風に思っていたが、違うのだろうか。

 逆にナツィオーニが誰かに使われている姿が、容易には想像できなかった。

 下手な命令をすれば上司にも噛みついていきそうだよな……。

 そんな光景のほうがよほどイメージしやすかった。

 だが、エイジの考えを読んだかのように、ナツィオーニは否定した。


「俺はもともと、この町の衛兵だったんだぜ。ここは島の東西の中継点になるから、昔から行商人の交通が盛んだったんだ。諍いが結構絶えなかったから、ほかの村と違って衛兵が要ったんだ」

「そうだったんですか?」

「ああ。戦の中心地になっちまったのが運の尽きだ。そのときは誰も、この島全体を纏めるような領主みたいな奴は居なかったからよ、みんなに推されて仕方がなく領主を始めたんだ」


 ナツィオーニに取り押さえられたり、凄まれたりしたら、冗談ではなく誰も逆らえないだろう。

 それに、戦が始まればナツィオーニに期待する、ほかの村人の気持ちも良く分かる。

 大きいということは、それだけでも存在感があって頼りやすい。

 狼に囲まれた時、フィリッポがとても頼りに思えたものだ。

 それもまた、戦場でのカリスマなのだろう。


「そんな理由で始めた仕事だ。俺は別に領主を続けたいわけじゃない。誰かに偉そうにされるのは許せないが、誰かに指示したいわけじゃない。優秀な奴……たとえばエイジ、お前さんが本気でこの島を発展させるから領主に成り代わりたいって言えば、俺は今日でもこの座を明け渡すことに何の躊躇いもないぜ」

「本気で言ってるんですか? いや、ゴメンですが」

「本気も本気さ」


 ナツィオーニが大きく頷く。

 口にアルコールを含むが、グラスの一杯や二杯のアルコールで酔いそうには見えなかった。

 つまり、素面での発言ということだ。


 エイジは、自分がそんな人間とはとても思えなかった。

 なにせ鍛冶さえしていれば幸せな人間だ。

 人の上に立って多くの人々を導くなんて、荷が重すぎる。


「だが、中途半端な奴は駄目だ。確かに俺の統治が上手いわけじゃないことは分かってるが、それでもまるっきり一からここまで作り上げてきたんだ。小競り合いが絶えなかった以前に戻るってのは堪えられない。……それに息子は頑張っちゃいるが、まだ頼りないしな」

「三人息子がいらっしゃるんでしたっけ」

「ああ。今日四人になったがな。また紹介する。年齢的にお前の義弟になるわけだからな。顔合わせをしておかなくてはならんだろう。それで、どうだ。お前引退して手伝わないか?」


 ナツィオーニが真剣な目で訊いてきたので、エイジもこの瞬間ばかりは、一切戸惑いや迷いを見せず、首を横に振った。


「やっぱりダメか」

「スミマセン」

「謝らなくていい」


 はぁ、と溜息を一つ吐くと、ナツィオーニは軽く肩を落とした。

 だが、次の瞬間にはさっぱりとした表情で顔を上げている。


「分かった、じゃあ引退はしなくて良い。お前さんが自分の村にしているように、良い知恵があったら教えてくれや」

「分かりました。それくらいなら力を貸しましょう」

「言ったぜ。お前は簡単に考えているだろうが、俺たち為政者側にしたら、その知識は本当に貴重なもんなんだぞ」


 それはそうなのだろう。

 時代を隔絶した技術や知識ばかりだ。

 生半可な物とはいえ、その効果は計り知れない。


「ああ、あと一つだけ言っておく。反乱を起こすような馬鹿なまねはするな。叩き潰すのは本当に簡単に出来るんだ」

「やりませんよ」

「ふん、どうだかな。あの反応を見るに、怪しいものだ」

「ははは……!」

「……フハハ!」


 その言葉も本当なのだろう。

 それぞれの人口の中で、戦働きが出来るのは男の中の半数ほどだろう。

 その差は歴然としている。

 単独でやり合った場合、ナツィオーニの町ほどの兵力は島中でどこにもなかった。


 青銅製の装備も揃っていて、訓練もしている。

 まともにぶつかり合えば、一方的な虐殺になるのは目に見えている。

 やはり武装の差は、戦力に著しい差を生じさせる。


 鉄製の武器が揃えば、話は変わるんだけどな……。

 それも先の話だし、エイジはやはり、しなくて済むならば戦いたくはない。

 こうして仮初めでも親子の契りを結ぶのなら、なおさらだ。


「それで、現在村にはどんな政策をしているんだ?」

「最近だと子供を増やせるように、出産場所の新設ですかねえ」

「そりゃどういうことだ」

「ほら、出産直後の母親や赤子ってすぐに病気になるじゃないですか。それを少しでも解消するには、出産する場所と生活している場所を切り離すのが一番早くて効果的なんですよ」

「ほう!? なるほどなあ」

「今この町ではどんな政策をしているんですか?」


 ナツィオーニが気分良く頷いたところで、エイジも逆に聞き返す。

 この町の政策を聞くことが出来れば、一体なにを思っているのか、今後どういう方針を考えているのかが分かる。

 島の住民がナツィオーニに不信感を持つのは、情報が分からないという点も大いにあるから、この答えは非常に気になった。


「今やってるのは、氾濫防止の河川工事と、飢饉の際に配布できる食糧の貯蔵が一番になる。特に力を入れているのは後者だな。そのせいで税率が高いとは言われているが、何か事が起きれば、この政策の必要性は理解されるはずだと俺は思っている」

「でしたら救荒作物の奨励などは行わないんですか?」

「なんだそれは」

「飢饉の際でも食料がなくならないように、麦以外を育ててリスクを分散させる方法ですよ。芋やカボチャ、燕麦、大麦、家畜用なら蕪やクローバーをもう少し増やすように指導しても良いんじゃないですかね」

「それも採用しよう。詳細はフランコとも相談する必要があるな。他にはないか」

「他となると……」


 ナツィオーニとの会話は、意外にも弾んだ。

 島の発展のためには積極的に案を取り入れる柔軟性はあるようで、実際にどれだけ取り入れられるかは分からないが、ナツィオーニ自身は、かなり前向きに捉えているのが分かったのは、良い反応の一つだろう。


 たっぷりと話し合うと、やがて扉がノックされる。

 フランコが時間を告げ、そのまま対談はお開きになった。




 夜、エイジは一人でまんじりともせず、天井を見ていた。

 ナツィオーニは思っているような人間ではなかった。

 フランコもただ取り立ての厳しいだけの人間でもなかった。


 では彼らのしていることが正しいのか。

 その政策によって苦しんでいる人がいるのは事実で。

 エイジは軽々しく判断を下せそうにない。


 次の日は、式の相談を行うことになった。

 島中の村に結婚式の招待を行い、領主主導であることを伝える。

 シエナ村は冬の間は雪に閉ざされる。

 式の準備を含め、春過ぎになることが決まった。

 年内にタニアが出産したとして、十分な時間が得られた。

 食糧問題も、真冬を越しているからかなり緩和されているだろう。


 島の東側の人間との交流は滅多にされないから、親交を深めたり、交流を作って今後交易する下準備をしたりするのに、非常に都合が良かった。

 シエナ村でしか手には入らない鉄製品やアルコール、料理などの特産品を上手に宣伝する絶好の機会になる。


 納税のためにやってきたシエナ村の村人たちを放って帰りの準備をすると、エイジはあわただしくナツィオーニを後にする。

 タニアの出産が控えていることもあるし、これ以上束縛されて、厄介な問題を引き起こしたくなかった。

 村人たちはまだ倉庫に収めたり、簡単な労役があったりして、即座に帰れない者が多い。

 フェルナンドが共に歩いてくれることになった。


「準備は出来たかい、エイジ君」

「こちらはすでに。フェルナンドさんは大丈夫ですか?」

「ああ。いつでも出れるさ」

「では出発しましょうか。あわただしくなりましたが……」

「逃げるが勝ちってね」


 エイジはナツィオーニの町を振り返った。

 他の村や町を見ることは、シエナ村の発展を考える上でも参考になることが多い。

 どれほど小さな村でも、それぞれ良い所が必ずあるからだ。


 町の通りを歩いて、シエナ村へと向かう途中、ふと見覚えのある顔を見つけたエイジは、足を止めた。


「どうしたんだい」

「少しだけ待ってもらって良いですか?」

「そりゃ構わないが、知り合いかい? 来たばかりだってのに」

「ええ、そんなものです」


 視線の先にいたのは、カタリーナの父ステファノだった。

 彼の自宅からはかなり離れている。

 不自由な足でここまで移動するのはかなり困難だっただろう。

 だが、代わりに人目には付かないし、話が聞かれる恐れもなかった。


「娘さんと私との結婚はなくなりました。代わりにナツィオーニの領主の息子、ダンテと結婚することになると思います」

「そうですか……」

「ああ、勘違いしないでください。カタリーナさんの結婚は、政略的なものではなく、あくまでダンテ自身の望みに拠るものです」

「そうなのですか?」

「ええ。仕事中も立場とか関係なく、非常に楽しそうに話していましたよ」

「……安心しました。ありがとうございます」

「いえ、私は特に何も役に立てませんでした。お礼ならばダンテにお願いします」


 暗い表情で、おそらくはいやな想像をしたのだろうが、それは違う。

 まず間違いなく、ダンテはカタリーナに純粋な思いを寄せている。

 まだまだ若いせいで、至らないところもあるだろうが、案外上手くやっていくのではないだろうか。

 後継者問題から降りたことで、政変に巻き込まれることもないだろうし、一番安全で良い選択だと思う。

 あとはカタリーナ自身の気持ちの問題だ。

 勝手に決めて……帰ったら怒られるんだろうな。


「どうか、娘をよろしくお願いします」

「任されました。娘さんの結婚式で、またお会いしましょう」

「はい、必ず」


 ステファノが深々と頭を下げて、エイジたちを見送る。

 その姿を背に、エイジは振り返ることなく、帰り道を進んだ。

青雲を駆ける 2巻が6月29日に発売される運びとなりました。

書籍版独自のストーリー展開になり、タニアとのイベントを加筆したり、青雲らしい薀蓄も盛りだくさんになっております。

応援くださっている皆さまに、心より感謝申し上げます。

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